第十話 露わになる花痕

「——晴‼」


 バチンッ! 目の前に鳴が映ると、途端に肺に酸素が満ちその反動で晴は思わず咳き込んだ。苦しげに咳き込む晴を気遣い、鳴は彼の背を摩る。その手が温かかったからか、噎せた所為か、生理的なが一つ晴の頬を伝った。


「……ケホッ、わるぃ、も、大丈夫だ」

「……本当に?」


 もう一度大丈夫と伝えるも、まだ信じていないのか鳴は摩るのを止めなかった。完全に咳が治まった頃に鳴はやっと晴の背を摩ることを止めた。


「……魘されていましたけど……」

「夢見が悪かっただけだ。心配ない」

「でもっ、息ができないくらいの悪夢なんて……!」

「——治まったからもういいだろ‼」


 ビリビリと空気が震える。思っていた以上の声量が出たことに、何より晴自身が驚いていた。鳴の息を呑む音が耳を劈いた。怖がらせるつもりなど毛頭なかったというのに。


 ふと、鳴の浴衣がはだけて胸元があらわになっているのが晴の目に入る。そこから覗く“赤”に、晴は思わず目をそむけたくなった。


 骨張った、細く白い肢体。その左胸元に大輪を咲かせる。それは、五年前の事故によって負ったである。

 その花を見た晴の表情は段々と青褪あおざめていく。晴が胸の火傷痕を見たことに気が付くと、鳴は申し訳なさそうに笑った。ゆっくりと彼に近付くと、鳴は晴の頬に両手を添えた。前髪で隠れた瞳には涙が滲んでおり、今にも泣き出しそうな迷子のようだった。

 ごめん、と消え入りそうな彼の声はしっかりと鳴の耳に届いていた。


「…………そんなこといわないで、晴。は、晴が僕を護ってくれた“証”だよ」


 言い聞かせるようにして微笑み、胸に咲く彼岸花にそっと触れさせる。

 トクリ、トクリ、と波打つ心臓の音。その音に触れた瞬間、晴は鳴の手を包み込むようにして握り、声を押し殺して泣いたのだった。


 ◆◇◆◇◆


 晴の気持ちが落ち着いた頃、午後十時を告げる時計のが室内に響き渡った。あと二時間もすれば、今日が終わる。

 晴は一度伸びをするとソファから立ち上がった。その表情は妙にスッキリとしていたので、鳴は思わず怪訝そうな顔をした。


「……鳴、俺はもう大丈夫だから先に休め」

「え?」

「今日は色々、疲れただろ。明日も忙しんだから、早めに寝て明日に備えておけ」

「分かりました。……晴は?」

「俺は、まあ、な」


 それ以上は聞かないでくれ、という意思が晴の表情から見え隠れする。

 言葉を濁されたことに気付かない鳴ではなかったが、わざわざこれからの予定を言及することはしなかった。なので仕方なく引き下がることを決め、鳴は大人しく自室へと戻って行った。

 鳴を見送った晴の表情は、どこかぎこちなかった。

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