第29話 燃える商魂
商人長の館へ出向いた一行は、ミーヤの出したムラングを食べながらしばし談笑していた。しかし楽しい話ばかりではないかもしれない。そんな考えが頭をよぎる。
どうやら商人長にはなにか考えがあるらしく、それは企みと言うような汚い手口かもしれない。たとえばスガーテルのキャラバンを襲って損害を出させるとか、モウス村へ行って神人として威厳を示し利権先を変えさせるとか……
しかしこの世界の人間はそんな考えにはあまり至らない。それは商売大好きなブッポム商人長も同じことらしい。
「そんな! 神人様に何をさせたいなんて恐れ多い。
私はですね、代金として引き取った鳥をかなりの数所有したままなのです。
飼育には餌代もかかりますが、いっぺんに多くを食肉として流通させることは難しい。
値崩れもそうですが、消費量以上に出荷してもさばききれませんからね」
「な、なるほど、それは失礼しました。
その鳥を私が買い取ればいいのですか?」
「それは私にとって最善ですな。
しかし神人様は飼育するすべを持ちません、違いますか?
そこで、卵です」
「つまり卵のみを引き取って加工して販売したらどうか、と?
そのまま食べる人はいないんですか?」
「そのまま!? まさかあんなもの丸のみにできませんよ?
どのように加工するにしても料理スキルが必要ですからね。
神人様のように料理スキルもなく何かを作り出すことは通常できません。
と言うより方法を知らないのです」
ここでもスキルの謎がまたひとつ。できないのではなく知らないと商人長は言っている。つまりはスキルがあると作り方は勝手にわかる。でもそれはあくまで決められた、いいえ、神が定めたレシピに従ってスキルが勝手に作ってくれるものだ。
レシピを使わない調理だと、失敗した場合に素材が消えてなくなるのはこの目で確認した。だけど真似をして作ることはできるし、何度か作ることができれば自分のレシピになるという話だ。
一見複雑だけど単純とも言えるその仕組み、つまりは簡単な卵料理を広めるところから始めたらいいのではないだろうか。タンパク質も手軽にとれてみんなの健康にもいいからきっと喜ばれるはずだ。
「一つお伺いしますが、家で料理をする人ってどのくらいいるのでしょう?
お店をやっているのではなく、自分たちのために作って食べるって意味です」
「そうですねえ、ジスコだとほとんどいないのではないでしょうか。
この街にはマーケットと野外食堂がありますよね?
あそこで出来上がったものを買うか、酒場や食堂で食べると言うのが主流です。
でも家で食べる人たちももちろんいます、それが何か?」
「そういう人たちに簡単な卵料理を教えたら、卵の消費が増えるんじゃないですか?」
「そんなことをしたら、卵料理の店を経営して利益を独占することができなくなりますよ!?
いくら神人様に欲がなくても、それはもったいないことだとおわかりでしょう?」
なるほど、やっぱりこの世界では、未知のものを手に入れ独占することが推奨されているのだ。理屈はわかるし、経済だけを考えると正しいような気もする。でもミーヤの目的は違うのだ。
「独占して利益を上げることは商人としては正しいと思いますし、真っ当だと感じます。
でも私は自分の利益よりもカナイ村の利益を考えたいんです。
今回のお話、とても有意義なものでした。
私が卵で作った料理を提供するお店が出来たなら、それはどれほど素晴らしいことか。
しかし今の私には友達と旅に出ると言う目的があるので、ずっと街にはいられません」
「そうですか…… それは残念です。
確かロメンデル山へ行かれるのですよね?
お帰りはいつ頃の予定ですか?」
ミーヤはレナージュのほうを向き答えを確認しようとした。しかしレナージュは肩をすくめるだけだ。つまり何も決めていない、と。
「実は期間は決めていないんですよ。
私が強くなったら、ってくらいの漠然とした目標があるくらいなので……
一応保存食は一週間分ほど用意してますし、獣も狩りますのでそれ以上にはなるはずです」
「ではお戻りになられてからまたお話しましょう。
本日はご足労頂きありがとうございました。
それにこんな素晴らしいお菓子をごちそうになりまして恐縮です」
ミーヤはここが話の押しどころだと考えた。つまりプレゼンの好機とも言える。
「あの、商人長?
料理が少しでも出来る人はいますか?
別に私がその場で働かなくても代わりがいればいいのですよね?
たとえば本人が良ければフルルでも構いません。
その方に私が卵料理を教えますから、商人長がお店を開いたらいかがでしょう」
「ええっ!? まさかそんな……
それでは神人様になんの利益もないどころか、ご自身がやろうと思った際に難しくなりますよ?」
「でも私は大量の鳥を飼っていませんし、商品を売る場所もありません。
あるとしたら商人長から卵を仕入れるつてくらいです。
だから利益がないとしても、失うものもないんですから気楽ですよ?
店を開いて失敗して損害をかかえるよりもずっとね。
でもその代りにお願いがあります」
「なんでしょうか?
今後、卵は莫大な利益になりそうですから、大儲けさせてもらうことになるでしょう。
ですからなんでも遠慮なくおっしゃってください」
「そうですよね、大儲けできそうですよね!
だからそのうちのいくらかを権利使用料としていただけますか?
原料代や人件費に物件使用料等を全部差し引いた純利益の二割でいかがかしら?」
「ほう、これは面白い。
今まで商売と言うものは自分で経営販売し、全利益を独占することが当たり前でした。
しかし、神人様はアイデアとレシピを教えた分の代金は受け取らない。
その代わりに利権に噛みこんで継続的な利益を求めると言うことですね?
すばらしいです、これは商売の新たな方法として広まるかもしれませんな」
「でもこれはあくまで口約束なので、破られたらおしまいなんですけどね。
まさか商人長はそんなことしませんでしょ?」
「もちろんですよ、決して約束を破量なことは致しません。
もしお疑いになるならば、ロメンデル卿へ仲介を頼んで契約を結ぶことも可能です。
どちらかが約束を破れば重罪になりますがね」
これはおそらく卿が言っていた出稼ぎ労働者と商人がかわす契約のことだろう。まあそこまでする必要もないし、裏切られることもないだろう。それに約束を反故にされたとしてもミーヤに失うものは無い。
「他にもお願いがございます。
こちらはあくまで可能なら、ということですけど……
テレポートの巻物に綿花、豆、とうもろこしの種か苗は入手できませんか?」
「うーん、これは難題ですね……
テレポートの巻物は大金を積めば何とかなるかもしれません。
しかし作物の種や苗は…… 盗んでくるのではまずいですよね?」
「それは勘弁してください……
カナイ村で他になにか作れないか考えているだけなので、なければ諦めます。
それでは豆を仕入れることはできますか?」
「未加工の豆はほぼ流通していませんね。
カリカリに乾燥したものはたまに見かけますが……」
「それで構いません!
その乾燥した豆を見かけたらなるべく多く仕入れてください!
お代は卵料理の取り分から引いて構いません」
「わ、わかりました。
テレポートの巻物も何とか入手できるか手配してみましょう」
「助かります、本当にありがとうございます。
こう言うことにお金を使いたいんですよね」
ミーヤがそう言うと、商人長は不思議なお人だ、と笑うのだった。そして周囲で聞いていたレナージュ達は、ただただポカンとするだけだった。
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