第14話 細工は流々

 夕方近くなってから細工屋へ到着した二人は、入り口の扉をくぐり中へ入る。店長と思しき人物が声を掛けてきたが、あまり愛想がよくない。


『なんか感じ悪くない?』


『機嫌が悪いのかしらね?』


「おい、聞こえておるぞ。

 今日はヘンテコな依頼があって頭を悩ませているんだ。

 おいてあるものが気に入らねえなら帰ってくれ」


「まだなにも言っていないのに随分なこと言うじゃないの。

 せっかくいい話を持って来たって言うのにさ」


「いい話だろうがなんだろうが、忙しくて手が付けられねえんだ。

 こちとら今は金よりも時間が欲しいってんだよ」


 店主はレナージュの言葉に耳を傾けるどころか、そのとっかかりさえ掴ませようとしない。いったい何があったのだろうか。不思議に思ったミーヤはなるべく丁寧に声をかけた。


「あの? ご店主さま? いったい何があったのですか?

 こちらは急いでいるわけではないので、話だけでも聞いてくださると嬉しいのですが……

 それともよほど難解な依頼でも受けてしまったのですか?」


「いやあ、俺の腕をもってすれば難しいってわけじゃないけどな。

 材料をどうしようかと悩んでいるところさ。

 いったい何でこんなおかしなもんを作ろうって言うのかねえ」


 店主がカウンターの上に一枚の羊皮紙を広げ見せてくれた。そこに書いてあるデザイン画を見た二人は驚きを隠せなかった。


「あんた、もしかしてこれをどう作ろうかって悩んでいたわけ?

 なるほど、これは難解な依頼に違いないね」


「ちょっとレナージュ、それはどちらにとっても失礼じゃない?

 それにたった今ご店主は、作ること自体は簡単って言ってたじゃないの」


「いや、簡単とまでは言ってねえが……

 まあ難しくはねえさ。

 なんと言っても俺はジスコで一番の細工屋だかんな」


 ジスコで一件の、の間違いかなと思ったが一応黙っておく。


「そのジスコ一番の細工屋が困ってしまうのはどういう理由ですか?

 見たことの無いものだからでしょうか?」


「いやね、この絵の通り作るとなると、重さが相当になっちまうのさ。

 形が崩れねえようにとのことだと、どうしても金属になっちまうからなあ。

 明日までなんて急ぎじゃなけりゃ薄板を作ってからって手もあるんだけどよ」


「たとえばですけど、金属糸の太いものでは作れませんか?

 もしくはしなやかな木とか繊維でもいいですし、形も鳥かご型でなくても構いませんよ?」


「なるほどねえ、針金で編むって手もあるか。

 もしくは樹脂で固めた麻でもできるかもしれん。

 つーかお嬢ちゃん? なんであんたがそんな細かく口出してくんだあ?

 これが何かわーってるのかよ」


「裁縫屋さんからの依頼ですよね?

 それを注文したのは私ですから詳しくて当然なんですよ」


 そういってミーヤは精いっぱいの笑顔を振りまいた。


「なんだと! そうするとおまえさんが神人様かい!?

 それを先に言ってくれよ、失礼しちまいましたな、へへ。

 今日はその様子を見に来たってわけですか?」


「いいえ、作ってほしいものがあってご相談に伺ったんです。

 でもお忙しそうなので改めて伺おうかしら……?」


「とんでもねえ! 今すぐ承りますぜ。

 さ、こちらへおかけくださいな」


 店主の態度がガラッと変わり、それがまたミーヤの心を痛める原因になるのだが、好意でしてくれていることなのでありがたいと思わない方が失礼だろう。半ばあきらめ顔で案内された椅子へ腰かけた。


「それで今日はどんな御用ですか?

 なにかオーダーのようにおっしゃってましたが何を作りましょう」


「粘土板お借りするわよ?

 こんな感じで二重にするとうまくいくと思うのだけど――」


 レナージュが絵を描きながら説明していくが店主はピンと来ないようだ。これでは仕方がない、用途について説明するしかないと合図を送ると、レナージュは諦めた表情で説明を始めた。


「つまりなんですかい? 水を温めて湯にすると?

 もう一つは風を温める? 何のためにそんなことするんですかねえ。

 アタシにはさっぱりわかりません」


 ミーヤ以上に物わかりが悪くてイライラしているのだろう。レナージュはいきなり水を出して床へぶちまけた。慌てた様子で何か拭くものをと言ってる店主を制止してから、炎を呼び出してから風を送り始める。すると当然床はみるみるうちに乾いていったのだった。


「はあ、これは床を乾かす道具ってわけですね。

 なんでわざわざそんなことするのかわかりませんが、使い方はわかりました。

 もう一つの湯を沸かすのは、鍋を火にかけるんじゃダメなんですかねえ?」


「横か上から水を入れて、下に少しずつ降ってくるようにしたいのよ。

 温かい雨が降ってくるって思ってもらえたらいいかな」


「まったく神人様は不思議な事ばかりおっしゃいますねえ。

 アタシの理解を超えちまってますが、これでもジスコで一番の細工屋ですからね!

 何とかやってみましょう。

 そういやあの鳥かごですがね? いい材料を思いついたんで期待していてくださいな」


「ところでいつ頃出来上がるかしら?どちらも二つずつ欲しいのだけど?

 あと、これは他の人へは売らないでもらえるかしら。

 もちろん話をするのもダメよ?」


「はあ、こんな小難しいもん、欲しがる奴がいるとは思えませんが……

 神人様がそうおっしゃるならお約束します」


 理解してからはさすが細工師ということで、綺麗に清書してもらえたが正直不安は残る。一度でうまくできないくらいは覚悟しておいた方が良さそうだ。それでも手に炎を出しながらよりは随分ましなはず。


 ようやく話が終わり解放された、とホッとしながらも、再び甘いものが食べたくなるほど頭が疲れていた。


「ねえレナージュ?

 私なんだかまた甘いものが食べたくなってきたわ」


「偶然ね、私も同じ気持ちよ。

 まったくへんなところで気があうわね。

 換金所へ寄ってからまた行きましょうか」


 そう言って二人は再び中通りへ向かった。そんな中、レナージュが換金所へ寄っている間にミーヤへメッセージが届いた。確認してみるとローメンデル卿からである。


『ドレスのご注文はお済ですか?

 ご都合よろしければ明日の晩二十時にお越しください。

 ささやかではありますが、お食事の席を設けさせていただきます』


 謹んでお受けするとメッセージを返したが、こんな偉そうな方とのやり取りもメッセージで済ますのかと少し驚いてしまった。何となく、蝋封された封筒でも届くようなイメージを持っていたのだ。


 まあでも紙が存在しないみたいだし、メッセージは便利だからそうなるよね、なんて思いつつも、その便利なものをきちんと使えていなかった自分の失態を思い出してしまい恥ずかしくなる。


 頭と気を使いすぎてますます甘いものが食べたくなるミーヤだった。

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