第五話 外食とパンケーキ

 昼間の、それも“新宿”に出掛けるのだから、流石の晴も帯刀することはない。

 夜の姿とは打って変わって、長袖のTシャツにジーパンと動きやすいラフな服装にコートを羽織り、オフを感じさせる髪型を下ろした晴と、対照的なきっちりとした着物姿で隣を歩くのは“神宿”彼岸屋を営む若旦那、鳴であった。


 新宿の街は昼時ということもあり沢山の人々で賑わっていた。人酔いをしてしまわないかと気を回していた晴だったが、どうやら杞憂だったらしい。心配の種であった鳴本人は普段出掛けることのない街に目を輝かせ楽しんでいた。


 少しして鳴が入店してみたいと言ったのは若者——特に女性——が好みそうな、今時流行りのパンケーキ店だった。

 入店すること自体に抵抗はない晴ではあるが、何せこれから入店しようとしているのは完全に場違いであろう着物男子と大男。いくら店側が客をもてなそうとこのアウェー感はどうにも否めなかった。

 晴は一瞬入店することを躊躇ったが、久々の「鳴との外食」というオプションに惹かれ、二人仲良くキラキラと輝くパンケーキ店に入店したのだった。


 分かり切ってはいたことだったが、晴たちは店内でかなり浮いた存在となっていた。鳴はそんなこと気にも留めず、どのパンケーキを注文しようかと奮闘していた。


 ——まあ、こいつが楽しめているなら、なんでもいいか。


 本当に、よく笑うようになったと晴は独りごちる。

 『師走の朔』から早五年が経過しようとしている。それが「まだ」なのか「もう」なのかは晴には分からない。

 ただ、あの日以来鳴は随分と弱ってしまったと、晴は心にひしひしと感じていた。

 少しの距離を歩くだけでも大変疲れてしまう体になってしまった。つい五年前までは“健康”の二文字を体現したような青年であったのに。

 鳴は母親に似てもともと細身で白かった。だが事故以来、拍車がかかり病的に青白くなった。まあ、生死を彷徨い、あの世へ片足を突っ込んだことのある身なのだからそう思うのも当然のことなのかもしれない。


「……なんです? さっきから人の顔をじろじろと見て」


 色白な所為で映える、仄かに薄紅に染まる口から紡がれる凛とした声音は妙に色っぽい。これで無自覚なのだから、この男は末恐ろしい。

 晴に男を抱く趣味はないが、相手が鳴なら全くの抵抗を持つことなく抱けるな、と思ったのはここだけの話である。

 ドリンクバーで注いできたホットコーヒーに口を付け、平然を装いながら晴は鳴の言葉に答える。


「……いや。なんでもない。それより決まったのかよ」

「それが、どれも美味しそうで決めかねていますっ」

「お前が食べたいって言ったんだろ? 早く決めろよ」

「わ、わかってますよぅ。そんなイラつかないでください……」


 どうしましょう、と鳴はかれこれ十分じゅっぷんはパンケーキのメニュー表と格闘していた。晴は混雑してきた店内と昼時ということを考慮して、あることを鳴へ提案した。


「じゃあ、二つまでしぼれ。そうすりゃ、多く食えるだろ」

「……! はい! ありがとう、晴!」


 鳴は晴の言いたいことを察してか、満面の笑みを晴へ向け礼を言った。その笑顔があまりにも子供のように弾けたものだったから、晴は驚きのあまり思わず固まってしまった。

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