(2)悪い話と嬉しいニュース

「おはようございます!」


 1993年1月6日、水曜日。


 今年になって始めての会社営業日。


 俺の前には50名程の従業員が整列してこちらを向いている。


 俺の会社は経営コンサルティングを生業とするシンクタンクだ。


 ティアやシーナ、ライドとメルス、イクスやミリカ達が経営する会社の大株主でもある。


 彼等の会社の本社機能は、全て俺の会社が入るビルに集約されており、仕事が忙しくない時はみんなで集っているのが日常だ。


 今日も俺は会社でこうして朝礼を行い、従業員に今年の目標を伝えて、やる気を鼓舞こぶしている訳だ。


 そして朝礼が終われば、最上階のラウンジで他のメンバーと合流する予定になっている。


「という訳で、私からの訓示は以上とします。では皆さん、元気良く仕事に励みましょう!」

 と俺は朝礼を締めくくり、従業員たちの「はい!」という威勢の良い返事を聞いて部屋を出た。


 オフィスを出ると、すぐ正面にエレベーターホールがある。


 エレベーターホールには3台のエレベーターがあるが、一番右側の1台だけが最上階のラウンジへと繋がっている。


 俺は一番右のエレベーターを呼ぶボタンを押し、エレベーターが来るのを待った。


 程なくしてエレベーターが到着し、目の前の扉が開いた。


 すると、エレベーターの中にはティアとメルスの姿があり、


「あ、ショーエンも終わったのね」

 とティアが俺の姿を見るなりそう言った。


「ああ、お前達もこの時間に来たって事は、会社は順調みたいだな」

 と俺は、スムーズに朝礼が終わった様子の二人にそう言った。


 そういえば、俺が初めてプレデス星からクレア星へ行った時、学園に向かう日の朝に宿泊施設のエレベーターで会ったのもこの二人だったな。


 今思えば、あれがティアとメルスに初めて出会った時だったよな。


 俺がそんな事を思い出していると、メルスがクスっと笑い、


「そういえば、クレア星で学園に向かう初日にも、このメンバーでエレベーターに乗っていたのを思い出しますね」

 と、まるで俺の心を見透かしたかの様な事を言いだした。


 するとティアも笑い、

「そうね、私も同じ事を思い出していたわ」

 と言いながら俺を見た。


「ああ、俺も同じ事を考えてたぜ。面白い偶然もあるもんだな」

 と俺は素直に応え、「その時はまだ、俺達はお互いを何も知らない、ただの他人同士だったけどな」

 と続けながら笑った。


 するとメルスは首を傾げ、

「いえいえ、私はあの時ショーエンさんを見て、プレデス星の中等学校を主席で卒業したショーエンさんが目の前に居ると知って、少し緊張していたんですよ」

 と言って苦笑した。


「そうだったのか」

 と俺も苦笑していると、ティアが俺の右腕に自分の腕を回して、

「別の中等学校を主席で卒業した私と、今は夫婦になっちゃうんだから、人の縁って不思議よね」

 と、心なしか『主席で卒業』の部分を強調するように言っておかしそうに笑った。


 そうしているうちにエレベーターが最上階に到着した。


 エレベーターを降りると、正面にはラウンジの入口を守る警備員が立っている。


 俺達の姿を見ると、姿勢をビシっと正して敬礼した。


「おはようございます! どうぞお入り下さい!」

 と警備員が声を張り上げ、入口の自動ドアのセキュリティを解除した。


「ああ、ご苦労様」

 と俺が声をかけて前を通り過ぎる間も敬礼のポーズを崩さずに直立し、俺達がラウンジのドアをくぐるところで姿勢を元に戻していた。


 警備員の名前は佐藤とかいったかな?

 中肉中背でスポーツが得意そうな青年だ。


 会社で契約をしている警備会社から派遣されてきた警備員だが、このフロアが俺達だけが利用する特別な空間という事もあり、ここの警備をする事が、どうやら彼らの中では「誇らしい仕事」という事になっているらしい。


 俺にとってはここの警備も他のエリアの警備も、どちらも同じ価値の仕事なのだが、彼等警備員の間では各社の社長が出入りするラウンジの仕事が出来る事で、「俺の方が価値の高い仕事をしている」という自尊心のマウントを取り合っている様だ。


