第27話 大事件

 それにしても一体どうしてしまったのだろう。レナージュ…… それにイライザまで…… ミーヤは不安を隠せずチカマの手を強く握った。


 思いがけない光景にどうすればいいかわからず立ちすくんでしまったが、このままにしておくわけにはいかない。なにかかけてあげないと…… いくらなんでも裸をさらしたままでは……


 部屋は相当に荒らされており、荷物もベッドもぐちゃぐちゃだ。ミーヤはシーツを広げ、床に転がっているレナージュとイライザへ優しく乗せた。


 そこへ宿屋のおばちゃんがやってきた。手には桶を持っていて何やら焦っている様子だ。つまりこの惨状が何かを知っている!?


「おばちゃん、いったい何があったの?

 二人はなんでこんなことに……」


 泣き出すミーヤをおばちゃんはそっと抱きしめる。心なしかおばちゃんの体が震えているように感じる。


「いいかい、気をしっかり持つんだよ。

 この子たちは別に死んじゃいない、麻痺しているだけさ。

 昨日どれだけ飲んだのか知らないが、おそらく酔い醒ましを取りに来たんだろう。

 調理場へ勝手に入ったようなのさ」


「麻痺……? でもなんで裸で床に?

 治るの? 死なないの?」


「ああ、治るさ、今人を呼びに行かせてるから問題ない。

 なんで裸なのかは知らんが、酔い醒ましの実と間違えてしびれの実をかじっちまったんだ。

 しびれの実は肉を柔らかくする効果があるんだけど、加熱しないで口にすると麻痺しちまうのさ」


 そう言われてみてみると、二人の手元にはしょうがに似た植物の根のようなものが転がっていた。これとマールが飲ませてくれたウコンみたいなものと間違えた!? しびれて倒れているなんて相当の毒だからトリカブトに似た物かもしれない。


 とにかく早く何とかしなければ!


「まずは服を着せるんだよ。

 うちの部屋着でいいから早くしな!」


「え、ええ、わかったわよ。

 チカマも手伝って、こうやって下を通して――」


 理由はわからないままに部屋着を二人に着せたころ、宿屋のおじさんが人を連れて現れた。いったい誰だろう? お医者様?


「よし急ぐんだ! 頼んだよ!」


 おじさんともう一人がレナージュとイライザを抱えて表へ飛び出していく。状況が飲みこめず行き先もわからないままにそれを追いかけるミーヤとチカマ。


 なんと、目指していた場所は宿屋から一番近い献身の神柱だった。運んできた二人の手を神柱へ触れさせると、すぐに目を覚ましたのだった。


「あれ? なんでこんなところに?

 そう言えば酔い醒ましをかじったらしびれてきて……」


「何バカなことしてるのよ!

 まったくもう! 心配かけてさ!」


 ミーヤはたまらず泣き喚いた。大勢の人の目があるのはわかっているがそんなもの気にしていられないほど動揺し、同じくらい安堵していて気持ちの高ぶりが抑えきれないのだ。


「もうそんな勝手なことしたらダメなんだからね!

 ホント無事でよかったわ……」


 泣きじゃくるミーヤへ向かってレナージュはバツの悪そうな顔をしている。イライザも反省しているようで、その場に座ったまま小さくなっていた。


 それにしてもあの部屋の荒れようは何だったのか。一応二人の弁明でも聞いておこう。


「起きたら猛烈に頭が痛かったから、レナージュに水をくれって言ったのさ。

 そしたらコイツったら自分も痛いんだから勝手にしろって言いだして……」


「そうなのよ、それでジョッキを投げつけてきたから風で吹き飛ばしてやったわけ。

 それで…… ちょっと取っ組み合いになってね……」


「暴れていたら余計に頭痛がひどくなったから酔い醒ましを貰いに行ったんだけどなあ。

 どうやら間違えて違うもんかじったみたいだな」


「笑い事じゃないのよ!

 いい、二人とも? 旅先で同じようなことがあったら助からないかもしれないんだら!

 もう変なことはしないって誓って!」


「「はい…… 約束します…… ミーヤさま……」」


「よろしい!」


 こうして無事に麻痺から回復した二人は、宿へ戻ってからおばちゃんにこってりと絞られて、今晩は酒抜きと言われてしょげていた。でもいつまでも落ち込んでいたって仕方ない、無駄な時間を使ってしまった四人はマーケットを目指して宿を出た。


 もうすでに日が傾き始めているくらいだから、朝食がどうこうなんて時間ではない。お腹を満たすには自分たちで食べに行くしかないのだ。それなのに……


「なんでいつの間にかお酒を手にしてるわけ!?

