第11話 冒険者の常識!?
『本当にこれであってるのかしら?
どう見ても安物の使い捨てボールペンなんだけど……』
ぶつぶつ言いながら冒険者組合へ戻ってきたミーヤは、不安そうな顔でカウンターの前までやってきた。手には羊皮紙の束と、術式ペンと言われて買ってきた六本入りのボールペンが握られている。
「ねえモーチア、ペンはこれであってるの?
そこそこ高かったんだけど、なんだかとっても安物に見えるわ」
「はい、これで間違いありません。
初めての転写と言うことですけど、早速やってみますか?
まずは術書から行きましょう」
モーチアの指導の下、まずは神術の樹種書を作成する。材料は羊皮紙五枚と元となる術書、それに術式ペンである。
「右利きですか? それなら左手をのこ術書へ乗せてください。
次に羊皮紙五枚の上に術式ペンを置いて、その上に手を乗せます。
そして術書を作成することを思い浮かべてからペンを握ると勝手に始まりますよ!」
ミーヤはうなずいてからモーチアの言う通りにやってみる。すると両手がうっすらと光りはじめ、右手の下には何も書いていない本が表れた。そのままペンを持つと手が勝手に動きだし、見本となる神術の術書と全く同じ物が描かれていく。こうして表紙だけ描いてある神術書が出来上がった。
「えっ!? これ私が描いたの!?
信じられないんだけど、何が起きたって言うの!?」
「そんなに不思議ですか? ただスキルを使っただけですよね?
スキルというのは九神から授けられた特別な能力です。
その力をお借りしてことをなすのですから、何が起こっても不思議ではありません」
「ミーヤ? モーチアの言う通りこんなの常識よ?
そんなこと言ってたら精霊晶を使うのなんてどう説明がつくのよ。
いちいち考えていても答えは出ないし、冒険者ならそんなもんかって軽く流さないとね。
戦場で考え事していたら大けがするわよ?」
「そっかあ、そんなもん、ね。
わかったわ! 私もあんまり気にしないようにする!」
ミーヤにとっては未知の出来事でも、この世界では当たり前のことはたくさんある。もちろん逆もあるだろう。よくよく考えると、なぜTVが映るのか、飛行機が何で飛べるのかなんて知らない。でもそれが当たり前のこととして受け入れてきた。きっとそれと同じことだ。
この世界には異世界の常識と言うものがある。だからこそ、七海の体験や知識を元にした考えに囚われてしまうのはいいことではない。レナージュの言う通り、場面によっては危険に陥ることがあるかもしれない。
もしかしてミーヤとなってあまり深く考えないようになったのも、この世界で生き抜くために必要ということで、本能に刷り込まれているのかもしれないと考え始めていた。
冒険者組合のカウンターで、仕事そっちのけのモーチアを独占しての転写作業はまだ続いている。次は呪文を転写して、作ったばかりで表紙しかない術書へ呪文を取り込ませることになった。
「手順はさっきと変わりません。
術書のページを開いて手を乗せて転写です」
「わかったわ、試してみる!」
ミーヤは元気よく返事をしてから術書と白紙の巻物に手を乗せた。すると先ほど同様手がうっすらと光り、瞬く間にページの書き写しが現れた。その瞬間……
「あああああ!!! 申し訳ございません!
今の方法では呪文ではなくページの書き写しになってしまいましたああ!!
本当に申し訳ございません!!」
ミーヤもレナージュも訳が分からずポカンとしていると、モーチアがきちんと説明を始めた。手を乗せてからペンを使うと複写、呪文の巻物を作成する場合は最初からペンを持って行う転写、これを使い分ける必要があるのだった。
「ということは…… この呪文の巻物に見えるものは……」
「はい…… ただの呪文を記した落書き…… と言うことになります……
大変申し訳ございません!!」
「大丈夫だよ、気にしないで続きをがんばるわ」
たかが白紙の巻物一枚くらいで大騒ぎする必要はない。なんといっても今のミーヤは大金持ちなのだ。そんな事情を知らないモーチアは、一枚分損させてしまったと気にしているのだろう。だからと言ってお金はたくさん持ってるから気にしないでとは言えない。
とにかく、これ以上羊皮紙を無駄にしてモーチアに精神的ダメージを与えるのは良くない、と考えたミーヤは集中しなおして呪文の巻物を作っていった。
「はあ、マナが切れたみたい。
手がまったく動かなくなったわ」
「でもすごいです!