 まあ、くだらない話だとは思うが、これは仕方が無い事だ。


 いまだ何も持っていない人間でも「今あるもの」だけで自尊心を保たなければ生きていけない社会だ。


 この部分もどうにか改善してやりたいのだが、どうにも地球人というのは「順列」を気にしすぎるところがある。


 仮に人類が全員、足枷あしかせを着けた奴隷になったとしても、きっと「こっちの足枷の方が綺麗だ」とか、そういったくだらない事で自尊心のマウントを取り合う事になるのだろう。

 やがて自分達が奴隷である事にも気付けないまま、一生を終える者も沢山出て来るに違いない。


 もし俺達が奴隷の様に足枷を着けられたならば、「足枷を外して奴隷では無くなる為の行動」を起こすだろう。


 しかし地球人と言うのは「目的を達成する為にはどうすれば良いか」を考える事が出来るのはごく一部の人間だけで、大半が「現状に満足する為にはどうすれば良いか」と無意識に考えてしまうのだ。


 いわゆる「正常性バイアス」が働いているという事なのだろう。


 なので、現状が不幸であってもそれを改善する為の行動には移らないし、その国の政治家が好き勝手な政治をしていたとしても「どうせ誰に投票したって同じだよ」と言って選挙に行く事さえしないのだ。


 そうして取返しのつかないところまで社会が腐敗してしまったのが、俺が前世で生きていた日本の姿だ。


 前世の俺は、西暦2035年まで生きた。


 団塊ジュニア世代として1975年に生まれ、インターネットも携帯電話も無い時代に幼少期を過ごした。


 小学校では「みぎならえ」の精神で教育が行われ、協調性重視で「個性」の主張は害悪とみなされた。


 中学校では「記憶力」に頼った「詰め込み型教育」が行われ、ここでも「個性的な者」は「はみ出し者」と認識されて体罰を受ける事も珍しくなかったし、学業を真面目に取り組めば取り組む程に「型にはまった人間」になっていった。


 高等学校では比較的「選択の自由」が与えられたが、それでもブラック校則に縛られ、結局は「大人にとって都合の良い人間」が大量生産された。


 そうしてすっかり型にはめられた者達の一人として、俺も生きていた訳だ。


『大学を卒業すれば、良い会社に勤められて良い人生が送れる』


 これが団塊世代が自分の子供達に示してきた「人生の道標みちしるべ」だったし、俺も当時はそれを疑わなかった。


 高度経済成長が過熱してバブル経済に突入していた時代、どこの大学も競争率が高く入学が困難な中、俺は死に物狂いで受験勉強をして、やっと入れたのが中流の大学。


 しかし、それでも真面目に授業を受けて、そろそろ就職活動を始めようかという20歳の頃、日本のバブル経済が崩壊した。


 有名企業が倒産し、外資系企業による日本企業の買収が始まった。


 生き残った多くの企業が経費削減の為に大リストラを行い、数年間に渡り新規の求人は中止された。


 おかげで俺達の世代の半分以上が就職先にありつく事が出来ず、企業が求人できなかった数年間を、俺達は日雇い労働やアルバイトをしながら過ごす事になった。


 そして数年後、やっと企業が求人を開始しだした時には、既に俺達は「不要な人間」にされていた。


 企業が欲しがったのは、若々しい「新卒」の人材だったからだ。


 大学を卒業してから数年間をアルバイトで過ごした俺は、もう既に「中古品」として扱われ、どこの会社で面接を受けても


「この年齢で何もスキルを会得していないなんて、一体この数年間何をしていたのかね?」

 とあきれられて切り捨てられた。


 日本政府は俺達の世代に対して何の救済策も持たず、その後30年以上も俺達の世代は社会に見捨てられ続け、やがて「失われた世代(ロストジェネレーション)」等と呼ばれる事になった。


 結局、どこかで定職に就く事も出来ないまま、派遣やアルバイトでその日暮らしをして生きる道しか無くなった俺は、そのまま結婚も出来ずに白髪交じりの中年になり、2023年の第三次世界大戦勃発で社会が混乱してからは、アパートの家賃さえ払えなくなって、とうとうネットカフェで暮らすホームレスへと転落した。


 そんな生活をしながらも日々読書や勉強を欠かさず2035年までを過ごし、俺は60歳を迎える直前に、何らかの理由で死亡したらしく、気が付けばプレデス星に転生していたのだった。


 前世で俺がどんな死に方をしたのか、俺は知らない。


 事故か災害に巻き込まれたのかも知れないし、もしかしたら何かの病気だったのかも知れない。はたまた誰かに殺されたのか・・・・・・、どうあれ、今更考えても仕方が無い事だ。