 あなたたちの行動が信じられないわ!」


「いやこれはフルーツエールだからさ……

 ジュースみたいなもんだよ?」


 果実をくりぬいてから刻んだ実を戻した中にエールを注ぐマーケットの定番ドリンク、確かにおいしそうではある。頭に来たミーヤはもう二つ注文してチカマと共に味わうことにした。


「そうだチカマ、こうやって両手で球を握ったようにしてアイスアロー唱えられるか?」


 イライザが何かを企んでいる様子だ。アイスアローと言うことは氷を出させてエールへ放り込むつもりだろう。まあ魔術の修行にもなるから黙認してあげるけど! 別に私の器にも入れてほしいわけじゃないんだから! なんて思いながら眺めていると、チカマあわせた手のひらの間に氷の粒が現れた。


「そうそう、うまくできたな!

 そのままここへ落としてくれ」


「ちょっと、私にも頼むわ。

 魔術師がやっているのを見て羨ましかったのよね」


 イライザとレナージュの器に氷の粒がポトポトと落ちていく。きっとひんやりしておいしいんだろうなあ、と見ていると、チカマは自分の分より先にミーヤの器へ手を差し出した。


「ああ、ありがとうチカマ、でも自分のを先にしていいんだよ?

 私は最後でいいんだからさ」


「でもミーヤさまを先にしたいの。

 ダメかな?」


 はー、チカマったらなんていい子なの! 本当にかわいくてもう我慢できない!


「本当にチカマはいい子ねえ。

 どこぞの酔っ払いたちとは違っておかしなこともしないしね!」


 チカマの後ろでキンキンに冷えたエールをおいしそうに飲んでいた二人が肩をすくめた。それじゃお言葉に甘えてミーヤの器にも氷を入れてもらおう。


「じゃあ行くよ?

 ―― あ、できない、なんで?」


「そうか、マナ切れだな、なんってったってまだレベル1だもんなあ。

 二回唱えたらしばらくは使えないだろ」


 ミーヤは他人事のように笑っているイライザのお尻を思い切りはたいてやった。イライザはそれでも笑い続けている。チカマは落ち込んで下を向いてしまった。


「気にしないでいいのよ、チカマ。

 こういうのは気持ちだけでも嬉しいんだから。

 それよりも早くご飯を食べに行きましょうよ。

 あと飴玉も買いに行かないとね」


 その言葉で機嫌を直したチカマの手を取って、フードコートへ向かった。



「えー! あの武具屋閉めちゃうの?

 ジスコには他の店ないのに困るでしょ」


「まあここを拠点にしている奴らは困るだろうなあ。

 ますます冒険者が減って、治療院も暇になるかもしれん。

 問題なのは地方の村から魔獣討伐依頼があった時どうするかだろうねえ」


「そこは冒険者組合が考えることよ。

 あとはジスコを拠点としている冒険者のね。

 領主様だってもとは冒険者なんだからなにか考えるんじゃない?」


 ミーヤが武具屋へ移転の話をすると、レナージュとイライザはアレコレ心配しているようだ。だがしょせんは他人事、別に親身になっているというわけでもない。


 それはミーヤも同じで、カナイ村への影響は考えるけどそれ以上はどうでも良かった。武具屋の店主はトコストへ行くようなことを言っていた。なにかつてでもあるのか、それとも王都へ行けば何とかなるという考えなのかは気になる。


 七海は東京の下町生まれだが、なんだかんだ言っても地元民として苦労の少ない気楽な日々を過ごしていた。そんな視点で地方から出てきた人たちを大勢見てきたのだが、そういう人たちの暮らしは必ずしも豊かではなかったように感じる。


 見た目はキラキラでいい暮らしをしてそうに振舞っていても、実際は無理して四百円のラテを飲んで、休日には二千円のランチを食べていたりする。その全員が身の丈にあった生活をしていたわけではないはずだ。


 同じ会社にいた女性は、SNSへあげる写真を撮るためだけに流行の店へ行っているようなことを聞いたし、別の男性はモテたいがためにおしゃれなバーを調べたりジム通いをしていると話しているのを聞いた。


 あの武具屋のおじさんは王都でどんな生活を望むのだろうか。ミーヤにとってはジスコでも十分都会だし暮らしやすそうに見える。でもそこで暮らしている人や商売している人にも見えない苦労があるのだと、初めて気付いたように思えた。


「ミーヤさま、また考え事?

 考えることいっぱいあって大変そう」


「ううん、なんでもないのよ?

 それよりも寝台馬車はいつ取りに行くの?」


「あー、貸馬車屋が厩舎まで持ってきてくれることになってるよ。

 二十時だからまだまだ余裕さ」


「それまでは暇ってことか。

 なにかしなきゃいけないこと忘れてないかな?」


「いや、もう十分準備は整ってるはずさ。

 部屋を片付けた時にもう一度荷物は確認したしな」


「まったく、さきに自分たちの分をまとめておいてよかったわ。

ね、チカマ~」


「うん、良かった。

 ミーヤさま、賢いからね」


 なんでかわからないけどチカマはミーヤに対し真っ直ぐに褒め言葉を投げかけてくる。それはいつもくすぐったくて嬉しくて仕方ないものだった。

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