第16話 戦いの果て

 イライザと言う新たな仲間を加えた一行は、旅の行き先について意見を交わした。候補はいくつかあったが、距離や難易度を考えるとやはり当初の予定通り、ローメンデル山へ向かうと決まる。


 明日はミーヤがローメンデル卿に晩餐会へ招かれているため、出発は明後日、明日中に用意を済ませるため各自分担することとなった。


 翌朝目覚めるとベッドにはミーヤしかおらず、せっかくのツイン料金は無駄になったようだ。なにせレナージュはイライザと共に床に転がっていたのだから。


「ちょっとふたりともおおおおお! あたまがあああああ!」


 仕方のない大人たちだと起こそうと思い声を出した瞬間、ミーヤの頭を激しい痛みが襲う。これはまさか…… 


『完全に二日酔いだ…… やっぱり酔い醒まし持たせてもらえばよかった……』


 ああマール、なぜあなたはここにいないの? などと都合のいいことを考えながらコップを探すが見当たらない。仕方ないので口元へ両手を添えながら水の精霊晶を呼び出した。すると案外うまく口の中へ水が注がれたので、ミーヤは独りで得意げな顔をしてみた。


 しかし頭痛はそんな簡単に収まらない。昨日は話をしながら飲み続けていたので、どれくらい飲んだのかすら覚えていない。少なくともエールを三杯に果実の蒸留酒を一杯は飲んだはず……


 スマメを取り出して時刻を確認するとすでに十二時近い。早く起きて行動をはじめないと用意が間に合わなくなるし、ドレスを取りに行かないと晩餐会へも行かれない。


 とりあえずこれは…… 二度寝してしまおう。寝起きではとてもこの強敵には敵わない。半ばヤケクソで再び布団へもぐりこむのだった。



「こおっらあ、あんんたたちいい!

 早く起きておくれよ! 片づけができやしない!」


「そんなに大きい声出さないで…… 今起きますから……」


 どうやら二度寝している間に宿屋のおばちゃんが入ってきていた。宿屋とは言え、お金を出して借りている部屋なのに勝手に入ってくるとは、相変わらずこの世界にはプライバシー意識が足りない。


「もし今日も泊まるって言うなら寝かしといてやってもいいがね?

 うちは一泊の代金しか貰ってないんだよ?」


「そうなんですか? それはごめんなさい。

 でももう一泊はしますから二人はもう少し寝かせておいてください、床のままでいいので……

 代金はおいくらですか?」


「同じ部屋でいいなら、昨日と同じく水浴びと体拭きをつけて1000ゴードルだよ」


「じゃあそれを二人分お願いします。

 ということは2000ですか?」


「部屋代と一人分で1000、一人追加で250だから1250ゴードルだね。

 ほい、ここへ支払っておくれ」


 キャッシュレス決済は使ってみると便利すぎる。あれほど文明が発展していた世界にいたのに七海は使ったことが無く、この未発展の地へ来て初めて使ったことがなんだかおかしかった。


 イライザの分は、ジスコに住んでいると言っていたので不要だろうと勝手に判断してしまった。まあ必要ならまた追加で払えばいいだけのことだ。


 とりあえず飲んだくれは転がしておいて、ミーヤは裁縫屋へ向かうことにする。一階へ降りると、おばちゃんがコップに入った酔い醒ましを用意してくれていたのでありがたく頂戴する。


 これは柑橘系で効きの弱い方の酔い醒ましのようだ。それでも大分すっきりしたので、お昼過ぎと言う早起きを取り返すために小走りで宿屋を後にした。



 まずは裁縫屋でドレスを受け取る。ドレス自体もステキで気に入ったのだが、クリノリンがまた素晴らしい出来だった。後で細工屋へも行くし、良くお礼を言わなくちゃとしっかり覚えておく。


「店主さま、とっても素敵なドレスをありがとうございました。

 これならみっともない姿を晒さないで済みます」


「いいえ、とんでもございません。

 お目に叶う出来であったなら光栄の極みでございます。

 染直しはいつでもすぐにできますので、一度きりでなく難度でもご利用くださいませ」


「ありがとう、本当にお世話になりました」


 試着をしたあと普段着に着替えたミーヤは、急に軽くなったその身でちょこんと挨拶し裁縫屋を後にした。これほど凝った造りのドレスをたった一日で作ってしまうのだから、この世界のスキルと言うのはどうなっているのだろう。こんなことを考えていたら、考えすぎだとまたレナージュに笑われてしまうだろう。でも不思議なものは不思議なのだ。