 ともあれ、転生後に18歳で辿り着いた地球は、どうやって時間が巻き戻ったのか、西暦1983年の世界だった。


 つまり今の俺の肉体は、地球の基準だと西暦1965年生まれという事になり、前世の俺よりも10歳も年上な訳だ。


 前世も含めて78年分の記憶を持つ俺は、肉体年齢が18歳の割には大人びた言動をしていた筈だ。


 おかげで、古き良き昭和の日本を、成人として過ごす事が出来たのは素晴らしい経験だった。


 前世の俺では子供過ぎて気付けなかった、世の中の何気ない出来事や事件が、実は「世界が一部の支配者達に都合良く改変されるターニングポイント」だった事に気付けた事は一番の成果だと思う。


 それから様々な活動を経て政治的な戦いも経験し、1980年代の世界がいかに陰謀にまみれた世界だったのかを知った。

 そしてプレデス星の技術を使って、俺達はそれら世界の支配者達と戦った訳だ。


 そうして1991年、アメリカのエリア51に潜んでいた支配者達の信仰の対象を倒し、世界を経済的に支配していた「300人委員会」を改心させた事により、世界はゆっくりと俺達の望む平和な社会へと向かって行こうとしていた。


 しかし、俺が知る前世での1993年の社会と、現世の1993年の社会では、庶民の生活に大きな違いがある訳では無い。


 俺達が変えたのは、世界の支配者の目論見を潰した事と、日本の主要な産業に俺達が参加した事だけだ。


 あとは、日本の政治に深く関わったという事くらいか。


 その影響で、行政サービスはどんどん改善されてきているし、街中のバリアフリー化なども加速している。


 他にも、いわゆる既得権益の中でも悪質なものは解体を進めさせているし、国民の生活力が衰えない様に社会構造も整備している。


 しかしそれらは目立つ変化では無い為、人々の生活習慣等は前世の頃と大差無く、人々の価値観もそう変わってはいない様に見える訳だ。


 そう、これで良い。


 庶民には「何となく世の中が良くなった」と肌で感じてもらえる程度で良いのだ。


 それだけで彼らは、幸福を掴み取る方向へと自発的に歩み始めるのだから。


 俺はそんな事を考えながら、ラウンジの中央にあるテーブルの方に向かって歩いた。


「あ、おはようございます」


 という声の方を見ると、既にラウンジに入ってカウンターの中で飲み物を作っているイクスと、それをテーブルに運ぶミリカと優子の姿があった。


「みんな、おはよう」

 と俺が応える横を、メルスが素早く妻である優子の元に歩み寄って、軽くハグをするように身体をかがめ、優子のこめかみにそっとキスをした。


「メルスは紅茶よね?」

 とキスを返しながら優子が紅茶のカップをメルスの前に置き、「ショーエンさんとティアさんは今日もブラックコーヒーですか?」

 と訊いてきた。


「そうね、お願いするわ。ありがとう」

 とティアが答え、俺の右腕を引いて、テーブル脇の3人掛けのソファに座る。


 そうしていると、ラウンジの扉が開いて残りのメンバーが入って来るのが見えた。


「ショーエン、遅くなってごめんなさいなのです」

 と言いながら一直線に俺の元までやってきてソファの左隣の席に座ったシーナは、「私は温かいカフェオレにして欲しいのです」

 と誰にともなく注文している。


 その声に対応したのはシーナと共に腕を組んで入って来たライドとテラで、

「ミルクを多めにしておきますね」

 と言って、イクスが作ったミルク多めのカフェオレを手に、シーナの元へと運んで行った。


 一通り全員が飲み物を持って中央のテーブルを囲むソファに身を沈めたのを見た俺は、


「そろそろ会議を始めようか」


 と声に出して皆の顔を見渡した。


 その声を聞いた優子が、


「では、私は託児室に戻っていますね」


 と言って一礼し、ラウンジの奥にある託児室の扉の奥へと消えて行った。


 これがメルスやライド、イクス達に子供が出来てからの平日ルーティンだ。


 子供は会社のラウンジ奥に設置した託児室に預けている。


 女性保育士を二人雇ってはいるが、子供達を極力母乳で育てる為に、優子はほとんど託児室で子供達と一緒に過ごしている。


 ミリカとテラも同じで、仕事が暇な時は、ほとんどの時間を託児室で過ごしている様だ。


 妊娠6か月目を迎えるシーナも、無事に子供が生まれれば、彼女達に加わって託児室で過ごす様になる事だろう。


「さて、今日はシーナが発表する番だったな?」

