(1)ショーエン達のお正月

「明けましておめでとうございます!」


 イクスとミリカが大きな袋を持って俺の自宅にやってきて、玄関扉を開けるなり新年の挨拶を口にした。


 俺もうやうやしくお辞儀をして見せて、

「明けましておめでとうございます」

 と返し、「寒かったろう、さあ上がってくれ」


 と言いながらモフモフのスリッパを用意して、二人を招き入れた。


 1993年1月1日。

 午前7時30分。


 日本の正月らしく、元旦だというのに街中は人の往来が多い様だ。


 そんな中、相変わらず時間に正確なイクスとミリカが新年の挨拶の為に家にやってきた。

 二人は担いでいた大きな袋を玄関の端に置いてから、靴を脱いで玄関の上がりかまちを上がり、スリッパに足を入れた。


 イクスがまるで達磨だるまの様に着込んでいたコートを脱ぐと、コートの中にはおんぶ紐で縛られた、1歳になったばかりの男の子が現れる。


「アキトはよく眠っているな」

 と俺は、イクスの背中でスヤスヤと眠る小さな男の子、アキトの姿を見ながらそう言った。


 俺の名前はショーエン・ヨシュア。

 プレデス星生まれで10年程前に地球にやってきた日本人だ。


 イクスとミリカも俺と同じプレデス星の生まれで、一緒に地球にやってきた俺の仲間だ。


「ティアとシーナは?」

 と訊きながらコートを脱いだミリカのお腹には二人目の子供を宿していて、少し身体が重たそうだ。

 そんなミリカの身体を気遣いながら、イクスがミリカからコートを受け取る。


「ティアはキッチンでおせち料理の下ごしらえをしながらイクスが来るのを待ちわびてるぜ」

 と俺は言いながら廊下の奥のキッチンの方をチラリと見て、「シーナは・・・、まだ寝てるかも知れないな」

 と今度は階段の上の方を見ながらそう言って苦笑した。


「シーナももう、妊娠6か月目に入るもんね。お腹の子供も、そろそろ性別が分かる頃かしら」


 そう言いながらミリカは自分のお腹を両手でさすり、

「この子も6か月目くらいで女の子だって分かったんだもんね」

 とイクスの顔を見ながらほほ笑んだ。


 ティアとシーナは俺の妻だ。


 日本での戸籍上はティアが妻で、シーナはティアの妹という事になっている。


 二人ともプレデス星生まれで、学園にいた頃の成績は俺に次いで優秀だった。


 いや、実際にはあの二人の方が、俺なんかよりもよっぽど優秀だったというべきだろうな。


 何せ俺は、前世の記憶を持ってプレデス星でショーエンとして生まれ変わり、しかも地球の意志によって「星の記憶」と呼ばれる本を受け取り、「情報津波」と名付けた特殊な能力があるからな。


 前世の俺は、今の地球とは別の世界線にある地球人だった。


 西暦2035年まで生き、60歳を目前に何らかの理由で死んだらしく、目覚めた時には赤ん坊だったんだよな。


 プレデス星は、地球とは比較にならない程に技術力が発達した星だった。


 地球でUFOと呼ばれる様な乗り物なんて日常的な交通手段だったし、この日本でも未来に登場する筈のスマートフォンの様な通信機など、プレデス星ではゴマ粒程の大きさで、大人は誰もがそのデバイスを体内に埋め込んでいる。


 もちろん俺の身体にもデバイスが埋め込まれているし、ティアやシーナは勿論、イクスやミリカも同じだ。


 近距離通信はデバイス同士で簡単に行えるので、本当のところは言葉を発しなくても意思疎通が出来る。


 地球で普及していたスマートフォンなどよりもよっぽど高性能なこのデバイスを装着している俺達は、この時代の地球人から見れば、ちょっとした超能力者に見える事だろう。


 事実、地球に来た時に世界を支配しようとしていた者達と対峙した時、俺が身体を宙に浮かせて「神の使いである」と名乗ったら、彼らは簡単にそれを信じてたもんな。


 このデバイスと、ティアが改造してくれたプレデス星から持ってきたキャリートレーを身体に装着する事で、俺達は自由に空中を飛び回る事も出来る訳で。


 そもそも、このデバイス通信は、言葉を発しなくてもテレパシーの様に会話する事が出来るので、地球人から見れば「神の使い」という言葉を否定する理論を引き出せなかったに違いない。


