第12話 野外食堂

 だが感謝をしてもお腹は膨らまない。マナの大量消費を繰り返したミーヤは、なりつづけるお腹をさすりながら、レナージュへ食べ物をねだった。


「もう、仕方ないわね。

 それじゃ野外食堂へ行きましょうか。

 珍しい食べ物や甘いものもあるわよ?」


「いいわね! マーケットかしら?

 さあ早く行きましょうよ、お腹がぺこぺこだわ。

 それじゃモーチア、クリオルソンまたね! ありがとう」


 二人は冒険者組合を出て野外食堂へ向かった。そう言えば先ほどから道中で気になっていたが、さすがに都会なだけあって人が多い。もちろんその中には獣人も混ざっているし、初めて見る魔人にトカゲのような鱗を持つ有鱗人の姿もあった。


「魔人って言うのはあそこにいるような角の生えている人よね?

 目の色に特徴があってステキね。

 有鱗人は…… 私苦手なタイプだわ」


「あんまりじろじろ見ているとケンカになったり誘われたりするわよ?

 有鱗人は好戦的な人が多いから私も苦手ね。

 魔人の知り合いはいないからあまり知らないけど、白目がないからか私は怖く見えるかなあ」


「獣人はほとんどが狼と豹みたい。

 私はやっぱり珍しい部類なのかあ。

 豊穣の女神さまもキツネだったのにな」


「豊穣の神様って獣人なの!? それは初耳だわ!

 ミーヤはことあるごとに驚いてるけど、どちらかと言うと私の方が驚かされてるわよ。

 まったくミーヤったらどこかずれているんだからかわいいわねー」


 そう言われても仕方ないが、なんとなく転生前のことは話す気になれなかった。特に実年齢が二十九歳だったことは絶対に知られたくない!


 途中ですれ違った狼の獣人に口笛を吹かれたが、プイッと横を向いて相手にせず歩き続けると街の中央にあるというマーケットへと到着した。


「マーケットの向こう側に野外食堂があるのよ?

 私は麺類が好きで、ジスコに来たら必ず食べているわ!」


 麺類があるなんて思ってもいなかったが、麦が主食なのでうどんくらいはあってもおかしくない。ただ、塩や魚が希少なので味付けには期待できなそうである。


「さあついたわよ、周りに店が並んでいるから、好きなのを買ってきて好きな席で食べていいのよ。

 昼間はすいてるからどこでも座り放題ね。

 あとで甘いものも食べましょうよ」


「いいわね! じゃあ見に行ってくる。

 どんなのがあるのか楽しみだわ」


 そこはまるでアレだ、フードコート! 子供の頃、両親に連れられて大型スーパーへ買い物へ行くと、必ず立ち寄っていたっけ。さすがにハンバーガーやフレンチフライはなさそうだけど、麺があるくらいだからなにか変ったものがあるかもしれない。


 そう考えていたミーヤの目に、想像もしていない文字が飛び込んできた。


『羊の味噌漬け焼き 800ゴードル』


 一食で馬の買い取り金額のほぼ四分の一という価格設定にももちろん驚いたが、メニューに書いてあるのはまさか…… 異世界にも味噌があるの!? もういてもたってもいられず、その看板まで一直線だ。注文を聞いてから焼いてくれるらしく、香ばしい香りが漂ってきてお腹を刺激してくる。


 味噌田楽のような少し焦げた深い香りが懐かしい。確かにこれは味噌の香りだ。米があるようなことは書いていないので主食はパンだろうか? もしかして麦粥かもしれない。そんなことを考えているうちに出来上がったようだ。


 木のトレイに乗せられていたのは、荒く砕かれた大豆の粒が残った田舎味噌風なものが乗っているポークソテーと言う感じのものだった。香りは確かに味噌だったが、見てみると想像とは大分異なっていた。


 しかしそんなことはどうでも良く、早く味わってみたくて仕方がない。主食はどうやら芋らしく、大振りのふかし芋が二つもついてきたので、芋好き女子の空腹感をより一層あおって来るのだった。


 どうやらレナージュも決めてきたようなので、二人並んで席へ座った。懐かしい香りが漂ってきたのでその正体を確認しようと隣を覗き込むと、レナージュの運んでいたトレイには、なんと! ラーメンが乗っていた。


 厳密には刀削麺のような太くて短い面だったが、香りは確かに鶏がらスープのそれであり、透明に近いスープの中には麺と茹でた野菜、それに鳥肉っぽいチャーシューが浮かんでいる。


