第4話

 僕が走って突っ込んでいっても、アルビノリザードは微動だにしない。きっと野生の勘で僕の実力を見抜いているんだろう。問題ない。


「はああああああああああ!!」


 レッドビーから炎を吹き出して足下を斬りつけるも、軽く跳んで躱される。その瞬間、足下へ滑り込んで後ろへ回り込む。


「ハルルルルルル」


 初めてアルビノリザードが鳴き声を発した。前にいるルナさんには顔を、僕には尻尾を向けている。尻尾が突然膨らむ。火炎放射の予兆だ。


「来い!!」


「ハルルルルルルル!!」


 尻尾から飛び出した炎とレッドビーの炎が空中でぶつかる。ややこちらが押されているがそれも問題ない。


「ルナさん!!」


「あいよー」


 二つの炎に照らされて、アルビノリザードの影はルナさんの足下まで伸びていた。ルナさんがそこへ黒縫い針を突き刺すと、アルビノリザードの動きはピタリと止まり、火炎放射も止んだ。


 念のため皮膚に毒針を直接刺すと、アルビノリザードは動きを止めたまま白目を剥いた。さすがは僕の給料一日分の毒針である。


「絶対に合格しましょう」


「おー。なんか顔つき変わりましたね」


────────────────────────────────


 ダンジョンをクリアすると、自動的に一面真っ白な空間に転送された。


「二次試験は四人一組になります。既に到着しているコンビと組んでパーティを編成して下さい。二次試験の会場へは五分後に転送されます」


 転送と同時にアナウンスが響き渡る。


「おっ、来た」


「こちらの方々とパーティを組むんですわね、よろしくお願いしますわ!」


 後ろから聞こえてきた声に振り向くと、冒険者に相応しくない高級そうなドレスを着た銀髪の少女とごく普通の冒険者らしい皮の鎧に身を包んだ黒髪の青年がいた。


「時間も無いので簡潔に自己紹介させていただきますわ。私はホワイト・メアリーと申しますの。スノウゴーレムを生み出すスキルを持っていますわ」


「アドレイ・ライトです。スキルを生み出すスキルを持っていて今現在は37万9212個のスキルを使えます」


 一瞬、常識という名の枷が彼が言っていることの理解を拒んだ。


「ルナさん……僕また挫けそうです」


「私はトーマスさんのお母さんではないので泣きつかれても困ります。いや、まあ正直私も色々言いたいことはありますけど一応仲間なので飲み込んでおきましょう」


「ですわよね。ちょっと言ってることおかしいですわよね、こちらの方」


 周囲からやいやい言われて、アドレイと名乗った青年はだいぶ申し訳なさそうな顔をしていた。多分悪い人ではないのだろう。悪い人だったらこの世の破滅だが。


 その後、全員で技能や装備の確認をしていたところ白い空間内にチャイムのような音が響いた。


「時間です。転送を開始します」


 この声は、恐らくロール・ユーロールさんだ。


「ようやくですか。まあ、ぶっちゃけアドレイさんの能力があればどうとでもなる気はしますけど」


「なお、これは純粋な親切で通告致しますが試験はクリア出来たかだけでなく内容も審査されます。アドレイ・ライトくん、ジェット・オンくん、ブラド・トラウドくんはその調子だと君たちのパーティメンバーが評価されないことに注意して下さい」


「怒られた……」


「まあ、そりゃそうですわよね」


 瞬く間に景色が入れ替わる。僕たちはまとめて山の中に転送されたようだった。


────────────────────────────────


「二次試験はサバイバル技能を競います。皆さんが転送されたこの山は非常にバラエティに富んだモンスターが生息しています。ここで一週間生き延びるのが二次試験となります」


 ロール・ユーロールさんのアナウンスが山中に響きます。


「なお、最終試験となる第三次試験は噂通り、受験者同士の戦いとなります」


 それを効いた途端、場の空気が凍りました。そんなことをアナウンスすれば、二次試験の内に厄介な受験生を潰そうとする輩が出てくるに決まっています。いや、そういう状況にさせるためにわざとアナウンスしたんでしょう。


「……これマズくないですの?」


「いや、どうだろう。潰し合いになるのは確実だけどわざわざ僕たちを狙うかな?」


「いえ、転送直前のアナウンスで「アドレイ・ライト」という名前の人間が大暴れしていることは受験生全員に知れ渡っていますわ。更に言うなら一次試験開始前に暴れたトーマスさんとホワイトさんも若干危ない気がしますわ」


「僕はいつもそうだ……周りに迷惑ばかりかけて」


 なんて言いつつも、トーマスさんは粛々となにかしらの準備を進めています。ぐちぐち言いつつもやるべきことはやるんですよね、この人。


「何してるんですか?」


「とりあえず虫除けの香と寝床と飲み水の確保。僕に出来るのはこのくらいなので」


 常にトーマスさんは自分を過小評価しています。一体ホワイトノイズの中でどんな扱いを受けていたんでしょうか。アドレイさんとホワイトさんは……。


「えっと、何してるんですか?」


「紅茶を煎れておりますわ!!『ホワイト』は紅茶を煎れる腕だけはプロ級でしたようですので、記憶を頼りに頑張っていますわ!!」


「ホワイトさんがお茶を用意してくれているのでお茶菓子の用意を……」


 陰鬱とした森の中にはおよそ相応しくない小綺麗なティーセットとテーブルが出現していました。これもアドレイさんのスキルの一つでしょうか。いや、ありがたいと言えばありがたいんですけども。


「サバイバル試験で用意するのは、ちょっとそれ違うかなと思います」


 私が指摘すると、ホワイトさんは悲しそうな顔をしました。


「薄々……気付いてはいましたわ」


「ダメかぁ、やっぱり」


 アドレイさんが指を鳴らすと、素敵なティータイムセット一式が音も無く消えてしまいました。うう、ちょっともったいない。


「紅茶がダメとなると、私もう何も出来ませんわ。置物ですわ」


「……いや、そうでもないですね」


 アドレイさんはそう呟くと、山頂の方を指さしました。


「こっちに向かってきてるパーティが一つ。明らかに俺たちを認識して襲撃しに来てます。スノウゴーレムを向かわせて下さい」


「私のスノウゴーレムで勝てる相手ですの?」


「四人の内二人は問題ないです。ただ一人かなりの使い手がいます。ルナさんにお任せしていいですか?」


 随分買われてますね、私。


「構いませんけど、残りの一人はどうするんですか?」


「残りの一人はなんか、変なんです。720種ある感知系スキルの大半に引っかからないですし、心を読むスキルやデータを取得するスキルが効きません。危なそうなので俺が行ってきます」


 そう言い残すと、アドレイさんは姿を消してしまいました。


「えー、と。じゃあ、どうします?」


「僕は、実力的にルナさんに仕切って貰うのが良いと思います。ホワイトさんは貴族でしたよね? だったらこういうのには向かなそうですし、僕はアレですし」


 本当にこの人は自己評価が……。まあ、その辺はゆっくり直して貰いましょう。


「私は冒険者をやった事のあるトーマスさんでもいいかと思いますけども、トーマスさんがそうおっしゃるならルナさんに仕切って頂く形で異論ありませんわ」


「じゃー、はい。僭越ながら仕切らせて頂きます、ルナです。みんなで張り切って迎撃作戦やっていきましょう。えい、えい、おー」


 そんな感じで、ゆるっと二次試験が始まりました。

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