第十七話 『大国主神』

 鳴が彼岸屋で忙しく働いている真昼頃。普段であれば晴は眠っている時間だったのだが、今日は朝から起きていたので彼は時間を持て余していた。そこで晴は、鳴から小福のおりをするよう頼まれた。

 と言っても小福は晴とをするでも、茶菓子を強請ねだるでもなく、一人で積もった雪と楽しそうに遊んでいた。手間の掛からない利口な子供だなと晴は感心する。


 面倒を見ることも実質ないので一服でもしようかと煙草に手を伸ばす。しかし、口に一本咥えたところですぐにその手を引っ込めた。子供の前で吸うのは宜しくないと彼の中の自制心が働いたのだ。


 ふと、晴の脳裏に福の神についての記憶が思い浮かんだ。

 そもそもあの曳舟とかいう神様は、毎年一度はどこかしらで迷子になってはいなかっただろうか?


「……考えても無駄、か?」


 独りごちながら晴は縁側に寝そべった。早く夜になればいい。夜が来ればそこからはかれの領分だ。

 小福が晴を見つめている。その瞳には、何も映していないような気がした。


 ◆◇◆◇◆


“奥の間”の管理門が静かにその戸を開く。後光が差すその先のに彼岸屋の正装姿をした鳴がにこやかに微笑む。


「お待ちしておりました、


 予定よりも数時間も早い来訪だったが、彼岸屋当主である鳴は顔色一つ崩さず来訪神に対しもてなしの心を表す。


 ——さあ、ここからが僕の戦いだ。


“タカマガハラ”の頂点にす大国主神を目の前に、鳴は『神宿』の誇りを護る為に動き始めた。


 ◆◇◆◇◆


 晴が朧気な記憶を辿っていると、彼岸屋の方から鳴が熊のように大柄な男と談笑しながらやってきた。鳴の顔色は普段にも増して青さが際立っていたが、そのような不調を感じさせない程の営業スマイルを大男に振り撒いている。

 晴はこの時何故か大男が危険な存在だと感じ、すぐに縁側から体を起こした。庭で遊んでいた小福を呼び自身の後ろへと下がらせる。しかし小福は何を思ったのかトテトテと大男に向かって歩いて行った。晴は近付くなと彼女の手を引こうとしたが、その瞬間小福は大男にこう言った。


おう、久しいなぁ殿!」


「……マジか」


 そうして現在へと振り子は戻る。

 ガハハと豪快な笑い方をする彼こそが大国主神であることを、晴はすぐに理解することはできなかった。

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