(4)繋がる歴史

「ようこそおいで下さいましたな、ショーエン様、ティア様」


 そう言って料亭の入口で女将と共に迎えてくれた鮫沢さめざわの声に、俺達は右手を軽く上げて応え、


「ああ、お前も元気そうで何よりだ」


 と言って俺は鮫沢をねぎらった。


 神楽坂にあるいつもの料亭。


 ここが俺達の会食の場だ。


 料亭の女将も今や俺達の顔を見れば「自分が何をすべきか」という事を熟知している。


 おかげで、いつも気の利いた対応で俺達を奥の個室へと案内してくれる訳だ。


 少し狭い座敷部屋に通された俺達は、最初に運ばれてきたビールをグラスに注いで乾杯をした。


 そして全員がビールを一口飲んだところで、鮫沢さめざわが真面目な表情で顔を寄せて来た。


「早速で恐縮なんですがね・・・」

 と言って辺りを気にしながら小声になった鮫沢は、「300人委員会の中に不穏な動きがあるようで、金融業と農業の方で特に動きがあるようでしてな」

 と続けて俺達の顔を交互に見た。


 俺は鮫沢さめざわの顔を見返しながら、

「まずは金融業の話から聞こう」

 と返すと、鮫沢は更に小声になって、


「欧米の金融会社が、日本の金融を狙っている様でしてな」

 と言ってもう一度周囲を気にする素振りを見せ、「最近は不動産投資を持ちかけて、日本の地価を高騰させる動きがあるんですわ」

 と言った。


 なるほど。


 日本国民に不動産を購入させて融資を行い、土地を転売させる事で土地の価格を上げてゆき、やがて土地を買う為に融資を受ける者が増えて莫大に膨れ上がった債権さいけんを金融商品化して転売するアレか。


 前世では、日本のバブル経済はこうして作られたものだった。


 そして、数年もすればそのバブルは泡のごとくはじけ、気が付けば大して価値の無い土地と莫大な借金を背負った日本企業が欧米の企業に安く買いたたかれたという訳だ。


 この世界でも同じ事が起ころうとしている、という事か。


「なるほど、分かった。で、農業の方は?」

 と俺は頷きながらそう返すと、鮫沢は一度頷いてから、


「アメリカが作った危ない農薬が日本に持ち込まれようとしとる様です」

 と言った。


「それは、遺伝子組み換え種子と同時に持ち込まれようとしているという事か?」

 と俺が返すと、鮫沢は驚いた様に顔を上げ、


「何と、やはり既にお見通しでしたか!」

 と言って、「ガハハ」と笑いながらグラスのビールを飲み干し、「やはりショーエン様の情報力には適いませんな」

 と言って座椅子にドカっと背を預けた。


 アメリカが作った危ない農薬というのは、いわゆる『除草剤』の事だろう。


 前世では1996年から普及し始め、2025年までずっと使われていたものだ。

 別称で『枯葉剤』などとも呼ばれる農薬なのだが、遺伝子組み換えを行った特定の種子から育った植物以外の雑草を枯らしてしまう除草剤の事だ。

 これが実はとても危険な毒で、成分はベトナム戦争でアメリカが使った毒ガスと同じものなのだ。


 今のところは鮫沢の政治力で輸入を阻止してはいる様だが、鮫沢が今年の任期満了と共に政界を引退する事を宣言しているだけに、どうやら欧米企業が次の総理大臣と目される者へのアプローチを並行して行っていると考えた方がいいだろう。


 まったく、300人委員会ってのは、本当に強欲で傲慢な者達だな。


「これに対してアメリカの大統領は何と言っているんだ?」

 と俺が訊くと、鮫沢は大きくため息をついて、首を横に振った。


「これが困った話でしてな。今日の本題はこの事についてなんですよ」

 と言ってもう一度大きなため息をついた。


「昨年行われた米大統領選挙で、民主党のクリントンが勝利した事はご存じでしょう」

 と話し出す鮫沢の言葉に、俺は頷いた。


「ああ、ブッシュが負けたな」


「ええ、ブッシュ大統領はショーエン様と直接面会した唯一の大統領でしたので、ショーエン様の庇護下にある我々日本を陥れる様な事はありませんでした」


「しかし、クリントンはそうでは無いと?」

 と俺が訊くと、鮫沢は苦虫を嚙み潰した様な顔で首を横に振り、


「クリントン大統領が、と言うよりも、その後ろに居る者達が、と言うべきですな」


「ふむ、で、その後ろに居るのが『300人委員会』だと?」


「はあ、どうやらその様で・・・」

 と鮫沢は額の汗を拭いながら平身低頭の体だ。


 鮫沢から見れば、ショーエンが神の使いとして300人委員会を従えた過去があるにも関わらず、その300人委員会の中からショーエンを裏切る者が居たというのだから、従えていた本人である俺の前でそれを指摘するのは心苦しいのだろう。


