第15話 助っ人のテスト

 二人であちこち周っているうちにすっかり夜になってしまった。そろそろもう一人の女性冒険者と待ち合わせの時間だろうか。


「レナージュ? もう一人の人とはどこで何時に待ち合わせなの?

 せっかくだから今日買った服に着替えたいんだけど」


「そうね、せっかく人と会うのに鎧姿は無いわよね。

 どうせ宿の酒場で待ち合わせだし、そろそろ戻りましょうか」


 酒場で待ち合わせと言うことは…… 酒を飲むと言うことだ! 洗練された味ではないかもしれないけど、きちんとアルコール分は感じるしおいしいとも思える。つまりはお酒の席は大歓迎と言うことだ。


 年齢は十五歳だがこの世界では未成年と言う概念はないようだし、いくら飲んでも自己責任で済まされる。ただ、酒耐性はどうも十五歳なりにしか持ち合わせていないらしく、カナイ村では強い酒にノックアウトされ翌日はひどい目にあった…… あの時の酔い醒ましを貰ってきておけばよかった。


 部屋へ戻ってから買ってきた上下に着替えた。自分で選んだ濃いカーキ色のノースリーブに黒のロングスカートは、地味だけど汚れが目立たなくて良さそうだ。


 レナージュは鮮やかなオレンジ色のワンピースを選んでくれたからそれを着るよう言ってきたが、酔っぱらっていきなり汚してしまうのが嫌だったので断ってしまった。


「まだ来てないみたいだから先に一杯だけ飲んじゃおうよ。

 おばちゃん! エール二つちょうだいな」


 ミーヤがまだ返事もしていないのにさっさと注文してしまう。先に飲んでて構わないのかとも思ったが、考えても仕方ない。あっという間に目の前へ運ばれてきたジョッキを前にしては何の抵抗もできず、あっさりと手を伸ばしてしまった。


「それじゃー私たちの出会いとこれからの旅に! かんぱーい!」


「かんぱーい!」


 乾杯は異世界でも共通文化らしい。エールは初めて飲むが、口にしてみるとさらっとしていて苦味の無いビールと言ったところか。確か製法はそう変わらず、何かが入っていないから苦くないと聞いたことがあるが、ビールに何が入っているのかなんて知らないので原料の違いは分からない。


 テーブルには木の実のような粒上の食べ物が出されたが、頼んだ様子がなかったのでお通しなのだろうか。一つ摘まんで食べてみると、カシューナッツのような油を含んだ柔らかめの感触だ。炒ってあるので香ばしくてなかなかイケる。


 だが、もう一つ摘まんで良く見たらどうやらこれは芋虫を炒ったものだった…… しかしこのくらい気にしていたらこの世界ではやっていけない。味だけを考えて見なかったふりをするのだ。


「あら? ミーヤは木彫り虫平気なんだ?

 見た目で嫌がる子も多いのにさすがね」


 なにがさすがなのかはさっぱりわからないが、見た目で嫌っても良かったのかとガックリしてしまった。レナージュはもちろん食べ慣れているようで、次々にボリボリ食べている。きっとその辺でたくさん取れるメジャーなおつまみなのだろう。


「おばちゃーん、今日のおススメをお願いね。

 あと蒸し芋もくださいなー」


 手慣れた様子で注文しているのを見ていると、居酒屋へも独りで入っていってしまうような図太さを感じる。七海は一人で飲み屋へ入ることができなかったのでもっぱら家のみをしていた。しかもウイスキーのボトルをレジへ出すのも恥ずかしく、通販を使っていたくらいだった。


「はいよ、今日のおススメは鹿の削ぎ切りだよ。

 あとこれは辛いソースだからつけ過ぎに気を付けるんだよ~」


 はああ、あんまり好みではないシカの肉が出てきたので少しがっかりだ。どうせなら鳥やウサギのほうが好みである。しかしレナージュは鹿の削ぎ切りなるものを摘んで、おいしそうに食べている。


 ミーヤも食わず嫌いは良くないと思い手を出してみるが、予想通りと言うか当然と言うか、肉が固いし下味もついていない。どうもこの世界の住人は薄味になれきってしまっているようだ。


 だが蒸し芋はほくほくしていてとてもおいしい。ヤギだか羊だかのバターは淡白でサワークリームのような口当たりだけど、これがまた芋にあう。添えられていたハーブのような草の味はまるっきりバジルだし、気に入ったミーヤは思わずもう一皿頼んでしまった。


 レナージュが二杯目のエールを半分飲んだころ、カウンターに大柄の女性が現れてエールを注文していた。一人で酒場へ入る女性は当たり前なのかもしれないと考えていると、その女性はこちらへ近づいてくる。


「おまたせレナージュ、久しぶりだね。

 こちらが噂の神人様かな?」


「ホント久しぶりね、イライザ!