 と俺がシーナの顔を見ると、シーナは「そうなのです」と頷きながら、デバイスで壁面に掛けられたスクリーンに転送したデータを映し始めた。


 スクリーンに表示されているのは、世界史の年表だった。


 しかし、学校で習う世界史とは違い、年表に登場する人物名は全て「石工ギルド」に関連する者達だった。


 一通りの情報がスクリーンに映し出されたのを見たシーナが、


「これは、地球における過去500年の歴史を年表にしたものなのです」

 と語りだし、「3年前にショーエンが改心させた300人委員会と、その先祖がやってきた事や残した記録を年表にしたら、恐ろしい計画が見えて来たのですよ」

 と言ってスクリーンの情報を一つ一つ拡大して説明を始めた。


 その内容は、俺が学校の歴史で習ってきたのと同じものもあれば、隠蔽され続けて来た闇の歴史に触れるものもあった。


 500年に渡り裏で世界を支配しようとしてきた「300人委員会」の実績が、シーナの客観的な考察によって、次々と語られてゆく。


 そして、その話は「300人委員会」が目標としていた一つの計画の存在へと帰結していった。


「つまり、彼らが目的としているのは『世界統一政府』を作って地球を支配する事なのです。そして、自分達が統治しやすい様に人類の数を選別しながら減らしてゆき、有能な奴隷だけを残して、300人委員会だけが豊かな生活を送れる様にしようという計画が、今も継続しているのです」


 そこまで言ってシーナは大きく深呼吸をした。


 そして俺の顔を見て、感想を求める様な表情をした。


 俺は頷き、みんなの顔を見渡してから、もう一度シーナの顔を見た。


「シーナ、よくここまで情報をまとめてくれたな。やっぱりお前は優秀な妻だ」

 と俺が言うと、シーナは「撫でて」と言わんばかりに頭を俺の方に突き出した。


 俺はシーナの頭を撫でながら頭頂部に軽くキスをして、


「シーナの発表の通り、300人委員会がこの星を好き勝手に統治しようとしていた事は事実だ」

 と言いながらみんなの顔を見渡し、「そして3年前、300人委員会が信仰する神、ルシファーを名乗るレプト星人を俺達は倒した」

 と続けた。


 するとシーナは頷いてから、

「今はショーエンがルシファーの立場を兼任しているけど、ショーエンをルシファーと認めない勢力が、300人委員会の中にまだ残ってるかも知れないという事なのです」

 と付け加えた。


 俺はシーナの言葉にもう一度頷き、

「現在、月に滞在しているアルティミシアがガイア星開拓団長として地球を監理しているのだから、地球人にとっての神とは、本来はアルティミシアでねければならない。なのに、地球人が信仰している神と言えば、キリストやゼウス、アラーやルシファー等、過去に地球を訪れた惑星開拓団員やレプト星人ばかりで、現在進行形で地球を統治しているアルティミシアを信仰する宗教など存在しない」

 と言ってみんなの顔を見渡し、「これって変だと思わないか?」

 と付け加えた。


「私達はショーエンが地球を統治できる様にしたくてここまで来たけど、アルティミシアやショーエンを差し置いて、地球人が自分達で地球を統治しようだなんて、少し傲慢な気がするよね」

 とティアが言いながら俺を見て、「地球人の寿命は私達プレデス星人よりも短いのに、地上に住み続けてこの星の統治なんて可能なのかしら?」

 と首を傾げる仕草をして見せた。


 俺はそんなティアを見返しながら、


「地球人の寿命はせいぜい80年程度だけどな、世代を超えて意志を受け継ぎ、文化を継承していくのが地球人なんだ。それは良い効果も生むが、悪い点もある」

 と答えた。


「どういう事ですか?」

 とメルスが訊いた。


「良い点は、文化が1世代でついえずに引き継がれてノウハウが蓄積されていく事。悪い点は、現在起きている現実が見えにくくなっているという事かな」

 と俺は答えた。


 地球人が現在の状況を客観的に見る事が出来るなら、現時点で地球を監理しているアルティミシア団長を「神」として信仰している筈だ。


 しかし、現実は過去に地表に降りた惑星開拓団員の事ばかりが記録に残されており、過去に地表を探索したクラオ団長の事が「龍神クラオカミノカミ」として京都の貴船神社にまつられているにも関わらず、アルティミシア団長の事は誰も「神」と認識していない。


「つまり、先ほどシーナの話にもあった300人委員会の中には、現時点でルシファーの地位を兼務している俺の事など見えていなくて、過去に存在したルシファーへの信仰を続けている者が居るだろうってな話だな」