「なるほどな。まあ、お前の気持ちは有難いが、裏切り者がでる事は俺の想定の範囲内だ」

 と俺は言いながらティアの顔を見て、軽く頷いて見せた。


 するとティアは鮫沢の方に向き直り、


「鮫沢さん、これから話す事は、ここだけの話にしておいて下さいね。これは神の領域でしか知り得ない事ですので、普通の人間であるあなたに話す事さえ、本来ははばかられる事なのです」

 と言って姿勢を正した。


 鮫沢は顔を上げてティアを見ると、その美しい姿に心を奪われながらも、女神を前にした従順な信徒の様に視線を下げて、


「承知しました。誰にも漏らさない事を誓います」

 と答えた。


 ティアの話はこうだ。


 その昔、イスラエルという国があった。


 今あるイスラエルとは別のイスラエルだ。


 そこには、12の氏族が住んでおり、彼らは一様に一つの神の教えを受け継ぐ者達だった。


 その神とは、レプト星から来た、竜の遺伝子を持つ人類の一人、『ヤハウェ』という男。


 ヤハウェは地球の人類を導き、文明を築く事に成功したが、我々プレデスの民と契約をした事をきっかけに、ヤハウェは地球を去ってしまった。


 それを悲しんだイスラエルの氏族達は、ヤハウェが一つの経典を残した事を知った。


 ヤハウェが残した経典はイスラエルの12氏族の間で解読され、その解釈は12種類に分かれてしまった。


 その事実は、キリスト教の『旧約聖書』にも書かれている通りだが、やがてヤハウェの経典の解釈は二つに割れた。


 共通しているのは『ユダヤ教』という宗教として現在も残っているという事なのだが、解釈が二分されてしまった為、解釈ごとにそれぞれが新たな経典を作る事になった。


 そして表の経典を「タハナ」、裏の経典を「タルムード」と呼ぶ様になった。


「タハナの教えは、やがて来る世界の混乱の時代に、自分達を助けてくれる救世主を待ち続ける事。そして、タルムードの教えは、自分達だけが選ばれた民族で、その他の人間は、単なる家畜として扱うべきだというものなの」


 ティアはここまで言って深呼吸をした。


「はあ・・・」

 と鮫沢は、いまいち良く解らないといった顔をして「それが300人委員会とどういう関係が?」

 と問うた。


「300人委員会にとって、崇拝していたルシファーというのは、本来はヤハウェに代わる存在であるべきだったって事よ」


 とティアが言うと、鮫沢はそれでもよく解らないといった顔で首をかしげていた。


 俺はそんな鮫沢を見ながら、


「まあ、こんな太古の宗教観を突然話されても、現代日本人にはよく解らないのかも知れないな」

 と軽く笑い、「しかしこれらが、全ての根源なんだ。しっかり聞いて、心に刻んでおけ」

 と俺が真顔で続けると、鮫沢は背筋を伸ばして、


「は、はい!」

 と返事をして、汗を拭きながら頭を掻いた。


「で、タルムードを価値軸に据えた氏族ってのが厄介な連中でな、彼らはイスラエルに昔から住んでた訳では無かったクセに、『我々が本当のユダヤ人だ』などと吹聴して回り、『キリスト教に迫害を受けた』などと言って、現代になってから人権を主張し始めた訳だ」

 と俺が話を続けた。


 現在のイスラエルは、第二次世界大戦が終わった1945年に、既に世界の金融を支配しつつあったタルムードを信仰するユダヤ人によって建国を提言され、既に彼らに経済的に支配されていたアメリカの後ろ盾で1948年に建国された国だ。


 そもそも、アメリカという国自体がタルムードを信仰する白人によって建国された国で、イスラエルの建国は、そうまでして叶えたかった彼らの悲願だったと言っても過言では無いだろう。