 ジスコは久しぶりだけど、相変わらず物価が高くて嫌になっちゃう」


 離れたところから酒場のおばちゃんが「聞こえてるよ!」なんて言っているが、レナージュは見向きもせずに目の前の女性へ話しかけている。


「こちらはミーヤ・ハーベスよ。

 まだレベル1なのに私と変わらないくらい強いんだから。

 触り心地もいいし、あなたも絶対気に入ると思うわ」


「ちょっとまって!? 触り心地ってそんな!

 旅に出る話をするんじゃなかったの!?」


「あはは、もちろん冗談よ。

 こちらの女性はイライザ、頼れる神術師なの。

 棒術も大したものだから旅のいいパートナーになってくれるわ」


 紹介を受けたイライザは手元のジョッキをミーヤのジョッキへぶつけてきて挨拶をした。


「まだついていくって決めてないんだけどなあ。

 まあ神人様には初めて会ったから興味はあるよ、触り心地良さそうだしね」


「もう! 二人とも意地悪!

 むやみに触ったらひっかくんだからね!」


 もちろん冗談だが、気安く触ってほしくないのは事実だ。やっぱりこういうのは信頼関係のある相手じゃないと気持ちが悪い。新入社員の頃、外回りを始動してくれた男性社員の先輩が、良くできたなんて言いながら頭をポンポンしてきた時は本気で殴ろうと思ったくらいである。


「それで? あんたらの目的は?

 まずは話を聞かせて送れよ、面白そうならのるからさ」


 イライザにそう聞かれてミーヤから説明をはじめた。


「まずは単純に強くなりたいの、カナイ村へ貢献できるようにね

 それと呪文を集めたいのと自分の家も欲しいかな。

 あと忘れちゃいけないのは、知らないことを知ることよ」


「なるほどね、ごく当たり前で優等生的な話だな。

 それにしても家が欲しいなんて欲が深いな」


「そうね、それは初めて聞いたけど、家がいくらくらいするか知ってるの?

 一番小さい家でも五百万はするわよ?」


「えっ!? 建物だけで? そんなにするの!?

 じゃあそれは遠い将来の夢ってことにしておくわ。

 家よりも村を豊かにする方が優先だもの」


「ホントあの村のことが大好きで仕方ないのね。

 外から見ると、どちらかと言えば田舎の村の中では裕福なほうだと思うけどね」


「そうかなあ、だってキャラバンが次に来るまでの間に塩や砂糖が無くなってしまうんだよ?

 さすがに潤沢と言うわけにはいかないかもしれないけど、もう少し何とか出来たらいいなって。

 凄くお世話位なってるから、マールにはあまり苦労してほしくないのよ」


「神人様、いやミーヤは年齢の割に考え方が立派だな。

 アタシが十五の時なんて、親父の修行が辛くて毎日逃げ出していたよ」


「なんだかあなたらしいわね。

 それじゃ次に私の目的だけど、お金と強さ、それと女冒険者仲間を作ることよ!

 やっぱり冒険者と言えど、女性らしさを考えるっていいことだと思うのよね。

 男と一緒だと、どうもガサツになっていけないわ」


 こんな風に二人は目的を伝え、イライザを仲間へ引き入れようとした。するとイライザはあっけなく承知してくれたのだった。


「いや実はな、神人様が一緒って聞いた瞬間にはもう決めていたのさ。

 だってこんなの断ったら、もう一度話が来るとはかぎらないじゃない?

 もうその場で治療院に話を通して暇を貰って来たよ」


「なによー、それなのに試すようなことをするなんて意地が悪いわ」


「気を悪くしたならすまなかったよ。

 でも誰かが夢を語るところってステキじゃないか?

 アタシはそういうのが好物なのさ、酒の次にね」


 そう言いながらジョッキを一気に空にしたイライザは、おばちゃんへおかわりを頼んだ。

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