 現在では、シーナが作った中継器を地球上のあちこちに設置しているので、俺達は地球上のどこにいてもデバイス通信が可能だ。


 1992年元旦の地球上では、まるで通信兵が運ぶ通信機の様な、肩から下げるタイプの携帯電話がやっと出回った程度の技術しか無いので、俺達のデバイスの存在など、彼らの理解できる範疇には無いのが現状だ。


「あ、イクスとミリカ! 来てたのね!」

 というティアの声がキッチンから聞こえた。


「明けましておめでとうございます!」

 と言いながらキッチンから出て来たエプロン姿のティアが、スリッパをペタペタと鳴らしながら廊下を歩いてくる。


「明けましておめでとうございます!」

 とイクスとミリカもそれに応え、「おせち料理を作るの、手伝いますよ」

 とイクスが廊下を歩いてティアの元へと向かって行った。


 俺の家は千葉県の郊外にある。


 人口3000人位の小さな町だが、実はこの町自体を開拓したのが俺達だ。


 そして、俺はこの町の町長でもある。


 特に選挙を行って選ばれた町長という訳では無い。


 民主主義のこの日本において、選挙も無しに町長になるとは何事かと言われそうだが、そもそもこの町は、行政管理下にある町では無いのだ。


 日本政府の認可を受けて、ゼロからインフラを整備して開拓し、俺達が運営する会社、学校、住宅地、農地等を作った、いわば特別区として認定された「民営の町」なのだ。


 この町の名前は「吉亜町よしあちょう」だ。


 俺の家名、ヨシュアにちなんで名付けた訳だな。


 ゆるやかな傾斜地に広がるこの町は、成田空港と東京のちょうど中間あたりに位置している。


 俺達が広大な土地を買収し、そこに作った町なので、言ってみればこの町全体が俺の私有地と言える。


 この町に住みたがる者は多いが、この町に住む為には俺達の面接を受けて、認可を受けなければならない。


 住民が幸福を追求する為にも、俺達が構築したルールに従って生活をしなければならないという事だ。


 まあ、ルールについての詳細は省くが、大雑把に言えば「町単体で自給自足できる社会」と言えば分かりやすいだろうか。


 広大な農地では有機栽培しか認めておらず、農業従事者は手間暇をかけたおいしい穀物や野菜、果物などを作っている。


 肉や魚は町内では作られていないが、おいしい卵を得る為に、平飼いの鶏を沢山飼育している。


 他にも油を取る為の菜種なたね胡麻ごま、オリーブ等も育てており、町内で営業している食堂やレストランでは、そうした食材が使われている。


 それら飲食店の経営者は、全てイクスが指導して育てた者達だ。


 なので俺達は、おいしい食事を出前で頼んだりする事も出来る訳だ。


「そういえば、その大きな袋は何なんだ?」


 俺はミリカに訊いてみた。


「これは、初詣に行く為の皆さんの衣装を入れた袋ですよ」


 とミリカは言いながらほほ笑んだ。


 なるほど、さすがミリカだ。


 ミリカと言えば、世界のファッション業界では今や知らない者は居ないと言われる大物だ。


 プレデス星の技術力と、俺のアドバイス等をうまく組み合わせてゆき、肌に優しい新素材の生地や、刃物に強い繊維の生地等、地球の資源をうまく使って色々な製品を開発したのだ。


 今では日本中の警察官や自衛官の制服はミリカが作った高性能の生地が使われているし、それの少し廉価版とも言える生地などは、全国の小中学校や公立高校の制服にも採用されている。


 更に肌触りの快適さを追求した生地などは、世界中のアパレルブランドがこぞってミリカからの仕入れを要望しており、ミリカが開発した生地を使用した衣服には、デザイナー名とは別に、ミリカの名前が刻印される程だ。


