201号室 森基優紀(1)
タン、タン、タン!
カレーの匂いを嗅ぎながら二段抜かしで外階段を駆け上がり、201号室に到着する。ちいかわのチャームが揺れる鍵でガチャガチャと音を立ててドアを開け、
「ただいま!」
一人暮らしの優紀の朝は午前六時のアラームではじまる。ベッドの中で軽いストレッチをして身体を目覚めさせると、顔を洗って歯を磨いたら化粧水と乳液をはたき、ついでにぴょんと飛び出た気になる眉毛をちょっとカットしてからトレーニングウェアに着替える。玄関でナイキのランニングシューズとスポーツ用のメッシュのマスクを(こんなの意味がないわよねと思いながら)装着すると、いってきます! 朝の澄んだ空気の中を意気揚々駆け出していく。
一時間走りきったら、ゴールは駅の裏手にある二十四時間ジムだ。有料個人ロッカーに預けてあるタオルとバニラフレーバーのソープセットを持って大浴場の温泉に肩まで浸かる瞬間が、優紀の至福の時である。さらにサウナのテレビで旅サラダを三十分見てお肌を整え、脱衣所の全身鏡でボディチェックをして置き着替えを着込み最後にマッサージ機に座って身体を仕上げたら、汗をかかない程度の早歩きでメゾン・ド・ローズまで帰る。これが優紀の土曜日のルーティンである。
家に戻ってからもルーティンは続く。
小さなキッチンに備え付けられた棚を開けば、味の違うフレーバープロテインが入った揃いのストッカーが五つ整然と並んでいる。ど、れ、に、し、よ、う、か、な、今日はいちご味で決まり。プロテインシェーカーにいちご味パウダーすり切り二杯とミネラルウォーター150ccを入れて、片手で二十回シェイクする。
泡がおさまるのを待つ間、汗だくになったウェアとタオル、ジム帰りに着た着替えをポイポイと洗濯機に放り込み、iPhoneのランニング記録をチェックしながら体組成計に乗る。体重75キロ、体脂肪率10%、体内年齢二十三歳。うんうん、我ながらいい感じ。順調順調。優紀はムキムキとまではいかないまでも、適度に割れて引き締まったアスリートのような腹筋をうっとりと撫でた。うふふ。
洗濯を待つ間、出来上がったシェーカーを片手に全裸のままソファに寝転ぶ。
「アレクサ、流行りの洋楽かけて」
優紀の言葉にキッチンカウンターに置かれたスマートスピーカーがポーンと答えて、6.5畳の狭い洋間はTikTokでバスり中のノリのいい音楽に包まれた。
肘掛けに投げ出した両足でリズムをとる度に、昨日外回りの最中にこっそりサロンに行って施術してもらったフットネイルがキラキラと光る。特に服装規程にうるさい職場でもないがそれでも面倒臭い連中はいる。普段革靴で隠れている足なら誰にも文句は言われまい。
いちごプロテインを飲み下しながら、流行色のこっくりオレンジを基調にした
ふいに隣の部屋からゴトン、と何か落としたような物音がした。そういえばしばらく空き部屋だったお隣に誰か越して来たみたいね、昨日の会社帰り電気がついてたもの。
優紀は全開の窓からそよぐやわらかな風を肌で感じながら、ゆっくりと目を閉じた。
お隣さん、可愛いお兄さんだったら最高なんだけどな。ほら、あのジムのお風呂でよく一緒になる髭のクマ系で包茎が可愛い彼みたいな……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます