01 転生したら、ナロウの町だった件




『次の停車駅はナロウの街、ナロウの街です。お降りになる方は……』

「……っん、ここは」


 車掌のアナウンスで男はふと目を覚ました。

 どうやら路面電車に揺られているらしい。車内を見ると、青いビードロが張った腰かけはまるでがら空きで、窓の外には石灰岩作りの無機質な街並みが見えた。


「どこだ、ここは……」


 男はそのまま停車駅で降りた。どうやら市場が近くにあるらしく、人々の喧噪が聞こえてくる。


「来たか。待っていたぞ、〈24601〉」

「えっ?」


 振り向くと、そこには白い髭を生やした老人が立っていた。


「あなたは……」

「私は〈ツァラトゥストラ〉だ。〈24601〉よ、今から貴様にかく語る。耳穴かっぽじってよく聞くがいい」

「はあ……」


「ここはかつて〈五色の牛〉という名の街だった。次第に物書きや作家志望が集うようになり、いつからか〈ナロウの街〉と呼ばれるようになった。初めはそれでうまく回っていたのかもしれない。が、しかし――いっさいの価値は作られてしまった。今は魑魅魍魎が跋扈する魔界と化した。見よ、あの高い塔を!」


 〈24601〉と呼ばれた男は、〈ツァラトゥストラ〉が指さす方向を見た。

 街の中心には白亜の塔がそびえていた。壁面は象牙のように滑らかで、雲を貫き、どこまで延びているのかもわからない無機質な巨大建造物だ。


「あ、あれはなんですか?」

「物語だ。物語の慣れの果てだ。かつて兵どもが見た、夢の跡だ。今、あの塔の中に創作者は一人もいない。誰一人としてだ」

「ど、どうしてです?」

「膨大な数の物語が書き捨てられ、そしてもはや誰も読まなくなった。今や、真に読者と呼べる者もいなくなって等しい。ここには無意味な構造テンプレートだけがある」

「い、言っている意味が……」


 〈ツァラトゥストラ〉はそう語ったが、〈24601〉にはよく理解できなかった。


「お前は、〈創作者ライター〉だ。この街のことが知りたいか?」

「は、はい……」

「ならば、ステータス・オープンと言え……」

「す、ステータス・オープン……」

「もっと強く」

「ステータス・オープン!」

「もっとお腹に力を込めて」

「ステータス・オープンッ!!」

「足を開き、手を前にかざして」

「ステータス・オープーンッ!!」


 言われた通りにすると、〈ツァラトゥストラ〉はなぜか笑った。


「満足だ」

「えっ?」


 《ステータスを開きます》 シュウィン!

 頭の中に声が聞こえるとともに、目の前にボードが表示された。



― ― ―

【ユーザー情報】

ユーザーID:24601

ユーザー名:小説なろう(初期設定)

年齢:20

フレンド数:0

作品数:0

総ブックマーク数:0

所持しているナロウ・ポイント:1000

所持品:なし


【クリエーター・ステータス】

文章力 E

発想力 E

構成力 E

知識 E

成長 C

=総合創作力 E


得意ジャンル:?

受賞歴:なし

獲得したトロフィー:なし


【ユニーク・スキル】

〈黄金の理解力〉 一定のタイミングで常人ならざる理解力や推理力を発揮する。

― ― ―



 ピロリン! それを見ている内、〈24601〉の脳裏にすべての内容が浮かんだ。



「そうか。この世界は物書きたちが集まる修羅の世界なんだ。俺は死んだ後にこのゲームのような異世界に転生したんだ。そして、〈創作者ライター〉の一人として作品を作って、あの〈ランキングの塔〉の遥かな高みを目指さないといけないんだっ! ……って、なんなんだ、この誰に向けるでもない分かりやすい説明口調は!」



「そうだ。どうやら、ユニーク・スキルが発動したようだな」

「こ、これが……【黄金の理解力】か!」


 画風が急にリアル寄りに変わり、ゴゴゴゴッという謎の擬音がどこから聞こえてきたような気がしたが、おそらく気のせいだろう。


「ここが、ナロウの、街……」


 〈24601〉は街中にそびえる白亜の塔を見上げた。おそらく、ゴールは、あの塔の頂上なのだ。


「これだけは忘れるな。……すべての書かれたものの中で、私が愛するのは、血で書かれたものだけだ。血をもって書け。そうすればお前は血が精神だということを経験するだろう。

 他人の血を理解するのは容易にはできない。読書する暇つぶし屋を、私は憎む。

 読者がどんなものかを知れば、誰も読者のためにはもはや何もしなくなるだろう。もう一世紀もこんな読者が続いていれば――精神そのものが腐り出すだろう。

 誰もが読むことを学びうるという事態は、長い目で見れば、書くことばかりか、考えることをも害するのだ。

 かつては精神は神であった。やがてそれは人間となった。今は賤民せんみんにまでなり下がった。

 血をもって箴言を書く者は、読まれることを求めない。暗唱されることを望む。

 山の中で最も近い道は、山頂から山頂に飛ぶ道である。しかし、そのためには、お前は長い脚を持たなければならない。箴言は山頂だ。箴言から……」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


「…………。……なんだ?」

「何一つ、言っている意味がわからないのですが」

「案ずるな。いずれわかる」


 〈ツァラトゥストラ〉はそう語った。


「え、ええ……」

「お前がそれを望むのならば、〈ランキングの塔〉を上がるのだ。仲間を集めて、新たな価値を創造せよ」


 そう言い残して、老人はふっと姿を消した。


「ちょ、ちょっと……〈ツァラトゥストラ〉さん! 〈ツァラトゥストラ〉さーんっ!!」

「心配しなくていいよ。ちょっと〈転生〉しただけだからさ」


 その声で振り返ると、通りすがりのNPCの〈住民〉が立っていた。


「まあ、彼が言うところの永劫回帰ってやつになるのかな? 知らないけどさ」

「永劫回帰ってなんですか?」

「はっ? だから知らないっつってんだろクソが! 俺は哲学者じゃねーんだよ、このビチクソ野郎が! 死ね!」

「えっ、ええ……」


 〈住人〉に急にキレられ、〈24601〉は戸惑った。


「ああ、そうだ。新人ルーキー、お前、来たばかりだからわかんねーだろうけど、さっさと〈ブクマ〉集めないと死ぬぜ?」

「はい?」

「もうすぐ夕暮れだ。〈ブクマ〉がすべてだよ、この街は」

「あの、〈ブクマ〉って……」

「うるせーよ! ググレ・カス(古代語)! アドバイスに質問で返すんじゃねぇ! 俺はなぁ、暇じゃねーんだよ! お前みたいなどこにでもいるワナビの一人に構ってられねぇんだ! 大体、この街の作品は多過ぎる! ゴミクズのせいで名作が見つかんねーんだよ! せっかく見つけた名作も完結しないで放置されてるものばっかだしな! このクソ野郎!」

「痛い! ちょ、ちょっと……」


 通りすがりの〈住民〉は〈24601〉の胸倉を掴んで、ビビビビと激しくビンタした。


「いいか、おい! 〈24601〉! てめぇもゴミクズ書いたら承知しねぇからな! まあ、コメントも〈ブクマ〉も貰えずに早々に退場するのがオチさ!」

「えっ、ええ……」

「けっ、手間取らせやがって……」


 〈住人〉はペッと唾を吐き捨てると、肩を怒らせて立ち去った。


「一体、なんなんだ、この街は……」


 〈24601〉はジンジンと痛む頬を抑えながら、深いため息を吐いた。





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