 そして、ヤハウェが天に帰ったと言われる聖地とされているのがエルサレムという場所。


 この場所に再びユダヤの神殿を建築し、そこにタルムードを奉る事も彼らの悲願だと言っていい。


 しかし、現在エルサレムのその場所には、イスラム教の神殿が建っている訳だ。


 エルサレムは言わずと知れた、キリスト教の聖地であり、ユダヤ教の聖地であり、そしてイスラム教の聖地でもある訳だ。


 キリスト教はバチカン帝国を建国する事で聖地を別に作る事が出来たが、イスラム教はそれを許さなかった。


 なので、タルムード系ユダヤ教を信仰する白人達は、イスラム教が邪魔で仕方が無い訳だ。


 これまでにアメリカが起こしてきた戦争を見ても分かる通り、白人至上主義で国家を運営し、有色人種が治める国々を植民地にしてきた歴史がある。


 これらは全て、タルムードの経典が記した通りの行動に過ぎない。


 事実彼らは、1919年に日本が提言した「人種差別撤廃提案」を廃案に追い込む様に仕向けた程だ。


 しかも、日本人が元祖イスラエルの氏族、スファラディユダヤ人の末裔だとどこかで知ってしまった彼らは、もはや日本人の存在を許す事は出来なかった事だろう。


 事実、第二次世界大戦では日本を『悪の枢軸国』として扱い、アメリカによる原爆投下で戦争を終結させるまでに至った訳で。


 そうまでして彼らは、『自分達こそ神に選ばれた人種なのだ』という自尊心を得たかったのだ。


 1945年に第二次世界大戦が終結し、世界が復興に躍起になっているそんな1947年に、アメリカのニューメキシコ州、ロズウェルの街にUFOが墜落した。


 それを調査したFBIは、いわゆる宇宙人と思しき、傷ついたリトルグレイを捕獲する事になった。


 その調査の為に特別にネバダ州に作った空軍基地で宇宙人とUFOについて研究している所に、もう一つのUFOがエリア51にやって来る事になる。


 それが500年以上前にレプト星から来たレプティリアン、『ルシファー』と名乗る神との出会いだった。


 アメリカ政府はその事実を隠して、秘密裏にルシファーをまねき入れた。


 そして、ルシファーをヤハウェの生まれ変わりとして信仰する代わりに、数々の先進技術のアドバイスを受ける事になった。


 その事実を知っているのが、あの『300人委員会』の先祖だったという訳だ。


 そして時が流れ、1990年に俺達がエリア51に赴き、彼らの信仰の対象であったルシファーを倒した。


 そして、彼らの信仰を人々の幸福につなげる為に、俺自身がルシファーの名を継いだ訳だ。


 しかし、彼らはそれが不満だったのだろう。


 彼らにとってルシファーとは、もっと傲慢ごうまんでなければならないのだ。


 私利私欲に従順で、世界の人々を家畜の様に扱う快感が忘れられない連中にとって、俺の教えは到底「ルシファーらしく無い」という事だ。


 なので、その欲望にりつかれた連中が、いつまでも俺の教えを守れる筈は無かったのだ。


「なるほど、それが、ショーエン様のおっしゃる『想定内だ』という事ですな」

 と食い入るように俺の話を聞いていた鮫沢が頷きながらそう言い、一呼吸おいてから、「して、その300人委員会の悲願を果たす為に、彼らは今後、何をしでかすつもりですかな?」


 鮫沢の問いに俺はグラスのビールを飲み干して頷き、


「簡単なことだ。奴らが望むのはこの星の支配。つまりは世界征服だ。金融業と農業を押さえに来たという事は、次はエネルギーを押さえに来るだろう」


 と不敵な笑みさえたたえながら、そう言ったのだった。


 ・・・・・・・・・・・・・・・


 自宅に戻る為に乗ったタクシーの中で、俺はティアに右腕を掴まれながら目を瞑っていた。


「世界征服か・・・」


 俺は小さくそう呟きながら、何ともバカバカしい響きに聞こえるその言葉を頭の中で反芻はんすうしていた。


 そう、300人委員会が作ろうとしているのは『世界統一政府』だ。


 他にも『新世界秩序』なんて呼び方もされていたっけな。


 建前は「一つの世界政府を作って世界を統治する」という事らしいが、要は「世界支配」をしようという事に他ならない。


 何故そんな事が分かるかって?


