第5話 ジャッキー・ゾリッパー

「……」


僕は何も言う事が出来なかった。だけど、これだけは出来る。


「坊や……」


「何があったか教えてくれますか?」


今にも泣きそうな小さい子供を優しく包み込むように僕はエルザさんを抱きしめる事なら出来る。何も言えないけど、聞いてあげる事は出来る。


「お客の1人に身なりが小綺麗でハンサムなお客さんが居たの。その人は優しくて親身に私の話を聴いてくれた。両親が早くに亡くした事、年の離れた弟や妹が居たことをあの人は聞いてくれたの。あの人は何回も私を指名してくれて話していくうちにお客じゃなくて、1人の人間、1人の男として私は惹かれたの。」


「……」


「それから、私はあの人と個人的に会うようになって何回も身体を重ね合わせて夜を一緒に過ごした。その度にあの人は『僕は必ず君を幸せにする。もちろん、君の弟や妹と一緒にね。』って……私は嬉しかった。私だけじゃなくて、私の大事な家族と一緒に幸せにしてくれるって……」


「……」


「ある日、私のお腹の中に彼との子供を授かったのを分かって、私は彼に言ったの。きっと彼は喜んでくれる。お互いに好きな人との子供が出来るのは、この上ない幸せの事。だけど、彼はその事を告げると顔色が変わった……」


「……」


「彼は激昂して私に手を挙げて私のお腹を蹴り上げて暴力を振るった。『俺はそんなつもりで、お前を好きになったんじゃない。お前と相性が良かったから遊んだだけだ。』って……」


「……」


「私は結局、遊ばれただけだった。彼は甘い雰囲気に身を任せて口から出まかせで私に薄っぺらい愛の言葉を囁いたに過ぎなかった。それから私は彼との授かったお腹の子供を堕ろしたの。子供には罪はないって分かっていても……」


「……」


「あんな男の子供を愛せる自信がなかったの……バカだよね……私、あんな言葉に騙されて、遊ばれて、結局は捨てられてるんだもん……」


僕は普段は怒ったりしない。武術を嗜むものは常に自分の感情をコントロールしている理性が備わっている。心穏やかに平常心。人を馬鹿にはせずユーモアのある笑い。人に敬意を払いリスペクトする姿勢。それが武術を嗜む者の精神論だ。


だけど今は違う。


あんなに思いやりがあって優しくて、自分を犠牲にしてまで家族を守ろうとする人を平気で傷付ける奴に僕は怒りを覚えた。


こんな腐れ外道が僕は許せない。


「きっと私がジャッキー・ゾリッパーに命を狙われるのはバチなのよ。」


「違います。」


「罪もない自分の子供を殺したのよ。」


「違いますよ。」


「あの子が死んで私は平然と生きてるからバチが当たったのよ。」


「違います。」


「ジャッキー・ゾリッパーは私が殺した子供の恨みが形に……」


「だから違う!」


「え…?」


僕は思わず声を大きく荒げて出してしまう。自分がやってはいけない事をしてしまった過ちに気付いて自分を追い込んで追い詰めて、今にも押し潰されそうな人にこれ以上、何を責め立てようと言うのか?


こんなに苦しんでいる人に、これ以上の罰を苦しみを与えようと言うなら僕はそいつを許さない。

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