第三章【雪華の誉】

第十六話 予期せぬ来訪者

「……マジか」


 目の前に突如現れた神様に、晴は思わず頬を引きらせた。


 ◆◇◆◇◆


 事は数時間前に遡る。


 長い一日が終わり体調も幾分か快復した晴は、スリーピーススーツに着替え今夜の『御神送り』に備えていた。

 自室から見える庭では、昨夜のうちに降り積もったであろう雪が一面に広がっていた。一足早く支度を終えていた鳴が、昨日さくじつ保護した子供神の小福に手を引かれ雪化粧の中を駆け回っていた。なんとも微笑ましい光景だ。昨日の『契約』のことなど忘れてしまいそうになる。

 だが、鳴の表情は少しだけかげりを帯びていた。


 福の神・曳舟が小福の前から失踪してから一夜が明けた。未だに彼女に関しての情報は何一つ浮上していない。

 小福の前では気丈に振舞う鳴であったが、内心は彼岸屋としての沽券こけんかかわる相当な重圧プレッシャーと戦っていた。


 抱き着かれている時に彼は「早く見つけ出して小福ちゃんに会わせてあげたい」と言っていた。鳴は自身の立場が危うくなろうとも、自分がそうしたいと思ったことは何がなんでも貫き通そうとするような男だったことを、晴は思い出した。


 キャッキャッと雪遊びをする二人を縁側の柱に体重を掛け見つめる。子供が二人いる、なんて思いながら見つめていると、晴の視線に気付いた鳴が小福に何かを伝えたかと思うと晴のもとへと歩いてきた。

 何かあったのだろうかと首を傾げる晴に鳴は笑い掛ける。


「どうした鳴。霜焼しもやけでも出来たか?」

「へっ? いいえ、まだなってないですよ」


 なのか。毎年必ず一度は霜焼けを作る鳴。そのほとんどがなんの対策もせず雪に触れた際の不注意なのだが、子供じみたことはもうやめろと毎年晴が口を酸っぱくして注意しようと、鳴は聞く耳を持たなかった。今年もまた作るのだろうな、と寒さによって鼻を赤くした鳴を見て晴は苦笑した。


「あ、今何か変なこと考えましたね⁉」

「また今年も性懲しょうこりもなく霜焼けをお作りになられるんだろうな、とは思ったな」

「こ、今年は作りません‼」


 こうしていじれば鳴は反抗心でもう作らないと言う。だが毎年のことながらだけなのだ。晴はそれを知っていて鳴に言わせていた。クツクツと笑えば鳴もつられて笑った。


「それで? 俺に何か用があったんじゃないのか」


 ひとしきり笑うと晴は鳴を本題へと誘導する。鳴は「そうでした」と話を切り出した。


「曳舟様の件なのですが、少々厄介な事になってきました」

「どういう意味だ?」

「……この一件を“タカマガハラ”の神々が耳にしたそうで、本日代表して大国主様が彼岸屋へ話を訊きたいと、今朝方けさがた父さんのもとに連絡が入ったようです」


 珍しく鳴が頭を抱えている。それもそうだ。これに関しては流石の晴も頭を悩ませるような内容だった。


“タカマガハラ”とは、黄泉国でも最高位の存在が集まる頂上組織を指す。

 その中でも大国主は主宰しゅさい神と呼ばれる神様で、“タカマガハラ”で行われる神脳しんのう会談での発言力もあるような存在だった。そんな最高神である大国主が突然彼岸屋へ来訪するというのだ。

 いつもであれば年始頃に来訪する神様なのだが……と、晴も鳴も一向に答えを見つけられずにいた。


 考えるだけでは何も進まない。ともかく、大国主が来館する予定の時刻までは各々の職務を全うしようと、二人は顔を見合わせて頷いた。

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