第六話 ベリーソース・リップ

 それから三分もしないうちに鳴は注文するパンケーキをきっちり決めたらしく、コールボタンを押して店員を呼んだ。

 それから二十分程して注文したパンケーキがテーブルに並んだ。

 一つはこの店一押しと言われているらしいハワイアンパンケーキだった。いかにも女子受けが良さそうなフルーツがふんだんに使われたビジュアルだった。もう一つはさっぱりめの酸味が売りだという三種のベリーパンケーキだった。どちらも美味しそうに飾り付けがされており、知らず知らずのうちに食欲が湧いてくる。

 救いだったのは、晴も鳴も甘党であることだった。これなら完食することも容易だろう。


 手を合わせ、フォークとナイフを器用に使いながらパンケーキを切り分けていく鳴。早速最初の一口をぱくりと頬張ると、よほど美味しかったのか頬に手を添えて最大限に“美味しい”を表現した。


 晴はそんな幸せそうな鳴を静かに見つめていた。


 晴が食べるのは決まって鳴の気が済んだあとである。基本的に好き嫌いはなく、あまり量の食べられない鳴のを頂くのが、二人で外食をする時の自然なルールだった。

 気の済むまで好きなように食べさせる。こんなことは、三年前まではできなかったことだ。


「……美味いか?」

「はいっ、とっても美味しいです! 晴も一口どうですか?」


 そう言われて気が付いた。目の前に差し出されたパンケーキの一切れに思わずおののく。当の本人はこのにまだ気が付いていないようだ。


「この歳になって男同士で“あーん”はどうかと思うぞ」

「え? 僕と晴の仲なら自然な流れだと思っていたのですが」

「だとしたら相当頭の中がお花畑だな」

「むぅ! 今バカにしましたね!」

「これが自然だと信じて疑わない、お前の思考が羨ましいよ」

「家族も同然の仲じゃないですか! 晴にしかしませんよ、こんなこと!」


 あまりにも幼稚な文句を言い散らすと、鳴はとしたままパンケーキを食べ進めていく。食欲はあるようでホッとした。そんな人の気も知らないで、鳴はパンケーキを食べていく。

 ふと、パンケーキのベリーソースが鳴の唇についているのを晴の視界が捉えた。晴にはそれが、女性がメイクをした時にさす口紅に見えて思わずドキッとする。


「……なんです?」


 鳴はまだむくれているのか、少々不機嫌そうに晴に問う。晴は今思ったことを鳴に伝えた。すると予想していた言葉と違ったのか、鳴は呆気にとられたような表情をした。


「……お前さ、今度、口紅でもさしてみたら?」

「え?」

「口紅っていうか、ほら。最近は色付きリップ? とかあるだろ。そういうの使ってみれば少しは顔色もよく見えるだろうし、その方が客受けもいいんじゃねえのと思って」

「……それは考えてもみませんでした。今度試してみようかな……」


 その時にはもう彼の機嫌は直っていたようだ。鳴の純粋な心に感謝しなければ、と晴は表情を殺しつつ心を撫で下ろした。


 結局、二種類のパンケーキを三分の一ずつ食べて鳴の昼食はフィニッシュした。晴が残りのパンケーキを食べ終わった頃には、時刻は既に十三時を回っていた。

 少しでも彼が食べられたことに、今はただ、嬉しさが込み上げた。

 これからの予定は? と訊けば、鳴は少し恥ずかしそうに買い物に付き合ってほしいと晴にお願いした。晴は了解と短く返事をして、鳴の頭を軽く撫でた。

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