 俺はそう締めくくり、スクリーンに映る300人委員会のメンバーが残した記録の中から、1970年にヘンリー・キッシンジャーが残した言葉を見つけて読み上げた。


「食料の供給をコントロールする者が人々を制し、エネルギーをコントロールする者が大陸を制し、金融をコントロールする者が世界を制する」


 それを聞いていたティアが何かを思い出した様に顔を上げ、


「なるほどね。私がこの国に電力供給網を構築しようとしても、何だかいつも邪魔が入ってる様な気がしてたのは、こういう思想を持つ別の勢力が居たからなのね」


 と言って、納得したように頷いていた。


「その勢力がもし日本を貶めようとするなら、食料の供給をコントロールするのは容易でしょうね」

 とイクスも顔を上げ、「何せ、日本はカロリーベースの食糧自給率が50%しかありません。過去の日本政府が進めて来た減反政策の影響で、今後の食料自給率は更に下がっていくでしょうからね」

 と付け加えた。


 その通りだ。


 前世の俺が生きていた日本では、第三次世界大戦が始まる前の2022年時点で、既に食料自給率は38%にまで落ち込んでいた。


 しかも、世界で作られる遺伝子組み換え食品の60%を日本が輸入させられ、そのせいか日本ではガン患者が増加の一途を辿っていた筈だ。


 前世の歴史では、日本が遺伝子組み換え食料を導入するのは1996年だった筈だ。


 それまでにまだ3年ある。3年あれば、俺達にも出来る事がある筈だ。


「そういう事だな」

 と俺は頷き、「今後の俺の方針は、食糧分野、エネルギー分野、金融分野について日本政府にコンサルティングを行う事に注力しよう」

 と言いながらイクスを見た。


 イクスは俺の言葉に頷き、

「私は、食糧自給率を上げる為の農地開拓を進めます」

 と答えてティアを見た。


 ティアはそれに応える様に、

「そうね」

 と頷き、「私は自然エネルギーによる発電技術を継続しながら、秘密裡に永久機関の開発に着手するね」

 と、それこそエネルギーで大陸を支配しようとする勢力が聞いたらただでは済みそうに無い計画に着手する様だ。


 次いでシーナも俺の左腕に抱き着きながら、

「私は春になったら赤ちゃんを生むので、子育てについて研究していきたいのです」

 と言っている。


 メルスはライドと顔を見合わせ、

「となると、私達は自動車産業を継続しながら、ティアの研究に協力させて頂くのが良さそうですね」

 という方針で行く様だ。


 エネルギー資源の分野はテラの領域の筈だが、当のテラは顔を伏せたまま口をつぐんでいる。


「どうしたんだいテラ?」


 とライドが心配そうに声をかけると、テラは具合が悪そうに立ち上がり、


「ごめんね、ちょっと吐き気がして・・・」

 と言ってライドの肩に肘を置いて立ち上がり、「トイレに行って来る」

 と言いながら託児室の隣にあるトイレに向かってヨロヨロと歩き出し、ライドがテラに付き添う様にして行った。


 それを見ていたティアが

「どうしたのかしら・・・」

 と心配そうにしていたが、メルスとイクスが顔を見合わせ、二人で頷き合ったかと思うと、


「大丈夫ですよ。きっと、おめでたい事だと思いますから」

 とティアを安心させる様にそう言った。


「どういう事?」

 と俺を見るティアに、俺はニッコリ微笑みかけながら、


「テラが妊娠したって事だよ」

 と答えた。


 ティアはみるみる顔をほころばせ、


「今日はシーナが悪い話をするから一日中暗い気持ちで過ごす事になるかと思ったけど、ライドとテラが嬉しいニュースを知らせてくれたから、何だか美味しいものでも食べに行きたい気分ね!」

 と言って立ち上がり、「その後、ショーエンと二人でどこかに行きたい気分なんだけど・・・どうかな?」

 と言って、少し甘える様な目で俺を見ていた。


 俺はシーナにデバイスで「今日はティアの相手って事でいいか?」と送信すると、


「大丈夫なのです。私も手伝うのですよ」

 とシーナはお腹を抱えながら立ち上がり、「ティア、今日は最高の夜にしてあげるのです」

 と、どこで覚えたのか悪戯っぽい表情をしたシーナが、そう言って俺の手を引いた。


「ショーエンさんは、何だか素敵な夜になりそうですね」

 とメルスも立ち上がり、「では、今日の会議はこれで散会という事で」

 と言いながらイクスとミリカにも目配せし、託児室の方へと向かうのだった・・・

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