「へえ、そりゃ楽しみだな!」

 と俺はミリカに言ってリビングに入る様に促し、玄関脇に置かれた大きな袋を両手で担いでリビングルームの隅に置いておいた。


「おせち料理の方はどうだ?」

 と俺はリビングの奥にあるキッチンに向かって声をかけた。


 するとイクスがリビングに顔を出し、

「ティアの下ごしらえがあったおかげで順調ですよ。皆さんが集まるまでには完成しますよ」

 と言って笑った。


 このイクスも実は只者ではない。


 学園では惑星開拓を行う際に、現地の動植物から新たな食料を創造する事を研究していた上に、地球での記憶を持つ俺からのアドバイスを受けて、様々な食材やオリジナルの料理法を編み出してきた。


 この地球においては、歴史の深い世界三大料理や和食程の技術は無いが、食材の確かさや調理技術の確かさ、更には栄養バランスが緻密に計算されている事から、日本国内においては大きな信頼を得ており、多店舗展開しているイクスが経営するレストランなどは、どこも予約でいっぱいなのだ。


「イクスがそう言うなら間違いは無いな。ティアとイクスの合作のおせち料理なんて初めてだからな。すげー楽しみだぜ」


 俺は笑顔でそう言いながら、まだ来ていない他のメンバーに向かって「あとどれくらいで到着する?」とデバイスで文字通信を行った。


 最初に返信があったのはライドだった。


「間もなく到着します。テラも一緒です」


 との事なので、ライドはテラともう家の前まで来ているのかも知れない。


 次にメルスから返信があり、


「遅くなってスミマセン。5分以内に到着予定です」


 という事は、日本人妻の優子さんの準備に手間取ったってところか?


 少ししてからガイアからも返信があり、


「スミマセン! 今起きたところなので、急いで準備して向かいます!」


 と慌てた様子だ。


 ガイアも俺と同じで前世の記憶を持つ男だ。


 俺がプレデス星に転生したのと同じ様に、ガイアとテラは同じ2018年のアメリカから、俺達が通った学園のあるクレア星へと転生したらしい。


 俺よりも先に転生した様で、この世界ではガイアは俺達より年上なんだよな。


 そういえば、前世はミシガン州の大学に通う学生だったらしいから、時間にルーズなのはその名残なごりなのかも知れないな。


 ガイアとテラは、クレア星では兄妹だった。


 前世ではガイアとテラは恋人同士だったらしいのだが、前世の2018年にバーベキューしていた時に暴漢に襲われ死亡し、何故かガイアが先に転生し、テラは後からガイアの妹として生まれたそうだ。


 テラは俺達と一緒に地球に来てから、ライドと結婚したんだよな。


 元々ガイアの恋人だったテラがライドと結婚した事で、ガイアはショックのあまり出家して、いまはキリスト教会の神父をしているのだが、神父ともあろう者がこんなに時間にルーズでいいのかね。


「明けましておめでとうございます!」

 という声が玄関から聞こえた。


 ライドとテラの声だ。


「よう、明けましておめでとう!」

 と俺は右手を上げてそう返し、二人の為にスリッパを用意する。


「遅くなってスミマセン。テラがなかなか起きてくれなくて・・・」

 と苦笑するライドは、つややかな黒髪を片手で掻き上げながら、申し訳無さそうに俺を見た。


「気にするな。テラとガイアが時間にルーズなのは、今に始まった事じゃない」

 と俺は言いながらテラを見ると、テラは肩をすくめて、

「ごめんなさい」

 と言いながら照れ笑いをしていた。


 コミュニケーション能力が高いテラだったが、有能で誠実、そしてテラへの思いやりに満ちたライドとの新婚生活は、すっかりテラを淑女しゅくじょに変えてしまった。


 環境は人を変えるものだ。


 この町を作ったのだって、俺が望む世界の住人は「心優しい人間達であって欲しい」という俺の望みを叶える為に、そうした人間の育成を行う為の環境を整える為だからな。


 そんな事を考えていると、デバイスでメルスから


「到着しました!」

 という通知が届いた。


 その後すぐに玄関扉が開き、


「遅くなってスミマセン! あけましておめでとうございます!」

 と言いながら、2人の赤ん坊をおんぶ紐で前後に縛り付けたメルスが、妻の優子と共に現れた。


「あけましておめでとう。さあ、子供が風邪を引いたら大変だ。早くあがってリビングに入ってくれ」


 俺はメルスと優子にスリッパを用意し、ライド達と共にリビングに入る様に促した。


「あ、メルスも到着したんだね」

 とキッチンから料理をリビングに運んでいるイクスが笑顔で応え、「優子さんもお元気そうで何よりですね」

 と優子にも微笑んでいる。


 イクスの後から両手で重箱を担いだティアが現れ、


「あ、みんないらっしゃい! 優子さん、荷物を置いたら料理を運ぶの手伝ってもらえる?」

 と、ティアはやはり現場の仕切りが上手だ。


「はい! お手伝いします!」

 と元気に応えながら、上着をリビングの隅にあるコートハンガーに掛けた優子は、ミリカが開発した生地で作ったベージュ色のセーターを着ていた。


 セーターの袖を捲って洗面所に手を洗いに行った優子は、そのままティアに促されるままキッチンへと吸い込まれて行った。


 俺達がリビングに並べた大きなテーブルの上にはどんどん料理が運ばれてくる。


 10人分の料理の割には随分と豪華だ。


 おせちの重箱が5つと、他にも刺身、寿司、えびフライ等がテーブルを埋めてゆき、今は雑煮をお椀に注いでいる様だ。


 俺はデバイスでシーナに

「みんな揃ったぞ、そろそろ降りて来れそうか?」

 と送ってみると、


「すぐ行くのです」

 と即座に返信があった。


 俺は一旦リビングを出て、廊下から階段を昇り、寝室の扉を開けた。


 するとマタニティドレスに着替えたシーナが、お腹を抱えながらベッドから立ち上がるところだった。


「シーナ、おいで」

 と俺が言うと、シーナは嬉しそうに俺の左腕に抱き着き、頬ずりを始める。


「明けましておめでとうなのです」

 とシーナが俺の腕に抱き着きながら新年の挨拶をした。


 俺は空いた右手でシーナの頭を撫でながら、指で薄いブルーの髪を解き、少し屈んでシーナの頭頂部にキスをした。


「明けましておめでとう」


 そう返した俺は、右手をシーナのお腹まで降ろして優しく撫でてやる。


「時々、胎児が中で動いてるのが分かるのです。これがショーエンと私の子供だと思う度に、すごく幸せな気持ちになるのですよ」


 そう言って顔を上げたシーナは、もう一度俺にキスをせがむような仕草を見せる。


「ああ、俺もとても幸せな気分だ」


 そう言いながら俺は、シーナの唇に自分の唇を重ね、シーナの頬に俺の頬をスリスリと擦り付けてから、


「さあ、料理も出来たし、そろそろ降りようか」


 と言ってシーナの手を引いて、ゆっくりと階段を降りて行ったのだった。


 リビングに入った俺とシーナの姿に、みんなが一斉に


「あけましておめでとうございます!」


 と挨拶をした。


「あけまして、おめでとうなのです」

 と返したシーナは、ミリカと優子の方を交互に見ながら「最近、すごくお腹が減るのです。これって普通の事なのですか?」


 と、出産経験のある二人に色々と教わりたい様子だ。


「そうね、シーナも赤ちゃんも健康な証拠ね!」

 と笑顔で応えた優子の言葉に、シーナも笑顔で、


「じゃあ、今日はいっぱいご馳走食べてもいいのですね!」

 と言いながらミリカと優子の隣の席に座った。


「ようし、じゃあ全員揃ったことだし、新年の集いを始めるか!」

 と俺はそう言いながら一番端の席に着き、


「じゃ、今年も宜しくな!」

 と言いながらグラスを持ち上げ、「乾杯!」

 と音頭をとった。


 幸せに満たされた1993年の元旦。


 みんなの笑い声と赤ん坊達の泣き声や笑い声。


 この幸せがいつまでも続いて欲しいと、俺は心からそう思った。


 そういえば・・・


 ガイアはまだ来ていないけど、寝坊するあいつが悪いんだし、別にいいよな。

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