 細工屋は西通りなので、先に旅用の買い物を済ませてしまおう。そう考えたミーヤは東通りから中通りへ向かった。目的地はフードコートである。


 昨晩は蒸し芋を食べていただけだし、朝食はもちろん食べていない。どうせマーケットへ保存食を買いに行くのだからほぼついでの道のりでもある。だから立ち寄るのは当然のことなのだ。


 誰に言い聞かせているのかはわからないが、ミーヤは心の中の誰かへ必死に言い訳をする。そのせいで注意力が散漫になっていたのだろう。足元に転がる何かに躓いてしまった。


 何に足を引っかけたのかと確認すると、そこには薄汚れたボロ布が転がっている。布の袋か何かに見えたそれはなんだかもぞもぞ動いているようにも見える。


 もしかして生き物!? 慌てたミーヤは急いで声をかけて安否を確認した。


「ねえ、聞こえる? 蹴飛ばしてごめんなさい、大丈夫?

 ちょととあなた! 聞こえてるかしら?」


「あ…… はい…… き、聞こえる……

 お腹が…… なにか……」


「お腹が空いてるの? まずはお水を飲みなさい?

 食べるのはそれからがいいわ」


 ミーヤは(宿屋から持ちだしてきた)コップへ水を注ぎ、倒れている人へ手渡した。受け取ったその人は水を一気に飲み干してむせてしまったので背中を叩き、さらにもう一杯飲むよう促した。


「ありがとう……

 大分…… 落ち着いてきた……

 でもお腹が空いて……」


「まってね、今パンと干し肉をあげるわ。

 飴玉もあるわよ」


 フードの奥からは曲がった角が覗いた。もしかして羊の獣人かなと思い少し嬉しくなったミーヤは、パンをかじっている間に干し肉を少しだけ炙ってから手渡した。


「ゆっくりね、落ち着いて良く噛んで食べるのよ?

 のどに詰まったら大変だから、はいお水もまだあるわよ」


 まさかこんなボロボロになった人を見るなんて、しかもよく見ると女の子のようだ。そしてその白目、というか黒目!? この子は羊の獣人ではなく魔人だった。しかしなんでこんなみすぼらしい格好でこんなところにいたのだろう。


「どうもありがと。

 それにこの飴玉、甘いもの久しぶりに食べたあ」


 どうやら水分をたくさん取ったおかげでのども開いてきたようだ。先ほどよりもハキハキと話すことが出来ている。どうやら命にかかわるようなことはない様子なのでミーヤはホッとした。


 しかしこれからどうすべきだろう。まずはやはりレナージュへ相談した方がいいだろう。そう考えてメッセージを送ろうとしてふと手を止めた。


 なんて説明したらいいんだろう。ミーヤはまだこの子のことを何も知らないのだから満足な説明はできないに決まってる。かといって放っておくという選択は無い。なぜならば、突然現れたミーヤにマールや村の人たちが手を差し伸べてくれたように、ミーヤもまた困っていそうな人へ手を差し伸べたかったのだ。


「あなたのこと聞かせてもらってもいいかしら?

 でもまずは場所を移して、もう少しまともな食事をとりましょうよ。

 私はミーヤ・ハーベス、これから野外食堂へ行くところだったの。

 時間あるなら付き合ってちょうだい」


「ハーベスさま、ボクどこへでもついていく。

 助けてもらった恩は忘れない……」


「そんなの気にしなくていいわ。

 私だって色々な人に助けられて今ここにいるんだもの。

 誰かに優しくすることは巡り巡って自分のためになるのよ。

 こういうの、情けは人のためならずって言うんだから覚えておきなさい」


 目の前の魔人は背丈が小さくやせ細っていることもあってミーヤよりも幼く見えた。だからついついお姉さんぶってしまったが、生後三か月程度のミーヤより年下はそういないだろう。それを思い出したからか、たった今発した偉そうな言葉が急に恥ずかしく感じるのだった。

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