第二話 朝焼けの帰還

 朝が起き始める頃、晴は欠伸を噛み殺しながら足早にへと帰還した。夜中からしんしんと降りしきっていた雪の所為おかげで、彼の頭や肩は白く染まっていた。

 バンッ! と大きく音を立て、自らが帰還したことを主張すれば、周りの人々が目を見開いて一斉に晴の方へと視線を向けた。


「——ああッ、寒ッ! 死ぬ! もう流石に凍死する‼」


 頭や肩に軽く積もった雪の山を払い落としながら、外がいかに寒かったのかを全身を使ってわざとらしく表現する。

 玄関先でギャーギャーと騒ぎ立てていると、奥から物腰の柔らかい落ち着いた雰囲気を纏う着物姿の青年が、彼が雪を被ってくることを予想していたのかバスタオルを片手に現れた。晴は彼を認識すると、素早く彼からバスタオルを奪い顔に当てた。


「んふ。そんなに急がなくてもバスタオルは逃げませんよ、晴」

「……めい……」

「お帰りなさい。お風呂の用意は済んでいますよ。……あ、もうこんなに雪が降り出していたんですね。ニュースでは今日の昼頃からの予定だと言っていたのに」


 予報がはずれて残念ですね、とまるで残念そうでない表情で彼は言う。


「しらばっくれてんなよ鳴……今回のが雪の神の夫婦だって知らせずに俺に京都の貴船神社まで送らせただろ……! おかげでこちとら雪塗れなんだよ! お前は俺を凍死させたいのか!」

「はいはい。お小言は後程のちほどちゃんと聞きますから。まずは湯船に浸かって、温まってきてくださいな。でないと、いくらバ——体力のあるあなたでも風邪を引いてしまいますよ?」

「おいコラ、今俺のこと“バカ”って言おうとしただろ! おい鳴、俺の目を見て今と同じことをもう一度言ってみろ、」


 パンパンと晴の言葉を遮るようにして鳴が手を叩けば、晴よりもガタイの良い男性二人が突然現れて、彼の両側をガッツリとホールドした。身動きの取れなくなった晴は突然のことに頭が追いついていないのか、目を見開いて驚いている。


「言おうとしてませんよー。ほら早く、行った行った!」

「あ、おい、コラ! 放せ筋肉バカ兄弟‼」


 風邪は万病のもとと言いますからね~、と手を振りながら着物の青年、彼岸ひがんめいは笑顔で晴を見送った。晴は、覚えとけよ! と捨て台詞を吠えそのまま湯殿へと消えていった。


 騒ぎが落ち着いた頃、鳴は玄関先に飾っている時計を確認する。

 現在、朝の七時。鳴は一度、心を整えるために目を伏せ深呼吸をした。そしてゆっくりと伏せていた目を開けると、手を鳴らし周りに目配せをして声を掛ける。


「——さて従業員の皆々様方! 本日も一日、何卒よろしくお願いいたしますね!」


 はい、若旦那! と方々ほうぼうから元気な返事が聞こえてくる。その声を聞かなければ、一日は始まらない。

 こうして『彼岸屋』の朝が、今日も明けるのだ。

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