第十四話 折れた刃
晴はゆっくりと鳴の体を静かに横たわらせ、再び『行実』を手にして、今度は烽火九尾に向けるのではなく自身の
このまま力を込めれば、鳴と共にいける。晴はそれだけを救いに想いながら、ぐっとその手に力を込めようとした。
「——自ら命を絶とうとするか、つまらぬ男よ」
それまで干渉してこなかった烽火九尾が独りごちた。静かに視線を声のした方へ向ければ、本当に大層つまらなさそうな表情をした黒い獣が晴を見つめていた。
「そこに落ちている行実の子の方が、まだ面白かったぞ? “死にたくない”と散々喚いて、
「……邪魔すんなよ……てめェに、俺たちの何が分かる……!」
「知らぬ。毛程も興味がない」
「じゃあ黙ってろよッ!」
晴は本気だった。本気で死のうとしていた。
そんな彼の意志の強さに、烽火九尾は疑問を浮かべるのみだった。同時に、沸々と彼に興味を持ち始めた。
少しして、再び烽火九尾が口を開いた。
「……どうせ彼岸の子の為に捨てる命、わらわに預けてみないか?」
「————」
何を、言ってるんだ、この獣は。
首元に当てている刃が微かに震える。今更迷うだなんて許されない。晴はもう一度手に力を込めようとしたが、次の瞬間その刃は烽火九尾によって弾き飛ばされた。刀身の中心が真っ二つに折れた。まるで、今の晴の心を映したかのような折れ方だった。
「まあ、話を聞け。これは契約だ。彼岸の子を生かす方法を提案してやると言っておるのだ」
ぴくりと晴の心が、覚悟が、いとも簡単に揺らがされる。
「この契約を交わした瞬間から、お前と彼岸の子の心の臓は共有される。つまり、お前が死ねば彼岸の子も死に、彼岸の子が死ねば逆も然りである。お前の心の臓を食らい尽くすまでは彼岸の子を生かし続けてやろう。食らうのは月の朔だ。必ずその夜、この彼岸池に来い。……なぁに、すぐには全て食わぬわ。全て食ってしまっては、面白みがないからなぁ?」
ギャハ、と烽火九尾が嗤う。
この時の晴の思考は正常な判断が不可能な程に狂っていた。
鳴を、助けられる。
そう思った晴に、その契約を断る理由は——なかった。
◆◇◆◇◆
「……うっ……」
忌まわしい記憶の旅を終えた晴は意識を現実へと戻した。ぐわんと世界が大きく揺れたことには目を瞑ることにした。いつものことだ、少ししたら落ち着くことは分かっていた。
あの事故で多くの人が亡くなった。だが、凄惨な事故の背景は表沙汰になることは無かった。誰がこの『神宿』の存在を信じるというのだろうか、そう思えば表沙汰にしたところで無意味だ。
人の世と神の世の
晴はあの日の
晴はその煙草を咥えライターで火を点ける。運良く火が点いたのでひと吸いし、そして吐いた。
あの日に亡くなった者たちへ届くように祈りながら。
紫煙は、暗闇の海へと沈んでいった。
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