 それは前世がそんな世界だったからだ。


 今にして思えば、前世の地球は本当にカオス状態だった。


 第三次世界大戦があったからカオスになったんじゃない。世界がカオスだったから第三次世界大戦が起こったんだ。


 デバイスに記録された、ティアとシーナが集めてくれた記録を色々整理していくうちに、色々と俺の前世の記憶との整合が取れてくる。


 前世の俺が見ていた世界の出来事は、全てこうした裏の動きがあったからこそ起きた、いわば『必然の出来事』だったのだ。


 鮫沢の話によれば、アメリカが作った除草剤と遺伝子組み換え種子は、ヨーロッパ各国にも営業されていたらしい。


 しかし、どこの国からも「こんな危険なものはうちの国には要らない!」と言ってことごとく断られ、同盟国だと思っていたフランスにも断られたアメリカは、1995年に行われたフランスの大統領選挙でCIAが暗躍して様々な工作を行い、保守政党では無く、左派政党の大統領を誕生させるという報復を行った。


 これにより、その後のフランスの政治を、アメリカが裏で糸を引く事が出来るようになった。


 日本もそうだった。


 フランスへの営業をする前に、日本にも同様にこの除草剤と遺伝子組み換え種子を輸入する様にと圧力をかけて来ていたのだ。


 当時は民自党政権では無く、社会党を軸にした連立与党政権だった日本政府は、アメリカの圧力に抵抗して、それらのアメリカの要望を突っぱねた。


 しかし、その直後の1995年1月17日に阪神大震災が起き、日本の第二経済圏である近畿地方は大きな被害を受けた。


 これが日本に対するアメリカの報復だった。


 アメリカの報復を恐れた当時の政権は、アメリカの圧力に抵抗しつつも徐々に政権を内部から崩壊させられ、震災復興の遅れを理由に翌年に行われた衆議院選挙で大敗し、結局はアメリカの傀儡かいらい政権である民自党が政権を奪取する事になった。


 前世の俺の記憶では、日本が本当に崩れ出したのはここからだ。


 遺伝子組み換え種子が日本に輸入される様になり、ベトナム戦争では毒ガスとして使われていた様な除草剤が日本の農家で使われる様になり、更に消費税の増税によって日本経済を更に低迷させ、日本がデフレスパイラルに陥る契機になったのもこの時期だ。


 当時20歳だった俺が、就職も出来ずにアルバイトで食いつなぎ、そのまま政府に見捨てられて30年が経過し、やがてロストジェネレーション等と呼ばれる様になったのも、この時の民自党政権が、日本をアメリカの植民地として従属させた事が原因なのだ。