こんな一気に書き上げるなんて、熟練の書術師でないとできませんよ!
これでまだレベル1だなんて…… さすが神人様ですね!」
モーチアは大興奮しているが、これは自分の力ではなくたまたま貰っただけの力だ。それを考えると素直に喜ぶことはできなかった。
「でもわずかだけど書術のスキルが上がったのはとても嬉しいわね。
ありがとう、モーチア」
「とんでもございません! お役に立てて光栄です!
次はアレを使いましょう!」
モーチアが先ほどからアレと言っているのは、冒険者組合もう一人の従業員? クリオルソンという男性のことだった。なぜかはわからないが、モーチアは彼をぞんざいに扱っている。嫌っているのとは少し違うようで仲が悪いようには見えない。その証拠に、モーチアが声をかけると仕事の手を止めてすぐにカウンターへやってきた。
「ご機嫌麗しゅう、神人様、お初にお目にかかります。
私はクリオルソンと申します」
事務員と言うよりは冒険者にでも見える武骨な男性が、やけにバカ丁寧なあいさつをしてくれたことに焦ってしまい、ミーヤも思わず丁寧さを心掛けた返事をした。
「ご挨拶ありがとう、こちらこそよろしく、クリオルソン。
私はミーヤ・ハーベス、みんなにはミーヤって呼んで貰ってるわ。
それでは術書をお借りするわね」
ミーヤは組合のロビーをうろうろしながらマナを回復させ、今度は魔術の術書と呪文を書き写した。
「これを挟んでいけば術書のページになるの?
大きさ全然違うけど大丈夫なのかしら?」
「ホントにミーヤは神経質だねえ。
大丈夫、問題ないってば」
レナージュにまた笑い飛ばされてしまった。でも羊皮紙のサイズが大体A4くらいなのに、出来上がった術書はA6くらいのポケットサイズだ。呪文の巻物は羊皮紙のままだから術書の四倍ほどあることになる。それを挟むだけで術書の一ページになるのは不思議でたまらない。
「そうね、神経質と言うか、神を信頼しきれていないと言うか……
だってあの人って、なんだか信用できない雰囲気でいっぱいだったんだもの」
「えっ!? あの人って……? まさか神様のこと?」
「えっ? もちろんそうよ? 豊穣の女神さまね。
私がこの世界に生まれる前に長々とお話したのよ?」
「すごいです! まさか神様と直接対話したことがあるなんて!
私もう平常心ではいられません!」
レナージュもモーチアも随分と驚いている。クリオルソンは黙っているが、目を丸くして固まっているようなので驚いているのかもしれない。
「そっか、神様とお話するのは珍しいことだったのね。
また一つ勉強になったわ。」
「いやいや、ミーヤ? ちょっとおかしいよ。
術式ペンが勝手に描くことは不思議なのに、神様と話すことはなんでもないってさ……
普通逆じゃない?」
「そうなのかな? 全然気にならないけど?
むしろあの人がみんなに尊敬されているのが不思議なくらいよ。
でもすっごい美人だったけどね」
「ひどい言い方、侮辱罪で捕まっちゃうわよ?
でもいいなあ、私もお会いしてみたい。
でも神人のミーヤが友達なんだから、神様とも友達みたいなものね」
「だから…… 私は神様じゃないの。
豊穣の女神の気紛れから産まれただけの獣人よ」
ここでもまた新しい出会いがあった。自分が特別な存在になりたいと思ったことは無かったが、神人として生きる今のミーヤは、その特別な立場のおかげで誰にでも気にかけてもらえることが嬉しく、悪口を言いつつも豊穣の女神には感謝しているのだった。
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