第十五話 本当の理由
全身が池の水に濡れてしまったので、たまたま通り掛かった番頭に無理を言って朝風呂に入った。
冷えていた体に血が巡っていくのが分かる。生きている、と実感する。
ふと自身の首元が湯舟に映った。今回も青痣を作るまで吸われたらしい。
「……もっと上手にできねェのかよ、へたくそが……」
晴は毎度のことながら、この
◆◇◆◇◆
ある程度体も温まったので朝風呂を切り上げる。いつの間にか番頭が用意してくれていたのだろう浴衣一式に着替え、首元が隠れるようにタオルを掛ける。髪は濡らしたまま晴は自室へと戻った。
自室へ戻ると、意外な人物の先約があった。
「……鳴?」
大切にしている鳴が、自分の為に敷かれたであろう布団の上に身を丸めて眠っていた。肩が上下しているのでただ眠っているだけだろうと分かってはいても、雪のように青白い肌が、彼をどこかへ連れて行ってしまいそうで不安になる。
晴は鳴を起こさないようゆっくりと近付き、その表情を覗く。鳴の長い
「……不良め」
「はあ?」
「煙草の臭いがします。不良です」
「ああ……朝風呂に入ってきたんだがな。まだするか?」
「する……。晴が、悲しい時のにおいです」
そう続けた鳴の声は少しだけ震えていた。抱き着き回された腕に力がこもる。まるでどこにも逃がすまいと『ここ』に留まらせるように。その意味を、晴は知っていた。知っていて、受け入れている。
「……ねえ、晴。あと何回、僕は晴に甘えられるかな……?」
不安——その二文字が晴の脳裏を掠めた。
知っているのだ。
自分たちがこの世界にとって不安定で歪な存在であることを。
晴は少しでも彼から不安を取り除こうと、鳴の気が済むまで抱き着かせた。
「何回でも。お前が望む限り、俺はお前のもとに帰ってくるよ。……勝手にいなくなったりしない。つか、できねェよ」
そうだ。五年前のあの日、心臓を共にすると決めてから、晴は自身の全てを鳴へ捧げた。
いつまで彼をこの世に縛り続けるのだろう。これは晴のエゴでもあった。自らが望み生んだ結果に、晴は自問自答を繰り返す。
——これが、晴がこの彼岸屋を……『彼岸鳴』から逃れられない、本当の理由である。
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