 それからの日本は、絶望へ向かっての転落一辺倒だった。


 しかし、一度だけ日本を再興するチャンスがあった。


 2009年の衆院選で、主民党が政権を奪取したのだ。


 これにより、日本をアメリカの植民地状態から脱却するチャンスを得た。


 しかし、その後のアメリカの圧力に抵抗してきた主民党政権も、やはり報復を受ける事になる。


 2011年、今度は東日本大震災を起こされたのだ。


 津波に飲まれる街の映像は世界中に報道され、世界の政治家達は、アメリカに逆らう事がどれだけリスクをはらむ事なのかを目の当たりにする事になった。


 そうして結局、翌年の内閣総辞職によって選挙が行われ、再びアメリカの傀儡政権である民自党政権が復活し、その後も続く事になった。


 その後の日本は、欧米の企業によって経済的に蝕まれ、消費税の増税や遺伝子組み換え食品による出生率の低下等によって国力を衰退させられていった。


 そんな中、タルムードを信仰するユダヤ人によって支配されていたアメリカは、CIAを通じて、とあるテロ集団を育成していた。


 それは、イスラム教を信仰している過激テロ集団として喧伝けんでんされ、世界中でテロ活動を行い、世界中で「イスラム教は悪だ」という報道がなされるというものだった。


 そうしてイスラム教を「悪の枢軸」に仕立て上げてエルサレムの聖地を奪還しようとした300人委員会だったが、その目論見は失敗に終わった。


 世界の民衆が、そうした宗教差別を嫌った為だ。


 まだこの時は、世界の民衆も良識を持っていたと言えるのかも知れない。


 しかし、300人委員会は次の一手も準備していた。


 それが、世界中を停滞させる「パンデミック」だった。


 中国の研究所で製造していたウイルス兵器でもあるコロナ型肺炎ウイルスを漏洩させ、世界中に蔓延まんえんさせたのだ。


 これによって世界中の民衆が疫病を恐れて自由な発言が出来なくなり、300人委員会はここぞとばかりに「ワクチンを打てば助かる」というキャンペーンを展開した。


 そのワクチンが毒であると見抜いた国以外の全ての国がワクチンを大量購入し、日本もそのワクチンを大量に購入する事になった。


 しかし、そのワクチンこそ、人類を愚民化する為の遺伝子改変ワクチンだった。


 先進国の民衆の8割にあたる人類がそのワクチンを接種し、様々な副反応が起こっているにも関わらず、何度もワクチン接種を推奨し続けた。


 結果、民衆は自ら考える事を恐れ、政府の言いなりになる従順な奴隷と成り下がった。


 そして、ロシアが隣国へ侵攻する様に仕向けたアメリカの陰謀によって、ウクライナ戦争が始まり、やがて世界は東西に分裂してゆく事になった。


 2020年まで総理大臣を務めた阿部幸太郎は、そうしたアメリカの陰謀を熟知していた。


 総理の座を退いてからもロシアとの関係改善を進めようと活動していたのだ。


 しかし、史上最長期間総理大臣の座に居た阿部の影響力を疎ましく思ったアメリカは、衆議院選挙の応援演説で全国を遊説していた阿部を暗殺するに至った。


 その裏事情を知る当時の総理大臣であった岸辺は、アメリカの報復を恐れて完全にアメリカの軍門に下る事を選んだ。


 もはや、日本はアメリカの植民地になったと言っても過言では無い。


 アメリカの植民地に成り下がった日本政府は、もはや全てがアメリカの言いなりだった。


 2024年には、更に軍備を拡大し、消費税を増税し、日本国民の大半が困窮者になる様に仕向けて行った。


 民衆の怒りは政府へと向けられたが、日本政府は、


「これらは全てロシアが悪い」


 と結論付ける事に終始した。


 愚民化した民衆は、そうした政府の思惑通りに怒りの矛先をロシアへ向け、やがて


「ロシアを滅ぼすべきだ!」


 という運動へと発展した。


 そうしているうちに戦争は拡大し、気が付けば世界大戦へと発展していた。


 それが、俺の知っている第三次世界大戦だ。


 2025年まで続いた世界大戦は、結果的に軍事産業とエネルギー産業を儲けさせるだけの「大義無き戦争」だった。


 そこで大儲けしたのがアメリカと中東の産油国、そして、なんとロシアだった。


 それから10年、アメリカとロシアを除く世界中が戦後の復興にあえいでいた。


 その頃の俺は、既にホームレスとして警備員のアルバイトをしながらネカフェで生活をする毎日だった。


 そして2035年の10月のあの日、夜中に公園で見つけた『あの本』との出会いを契機に、俺の人生が転換した。


「そうか、あの時の俺は、世界の裏を暴いてしまったんだな。そして、それを小説仕立てにして公表してしまったから、政府の諜報員に見つかり、俺という存在を消されてしまったのかも知れないな」


 俺はそうつぶやくと、なぜだか笑いが込み上げてきた。


 何とも滑稽こっけいな話じゃないか?


 前世の俺は、まともな生活を送る事も出来ず、小説家にもなれず、世界を救うヒーローにもなれず、ただ苦しい人生を送って孤独の中で死んでしまったのだ。


 前世の俺が生きた意味とは何だったんだろうな?


 ただ生きて、もがいて、何者にもなれないままに死んだんだ。


 そう、それこそ虫けらの様に。


「くっくっく・・・」

 俺は喉の奥で笑っていたが、目には涙が溢れていた。


 笑ったのは、自分自身の滑稽こっけいさを笑ったのかも知れない。


 そして涙が溢れたのは、俺の前世がいかに無意味だったかを思い知った事による、悔し涙だったのかも知れない。


 そこに自尊心なんて生まれる余地など無かった。そんなものが生まれる訳が無かった。


 そう、いわば俺は政府に殺されたのだ。


 大人になってからもずっと、政府にいたぶられ、苦しめられ、卑屈な人間として足掻きながら生き続けてやっと生きる希望を見出したにも関わらず、その日のうちに俺は殺されたのだ。


「ショーエン?」


 俺の様子を心配そうに見ていたティアが、俺の右腕をギュッと掴みながら俺の名を呼んだ。


 俺は左手でティアの両手を包み、溢れる涙を止められずに目を瞑ったまま、


「ああ、ティア。今、俺の中で全てが繋がったよ。この世界は間違いなくカオスに向かって進んでいる。俺はそれを食い止めたい」

 と言って口をつぐんだ。


 ティアは頷いて俺の胸に顔を埋め、


「ショーエンなら必ず出来るわ。だから教えて? 私は、もっとショーエンの事を知りたいよ」


 そう言うティアの声は少し震えていた。


 俺の胸はいつの間にか、ティアの涙でシャツに染みを作っていたのだった。

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