第30話 大混乱

「本日は有意義なお話が出来て本当に良かった。

 今後ともよろしくお願いしますね」


「こちらこそ、色々とヒントをいただきましてありがとうございました。

 のちほど卵を用意してフルルへ持たせます」


 フルルは商人長の後ろで手を振っている。ミーヤが振りかえすと商人長がフルルへ振り返り叱ったようだ。友達とは言え、一応今は客人と言うことで分をわきまえるようにとのことだ。


 宿屋への帰り道、レナージュがぼそっと話しかけてきた。


「なんかさ、今までは何も知らなくて危なっかしいって思ってた。

 だけど、商人長と話してるときのミーヤってなんか逞しいと言うか、凄かったね」


「うん、ミーヤさますごかった。

 何してるかわからなかったけど」


「チカマにはちょっと難しい話をしてたかもしれないわね。

 でもきっとこの先いいことに繋がっていくはずよ」


「けどさ、フルルとは言え他人へ教えてしまっていいものなのか?

 レシピってそんな安いものじゃないだろうに。

 野外食堂のラーメン屋だって相当の大金を積んで教えてもらったと思うぜ?」


 そうだ、あれは神人が持ちこんだレシピらしいと聞いたんだった。イライザへそのことを確認すると詳しくは知らないらしい。だが、ジスコに神人が来たことがあるって話は聞いたことがないので、おそらくは人づてで習得し、ジスコへ持ちこんだのだろうと教えてくれた。



 ようやく宿へ戻るとすでに寝台馬車は厩舎の前に止まっており、レンタカー屋さん? らしき人がそばに立っていた。


「約束の時間より早いね。

 待たせてしまったかい?」


「いえいえ、貸先から回収してそのまま来たので早くなってしまいました。

 馬なしと聞いておりますので、このまま動かせませんが、置き場所はここで問題ありませんか?」


「アタシは問題ないが、厩舎の担当者へ聞いてみないとわからないね。

 どうだい? ここで邪魔にならないか?」


 厩務員が問題ないと返事をすると、レンタカー屋の店員さんも安心したようにうなずいた。代金はとりあえずイライザが払っておくと言って支払っていた。どうやら最初に補償金を払うらしく、一週間以上の予定なのでかなりの額のようだ。


 返却時に戻ってくるから問題ないと笑っているが、逆に言えば壊してしまったらお金は返ってこないと言うことになる。七海は免許を持ってなかったのでレンタカーを借りたことなどない。そのため、その仕組みが当たり前のことなのかは判断できなかった。


 村にキャラバンが来るまでは、お金の存在を気にすることは無かった。それなのに今は毎日結構な額を使って暮らしている。やっぱり都会の暮らしは大変だなと思いを馳せるのであった。


「これで準備は整ったな、明日の朝にはいよいよ出発だ!

 野郎ども、心構えは万全か!?」


「ちょっとイライザ? 掛け声はいいけど野郎どもは無いんじゃない?」


 レナージュが至極真っ当な突っ込みを入れる。ミーヤももちろん同意なので深くうなずいていた。


「そ、そうだな、では、コホン。

 あなたがた? 準備はよろしくて?

 張り切っていくわよお?」


 イライザが慣れない言葉遣いをするので、返事をするどころかみんな笑ってしまって言葉も出ない。するとイライザはもういいから酒場へ行こうと言い始めた。


「でも明日は早く出かけるんでしょ?

 また飲みすぎで動けなかったら困るよ」


「平気だって、なんってったって今日は飲ませてもらえないからな!

 飯食ったら部屋で大人しくするさ」


 そう言えばあの失態でおばちゃんに叱られ、今晩の禁酒を申し渡されたのだった。それなら心配はないから食事だけしようと酒場に入ろうとするがなにかがおかしい。どうやら騒ぎが起きている様子だ。


「おおい、アンタたち、今日はもう入れないよ!

 悪いけど外で食べて来てくれ!

 その後は戻ってきて店手伝っておくれよ!」


 いったいこの人は何を言っているのか…… ミーヤ達は従業員ではない。それに飲食タダにするって言ってたのに外で食べてこいだなんて勝手すぎる言い分だ。


 しかし店内を覗いてみるとそこは戦場の様だった。


「こっちまだ来てねえぞ! まだかよ!」

「おばちゃん! おかわりな、もう二つくれ!」

「おーい、俺も同じの頼むわ!! あとエールも人数分な!」

「まだ入れねえのかよ! 早く食わせてくれ!」


 屈強な男たちが大勢でわめいている様はなんとも暑苦しい。これならお金が余分にかかっても、外で食べてくる方がマシかもしれない。


「これはアレだ、マヨネーズ焼きを食べに来てるんだろ。

 ジスコの人間は新しい物好きだからな。

 野外食堂でも新しいメニューが入ったら即行列さ」


「ええっ!? そんなに?

 いくらなんでも大騒ぎすぎじゃないの?」


「食べるものって、必須なわりに種類が少なくて味もいまいちだからね。

 ちょっと変わったものがあれば食べたくなるものなのよ。

 私だって昨日食べて無かったら並んでたかもしれないわ」


「へえ、レナージュもそう思うんだ?

 なら教えてあげて良かったかもしれないね」


 とは言ってもあまりにも忙しそうで少しだけかわいそうになる。主におじさんが。


「そうだ、フルルへ連絡してあげないといけないわね。

 宿に居なかったら困るだろうし」


 ミーヤがフルルへメッセージを送ると、間もなく返事が返ってきた。もうすぐ宿屋へ着くとのことだ。それなら来るのを待ってから一緒に食べに行ってもいいかなというと、みんなも賛成のようだ。


「面倒だからここで作ってもいいけどね。

 この様子だと酒場の調理場は借りられないだろうからフルルへ教えられないし」


「でもここで何か作ることなんて出来るの?

 調理器具なんて何もないでしょ?」


「旅先で使うために用意したものがあるから、後は火を起こすだけよ。

 ちょっとした予行練習ね」


 なるほど、と賛成してくれたイライザが、その辺にある石を並べてかまどを作ってくれた。火は召喚術で作ってもいいが、薪もあるのでそれを使ってしまおう。


 ミーヤは卵の到着前に、とスキレットを用意して、カットしたベーコンを焼き始めた。

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