最初にして最後の章
毎日がドキドキの連続
そんな樺沢さんを好きになったのは、一目惚れと言うやつだった。
入学式の時に桜の木の下にいた彼女は、散る花びらが乗った風に髪をなびかせていた。何かの拍子に目が合った時のニコッとした表情に悩殺されてしまった。
それ以来、彼女は黒髪のはずなのに僕には少しピンクがかって見える時がある。
可憐で落ち着きのある彼女は、教室にいる間や、クラスメートといる時のみ、黒髪に戻る。
彼女が一人になった時。その時だけが、彼女の儚さを際立てて、僕にだけ視覚的錯覚を起こしてしまう。
授業が終わり、彼女は非常階段の踊り場に出た。窓から見える彼女の横顔、その儚さに僕はつい声をかけてしまう。
「どうしたの?」
彼女はこちらを見て、ニコッとした。瞬間、また髪の色が元に戻る。
振り向いた時に見せる彼女の素の顔と安心をした時のぎこちない笑顔にドキドキしてる一方、髪色が戻ったことに、僕の心拍は正常さを保っていた。
「
「それなら良かった。」
彼女の考えはいつも謎だ。彼女について考えていても時間が過ぎて、心拍が乱れるだけだから直接聞きたいことは聞いている。おかげで、彼女はきっと僕の好意に気づいているだろう。
しかし彼女はそのことについて触れたりしない。
僕的にもこの関係が続くことを願っている。恋が実ることを望んではいないのだ。だって彼女が僕といる時の髪色は黒色だから。
世間話を軽くして、僕は教室に戻った。
相変わらず僕の能力は継続されており、帰り道にその能力は発揮される。
『パチンコで勝ちてぇ〜
散々なお父さんでごめんな。』
周りを見ていると、声が聞こえる人は一人。
この人はたぶん自分の死期に気づいていない人だ。そう、もう死ぬことに気づいていない人は、今の欲望と遺言を同時に言う。
今回は多少ズレがあったから、何を言っているかわかったが、このケースの大抵は全くの同時で、何を言っているか分からない。
聖徳太子のように同時に話しかけられても対応出来る人間だったら、聞き分けることが出来るのかな。とわがままを願うが、能力の覚醒はなかった。
諦めてパチンコ屋前でパチンコを辞めるように声をかけると、割と強めに左頬を殴った後、彼はパチンコ屋を素通りした。
家に帰ると、青くなった頬を見て驚いた母だったが、ながらスマホしてたら電柱にぶつけたと言ったら納得してくれた。
いつものように学校に行くと、僕は目を疑った。心臓に大きな負荷をかけ、脇から出る汗は栓を無くしてしまったようだった。
彼女が髪をピンク色に染めてきたのだ。
それも僕が今まで見ていた彼女を知っているかのように完璧に同じ色だった。
動揺して肩をぶつけると、大きな音が鳴ったみたいで、クラスの視線が僕に集まる。
バッチリと彼女と目が合った。
またニコッと笑った彼女を見て、僕はもう死んでもいいと一瞬思ったが、それは時間にしてコンマ2秒だけだった。
『あの人と付き合いたい。』
聞こえた声は探さずとも誰のものかわかった。
そう、彼女のものだ。
破裂寸前の心臓に追い打ちをかけるように、生きていたいという意思が強くなる。
その分僕はいつもよりも冴えていて、死んでもいいという意思と、生きていたいという意思は宇宙の果てに消えてしまった。
「なんで!?」
「え? あ〜これのこと? いい感じの色でしょ?」
「あ、うん! にしても校則大丈夫なの?」
口からこぼれた別の意味を彼女に悟られないように話を合わせた。
「正門でこっぴどく怒られちゃった〜♪」
僕達が珍しく教室で会話をしているが、樺沢さんの人柄のおかげで、なんの違和感もなかった。
僕と彼女の会話は、いつも樺沢さんと会話している女の子の「よく坊主にされなかったね」という冗談で幕を閉じた。
この日、僕は授業に集中出来ず声をかけようと思ったが、彼女が一人になる時間はなかった。
家に帰って今分かっていることと、分からないことをまとめる。
・分かっていること
死期が近い人の影から声が聞こえるという事。
影は本人の意思を声に出しているということ。
影の声が聞こえたところで、その死期を遅らせることは出来ないという事。
・分からないこと
この能力の存在意義。
樺沢さんが自殺を計っている理由。
樺沢さんの言っていたあの人とは?
とにかく彼女の考えはよく分からないということ。そして彼女自身まだ死ぬことを知らない。
この能力のことを話したら信じてくれるだろうか?
布団に潜って考えたが、結論は出なかった。
明日のことはまた明日の僕が考えればいい。僕の得意な後回しを華麗に発動して今日はもう寝ることにした。
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