「なにそれ!? まさかラーメンがあるなんて!」


「ミーヤもラーメン知ってるんだね。

 これがツルツルしてておいしいのよ~」


 確かにおいしそうだ。ミーヤもラーメンにすれば良かったが、味噌と言う単語の力には勝てない。ラーメンはまた次回にすることにして味噌焼きを食べ始めた。


 味噌は塩気が少なくて色の薄いものだったが、それでも十分味噌の風味が感じられて懐かしい味がした。そしてここでもまた、塩の大量生産ができないかを考えてしまうミーヤだった。


 久しぶりに食べた味噌の味に大満足したミーヤは、次に甘いものを探しに席を立った。フードコートベテランのレナージュはすでに決めていたようで、一直線に店を目指している。


 いくつか並んだ店の中にクリームを使ったデザートがあるのを見つけたミーヤは、刻んだフルーツが練り込まれたクレープのようなものに決めた。レナージュはパンケーキに白あんが乗ったものを持っていた。


「レナージュのはなに? 上に乗っているのは甘いのかしら」


「これはパンケーキっていうのよ。

 のっているのは練り豆よ」


「なるほどね、おいしそうなものが沢山あるから嬉しくなっちゃう、高いけど……

 ああ、マールにも食べさせてあげたいなあ」


「カナイ村でも豆や綿花を作ればいいのにね。

 王都の大農場で沢山作ってるから難しいものではないじゃないかしら。

 それに牧羊しているのにバターやクリームがないなんて不思議よ」


「村には料理ができる人って三人しかいないのよ。

 だから凝ったものは難しいんじゃないかなあ。

 そもそも存在を知らない可能性もあるわね」


「メッセージで教えてあげたら?

 私は作り方知らないけどね!」


そうか、バターもクリームも存在を知っていたって、作り方がわからなければどうしようもない。誰かに教えてもらおうか…… でも誰に?


 まあ考えるのは後にして今はこの味を楽しむことにしよう。ミーヤはクリームたっぷりのクレープへかじりついた。すると……


「ミーヤ!? なにしてるの!?

 それはクリームを掬って食べるものよ?

 包んであるのは木の皮だから食べられないんだってば!」


「どうりで歯ごたえが良過ぎると思ったわ……

 食べる前に教えてくれたら良かったのにー」


 ミーヤは木の皮を吐きだした後、思わず照れ隠しをするためにレナージュへ向かって甘えるように強く寄りかかった。そのとき怒ったような態度を取ったにも関わらず、レナージュは優しい声で「ごめんね」と言いながらほっぺたをくっつけてくるのだった。


 甘いものも食べて満足した二人は西通りへ出てから献身の神柱へ向かい、移動先登録を済ませてから楽器屋へ立ち寄った。ミーヤはそこで、かわいいと言う理由だけでオカリナを買い、さらには弦楽器のほうがしゃべりながら演奏できると言われ、手のひらサイズのリュートも買ってしまった。相変わらず財布のひもが緩く、売り手にとってはちょろい消費者である。


「これで演奏スキルを上げることができるらしいから修行も頑張るわ!

 だって二人でご飯と甘味を食べたら、もう馬一頭分なんですもの……」


「確かにジスコは物価が高いんだよねえ。

 だから一緒にいたやつらみたいな貧乏くさい冒険者をあまり見かけないでしょ?

 ああいう連中は街はずれで野営するのよ。

 だから一緒に旅はしたくないってわけ」


「無駄遣いしないのはいいことじゃない?

 まあ適度に、とは思うけどさ」


「あいつらはさ、ジュクシンに隣接してるキブカの町で遊ぶために節約してるのよ。

 今回は思いのほか高収入だったから大急ぎで帰っていったよ。

 まったく助平なやつらだねえ」


「キブカって繁華街だけの町って言ってたっけ?

 それじゃいわゆる女の子と遊ぶところとかそういう……?」


「子供なのにそんなこと知ってるんだね。

 注意しないと誘拐されて売り飛ばされちゃうからね。

 あのエルフたちみたいにさ」


 あ! そう言えば移住の件はどうなったんだろう。すっかり忘れてしまっていた!


 忘れていたついでに、ここ最近お財布ページしか見ていなかったスマメを慌てて確認すると、メッセージが来ていることを知らせるマークがしっかりと表示されており、ミーヤは頭を抱えたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る