第5話
フルミル・フルソレイユは拳一つで龍を殺した伝説の格闘家、ウルル・フルソレイユの一人娘である。ウルルは彼女に格闘家になるよう勧めることは一度たりとも無かったが、強い父親を自慢に思っていた彼女は自然と格闘家を目指した。
彼女は現在16歳の少女だが、ウルルの道場では大人の男に混ざって稽古を積んでいる。父親譲りの頑丈な肉体に、物心ついた頃から磨いてきた格闘技術、恵まれたスキルも相まって同年代の相手になら絶対に負けない自信があった。
ブラド・トラウドに出会うまでは。
一次試験をクリアした彼女は転送された真っ白な部屋でブラドという名の、燃えるような赤い髪に透き通るような白い肌をした青年にタイマンを挑まれた。一応、試験中はパーティメンバーとなる相手ではあるが二つ返事で了承した。こんな所で戦いを挑んでくる酔狂な男の実力を知りたくなったのだ。
結果として、彼女の技は何一つ通用しなかった。まずもって攻撃が当たらない。時たまわざとらしく攻撃を急所で受けてくれるが、それも効果が無い。最後は飽きたブラドに思い切りみぞおちを殴られて情けなくもんどりうって倒れた。
彼女は、ブラドが人間で無いことを確信した。
現在、フルミル・フルソレイユはそのブラドと共にあるパーティを襲撃しに森の中を走っている。先頭を走るブラドを見て、彼女は改めて確信する。こいつは怪物だ。まるで隙が見えない。負ける姿が想像できない。
そんなことを考えていたせいで目の前のブラドが吹き飛ばされた瞬間、しばらく現実を認識できなかった。
「……痛い」
「今音速で蹴ったんだけどなぁ。痛い止まりかよ」
フルミルは呆気にとられていた。ブラドが吹き飛ばされるまで、自分は青年の接近に気づきもしなかった。そして自分の攻撃では眉一つ動かさなかったブラドが明らかにダメージを受けている事実。
「にっ、人間じゃないっ!! コイツも人間じゃ無いっ!!」
彼女が錯乱して逃げようとすると、青年は一瞬のうちに目の前に立ち塞がった。
「どうも。俺は皆さんが狙ってるパーティの一人でアドレイ・ライトって言う者です。ブラドさん以外の三人は予定通り進行して貰えると助かります」
「あっ、あああああああ!!」
苦し紛れに放たれた正拳はアドレイにあっさり捕まえられる。
「え、いや。俺じゃ無くて残りの三人を……」
そこまで言いかけてアドレイは気付く。
「あっ、いやそうか! 敵が四人いるところに一人で突っ込んだら四対一でボコボコにされるに決まってるじゃん。馬鹿だ俺は!」
アドレイは不気味な存在であるブラドに気を取られるあまり何も考えずに突っ込んで来てしまった。彼が四対一で戦ったのでは仲間にポイントが入らない。どうしたものか考え込むアドレイの頭を、白く細長い指が鷲掴みにした。
「君が
「いいですけど、他の仲間に予定通り残った俺のパーティを襲撃するよういってくれません?」
「……はぁ?ザコ連中なんてどうだっていいだろ? まあ、君がそれで戦いに集中出来るならそれでいいよ。ほら、えっと、名前なんだっけ。そこの三人。行っといで」
「はっ、はいっ!」
走り出したフルミル達を見送ると、アドレイはブラドの手を掴んで自分の頭から引き剥がした。
固有結界を展開する
「……ここは?」
「好きなだけ暴れられる世界です」
アドレイとブラドは、どこまでも続く真っ白な空間に立っていた。二次試験が始まる前に転送された場所とほぼ同じ見た目だった。
「あー、そう。どうでもいいけど、ガッカリさせないでね」
「いや、どうでも良くは無いですよ」
再びアドレイに蹴られてブラドが吹き飛ぶ。先ほどと似た構図だが違う点が二つある。一つは吹き飛んだ距離、もう一つはブラドが口から血をまき散らしながら吹き飛んだことである。
「音速を超えると周囲の被害が洒落にならないので」
────────────────────────────────
「来ましたね」
「スノウゴーレム行きますわ!」
「お願いします」
アドレイが言っていた通り、残った三人の元へ同じく三人のパーティがやってきた。ルナ達にとって予想外だったのは、奇襲などをせずに馬鹿正直に突撃してきたことである。
予想外の敵襲と自分たちのパーティの絶対王者であるブラドの雑な命令によって、襲撃者の三人は冷静さを欠いていた。とはいえそんなことはルナ達には関係無い。
大量のスノウゴーレムを放ち、物量で圧倒しにかかる。
「宣誓、僕たち、私たちは慣れ親しんだ相棒と共に、全力を尽くして戦うことを誓います。よろしくお願いします、『白鷺』!!」
白鷺の力が解放されました
ルナが弓を構えると、光が集まり矢の形になった。光の矢を引き絞り、襲撃者の足下めがけて放つ。矢は地面に突き刺さると、即座に爆発した。
「ルナさんも大概なんでもありですよね」
「アドレイさんに会うまでは私もそう思ってたんですけどね」
スノウゴーレムとの交戦中、突然足下を崩された二人は体勢を崩し、内一人はトーマスの掘った穴へ転がり落ちていった。残りの一人が視界から消えているのに気付き、ルナは辺りを見渡した。
それを躱したのは、ただの直感だった。ルナが後ろへ跳んだ瞬間、先ほどまで彼女のいた地面が爆ぜた。中心地に立っていたのは、フルミル・フルソレイユである。
「……この人ですか。アドレイさんが言ってた『かなりの使い手』は」
特に彼から特徴を伝えられていた訳ではなかったが、
「……誰が『かなりの使い手』だって?」
「あなた以外にいないでしょうが。まずは名乗って下さいよ」
フルミルは、しばらく黙って俯いていた。
「えーと。え、これ私から名乗るとかそういうアレですか?」
気まずくなったルナが口を開いた途端、フルミルは顔を上げた。その目には、大粒の涙が浮かんでいた。
「そーだよね!!僕別に弱くないよねぇ!!」
「はいぃ?」
自分をはるかに上回る実力者二人が続けて登場したことで、彼女の自尊心はズタボロになっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます