第31話 予行練習
調理の準備をしているとフルルがやってきた。そろそろベーコンが程よく焼けて、いいタイミングでの到着だ。
「おまたせ、って、なんでこんなところでキャンプしてるのよ。
店は…… なんかすごい混みようね。
やっぱり鳥のマヨネーズ焼きのおかげかな?」
「流石フルルね、一発でわかっちゃうんだもの。
私なんていまだに信じられないわ」
「あれは絶対売れるって思ったわよ。
だからこそ商人長へ話しておいたんだもの。
おかげでご褒美の給金がもらえたし、卵の店だって任せてもらえるんだよ?
夢にまで見た私のお店なんだよー
ミーヤにはホント感謝してる!」
「フルルって自分の店が持ちたかったの?
でも料理はできなかったよね?」
「うん、本当は服屋をやるのが夢だったんだけど、自分の店ならなんでもいいよ。
まあ自分のと言っても雇われてるだけなんだけどね」
雇われとは言え責任者なのだから、商人長には随分信用されているのだろう。これは気合入れて仕込まなければならない! とは言ってもやることは簡単なので大丈夫なはずだ。
「じゃあフルル、始めようか。
料理酒造スキルは習って来たの?」
「ブッポム様にお金貰ったからバッチリ習って来たわ!
どんなの作るのか楽しみよ。
はいこれ、卵一杯持って来たからね」
なんで割れないのか不思議なくらいに積み上げられた卵! これなら何種類か作れそうだ。でもなるべく簡単なもので再現しやすいものでないと意味がない。
ミーヤはスキレットからベーコンを皿へ移し再度加熱した。
「じゃあ行くよ?
まずはこうやって石に卵をぶつけるの。
ひびが入るくらいでいいからね。
そうしたらこうやって指を入れて――」
最初に作るのは目玉焼きだ。これなら簡単だし、きっと誰でも作れるようになるはず。そうしたら卵が売れるだろうと考えたのだ。
ジョワーアっと良い音がして白身が震えている。ベーコンの油が程よくしかれているので、油分と一緒に旨みも移って行くだろう。
次にコップへ入れておいた水に指先をつけて数滴垂らした。すると一気に蒸発して油の香りが辺りに広がっていく。
「うわあ、なんだかもうおいしそうね。
これって食べられるものなの?」
「もちろんよ、そのために作っているんだから。
ちょっとだけ蓋をして蒸らすのがポイントね」
蓋をして火からおろし、数十秒待ってから蓋をあけると、蒸気と共にまた香りが広がる。あとは皿へ移してベーコンエッグの完成!
「どう? 簡単だったでしょ?
これならだれでも作れると思うよ」
「わかった! やってみるね!」
そう言ってフルルが作り始めて卵を石へぶつけていく。割っていく。いく……
「今なん個目?」
「六個かな…… 結構難しいね……」
なるほど、卵を割る力加減すらレシピとスキルの力が必要になるのか…… おばちゃんは料理スキルが高いから、卵を割るのは難なくできた。でも白身と分けるのは少し手間取っていたのだ。それは初めてだからというわけではなく、スキルによる補助とでもいう神の力が働いていないと難しいことなのだろう。
「やった! できた!」
七個目にしてようやく卵を割ることが出来たフルルがスキレットへ卵を割り入れた。すると卵は消えてしまった。えっ!? なんで? と思ったが、おそらく黄身が割れてしまったのだろう。
「もっとスキレットに近いところで落としてみて。
高いところから落としたら卵の黄身が割れてしまうわよ」
フルルはうなずいて再挑戦を始める。こうして何度も失敗を重ねるうちに何度かの成功を経て、その時は訪れた。
「あ! レシピ! こうやって出来るようになるのね。
初めてだけどなんか感動したわ!」
ミーヤにはレシピが降ってきたことが無く、未だわからない体験なのでちょっと羨ましい。でもいづれ何か作った時に起こるかもしれないし、今後に期待しておこう。
ようやく人数分で来たので早速食べてみた。さすがにそのままでは味が薄すぎるが、醤油がないので塩をかけることにした。
「すごいわね! こんな簡単、でもなかったけど卵料理が出来ちゃった。
ジスコではまだミーヤと私しか作れないなんてすごいわ!」
「でもこの作り方を広めると、卵がたくさん売れるようになるんだからね。
まあ目玉焼きを店で作って売るもの悪くないと思うけど」
「そこはブッポム様へ相談してみるわ。
それにしても初めての味、感動だわ!」
やはり食べたことないものへの興味はかなり強いらしく、それはフルルに限ったことではなかった。とにかくみんな夢中で食べている姿が微笑ましく嬉しい気持ちが溢れてくる。おかわりをせがまれたので作ろうと思ったが、ここはフルルへ任せるべきと考えて作ってもらった。
だが、スキルがまだ低いので何度か失敗を繰り返して人数分を作り、食べながらまた作ってまた食べている。いくらなんでも同じ物ばかり、しかもたかが目玉焼きだ。
それじゃ今度はもっと簡単な茹で卵を作ってみることにした。我が家流は蒸し卵だけど、この世界では水を潤沢に使うことを嫌うようで、茹でるという調理方法はあまりしない。そのため蒸して作れるならそのほうがいいかもしれない。
煮込み用の鍋と蒸し器を用意して水を入れる。まずは火にかけて湧くのを待った。
「ちょっとまって! まだ何か作るの!?
