第28話 甘い話
寝台馬車の受け取りには大分時間があるという。それならミーヤにはもう少し聞いておきたいことがあった。それは馬のことである。
「ねえイライザ? 馬車を引く馬はついてくるの?
誰も牧羊スキル持っていないけど、言うこと聞いてくれるのかしら?」
「馬はついてこないよ。
レナージュが持ってるって言ってたから平気だろ。
それと知らないかもしれないけど、寝台馬車には人は乗れないぞ」
「えっ、それじゃ馬車と一緒に歩くってことなのかあ。
なんだか返って大変ね」
「いやいや、外で何泊もするなら、夜はぐっすり眠ったほうがいいさ。
それにベッドを広げると周りに壁が出来て、虫や獣が入ってくることもないしな。
ちょっとした家みたいなもんで便利だよ」
なるほど、キャンピングカーのようなものなのか。それに言われてみれば、地面に寝転ぶ毎日ではないと言うのは確かに魅力的だ。
「一応、他の冒険者や盗賊の心配はあるから見張りは立てるよ?
でも寝台馬車を壊した上に捕まりでもしたら大罪だからな。
そうそう襲うやつはいないのさ」
「盗賊はまだわかるけど、他の冒険者が襲ってくることもあるの?
なんだか野蛮ねえ……」
「魔鉱狙いとか体狙いとかいろいろあるさ。
冒険者なんてカッコいいこと言っても、そのほとんどは仕事が嫌でフラフラしてるやつらだしな」
「そうそう、だから男なんて信用できないのよ。
ガサツで不潔で乱暴なんだからさ」
酔っぱらって床で転がっていた上にケンカして部屋中めちゃくちゃにした後、誤って毒を食べてひっくり返っていた人はやっぱり言うことが違う。
「なんでそんなにニコニコして見てるのよ……
もう反省してるから旅先では十分控えるわよ……」
「あんまり冒険者の悪い見本を見せないでね。
私とチカマは初心者なんだからさ」
「わかってるって、だからマーケットで酔い覚ましの実を買っておいたんだからね。
これでもう大丈夫よ」
あんまりわかってなさそうなところがまたレナージュらしい。その時フルルからメッセージが届いたので確認してみる。
『商人長が商売の件で話があるって。今から来られるかしら?』
もしかしたらフルルが卵のことを話したのかもしれない。これは楽しみだなと急いで返信した。うまくいけば安定収入を得る道筋になるかもしれない。
「商人長に呼ばれたから行って来るね。
それともみんなで行く?」
「商人長に興味はないが、ミーヤが何考えてるのか聞いてるのは楽しいからな。
アタシはついていくよ」
「私も行こうかしら。
フルルもいるし、きっとお茶くらい出してくれるでしょ?」
「チカマも一緒に来てくれる?
お茶はおいしくなかったけど、私がお菓子をあげるわよ?」
「ボクも行くよ、ミーヤさまといつも一緒だから
お菓子なくても行くからね?」
ミーヤはチカマの頭をなでると商人長の館へ向かって歩き出した。
「ミーヤ! 待ってたわ、みんなで来てくれたのね。
今お茶入れるから座っててね」
フルルが元気に出迎えてくれ、応接室へ通してくれた。でもお茶はいらないけど…… 商人長はすぐにやってきてみんなを丁寧に出迎えてくれた。ホント出来たお人である。
「わざわざ来ていただいてすいませんね。
実はフルルから話を聞いて興味を持ちまして、もう少し詳しく伺いたいのですよ」
「ではこれでも召し上がりながらお話しましょうか。
味はともかくきっとお気に召すと思いますよ?」
「ほう、これは焼き菓子ですかな?
では一つ頂きましょう」
「ええどうぞ、これはムラングというお菓子よ。
みんなも食べてみて、もちろんチカマもいいわよ」
ミーヤが出したのは、昨晩マヨネーズ作りに付き合わされた時に、余った卵白で作ったムラングだ。どうせ白身は使い道がなくて捨ててしまうのだろうからと、取り分けられていた卵白すべて使って作ったのでかなりの量が出来た。
「これは旨いですなあ。
それに口の中でとろけていく不思議な食感です。
すばらしい!」
「お菓子おいしいね。
やっぱりミーヤさますごいなあ」
「ホントおいしいわね。
口の中ですぐに溶けて行くなんて、こんなの初めて食べるわよ」
「菓子はそんなに食べないんだが、これはあまり甘くなくていいな。
それにこのシュワシュワと溶けていくような食感が面白い」
「ミーヤ! あなたって本当にスゴイわ!
マヨネーズにビックリしたばかりなのに、またこんなものを食べさせてくれるなんて!」
どうやら好評のようだ。それもそのはず、この世界に来て食べたスイーツの類は、小麦粉を焼いただけのパンケーキやクッキー、フルーツ入りの生クリーム、白あんに飴玉くらいで、あとは甘いものと言ったら果物を食べるくらいなのだ。
クッキーはどちらかと言えば小麦せんべいと言いたくなる固さだし、パンケーキはお好み焼きのようだ。アイスクリームもあったけど、その場でしか食べられない。
つまり、ある程度保存がきいて持ち運べるような甘いお菓子、しかも食感のいいものなんてあまりないのだ。もしかしたら知らないところにはあるかもしれないが、少なくともジスコには無かった。
「本日の用件をお話する前に、先制攻撃をされてしまいましたな。
わざわざこれを最初に出したと言うことは、まさかこれも卵料理なのですか?」
「さすがです、商人長。
きっとフルルからマヨネーズのことを聞いたのだと思いまして。
ということは、今後は卵を取り扱うのですか?」
「そこなんですが、卵はスガーテルという副会長をしている男がほぼ独占しています。
まあ強制力はないですが、モウス村のエルフとはいい関係を築けているようですね。
私もキャラバンで販売には行きますが、支払いがすべて鳥なので正直手を引きたい」
「モウス村へのキャラバンに旨みがないと言うのはわかりました。
スガーテルさんが販売もしているなら、手を引いてもいいのではありませんか?
モウス村が困ることは無いですよね?」
「そこは微妙なところですね。
スガーテルのキャラバンは、ビス湖での商売がメインです。
なので、モウス村へ寄るのはついで扱いなのですよ。
もちろんそれだけが理由ではなく、立場と言うものもあります」
「つまり組合の長としては、副会長に弱みは見せられないと言うことですね?
でもそれと私の関係がわかりません。
いったい私に何をさせたいのでしょうか」
これは商機かもしれない、ミーヤは、自身の中になぜか異常に燃え盛る商魂に戸惑いながらも、段々と楽しくなっている自分に驚いていた。。
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