ちゃんと覚えないとブッポム様に叱られちゃうわ!」
フルルは相当やる気になっているようだ。ぜひ覚えて帰ってほしい。
そう言えばやけに静かだなと、黙々と食べている様子のレナージュ達をふと見ると、手元にコップが置かれている。嫌な予感がして声をかけてみると……
「いや、これはさ、水だよ、ただの水」
「でもなんだか色がついてるように見えるわよ?
ちょっと貸しなさい!」
「だめだめ、水だから、本当に水だからさ!」
「ミーヤさま、それお酒だよ。
ボクも飲んだ」
「なんでチカマまで飲んでるのよ!
まったくあなた達ってば懲りないんだから!
こうなったら私にもついでちょうだいよ?」
もうこうなったらヤケだ。少しだけなら平気だろうし、ほんの少しだけ、舐めるくらい、ちょっとだけ飲むことにしよう。
そんなことしている間に湯が沸いたので、蒸し器に卵をセットしてから鍋の上に置いた。蒸し時間は今まで通りなら時間は七分三十秒だ。
スマメを取り出してから時計とにらめっこしながら時間を正確に測る。フルルが作る時も同じ時間にすれば成功するはずだからだ。
「よし、時間ね。
後はこれを剥いていくだけよ、その前に――」
ミーヤは蒸し器全体に水をかけて冷やしてから、さらに水を張った鍋に茹で終わった卵を入れて冷やしていく。氷水でもいいが、工程を複雑にすると際限が難しくなってしまうのが悩みどころである。
どうやら時間は完璧だったようだ。かなり柔らかくて剥きにくいが、それでも白身はきちんと茹っていて、割ってみると黄身はほぼ生でとろとろしていた。
手元にマヨネーズがないので塩で食べてみるがおいしい! 割った半分をチカマへ渡すと臆せずに食べてくれて、しかもおいしいと言ってくれた。やっぱりこれが一番うれしいことだ。誰かに自分のかけた手間を喜んでもらえる幸せはなにものにも代えがたい。
だがしかし、やはりフルルは茹で卵を何個も消失させてしまう。どうやら剥くのが難しいようだ。それならもう少し固く茹でることにして、まずはミーヤが八分蒸してから剥いていく。黄身は半分ほど固くなっているが十分半熟の域である。
次にフルルが八分蒸してから剥いていくと今度はほぼ全部成功して、またレシピが降ってきたらしい。その間に先ほど作った茹で卵はすべてレナージュとイライザ、そしてチカマのお腹へ収められていた。
「これなら蒸し芋と同時に作ってもいいわね。
両方一緒に売ればもっと儲かるかもしれないわよ?」
「それはいいかも!
蒸し芋は通常レシピだからすぐ作れるわ。
後は味付けだけど、マヨネーズは覚えるの難しそうよねえ」
「塩で充分だと思うわよ。
あんまりつけすぎてもしょっぱいから少しだけでいいし、塩水にくぐらせてから渡してもいいわね。
肉を煮た煮汁に何時間も漬け込んだ味玉や、燻製にした燻玉というのもあるわよ?」
「うわー、卵ひとつで色々なものが出来るのね。
私、料理に目覚めそうよ」
「それは良かったわね。
きっとこれから忙しくて楽しくなるわよ!」
我先にとマヨネーズ料理を求めて途切れない列を見ながら、ミーヤはそんな予感を感じていた。
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