5 記憶
(1)
山の方から体を撫でるように冷たい風が吹いてきた。
「付き合ってるよ」
こちらを見つめる友恵に向かって、そう答えた。
「そう……なんだ」
静かに呟く彼女にゆっくりと頷く。
学内にある杉見池という池のほとりだった。辺りが暗闇に包まれる中で、学園祭で使った照明機材を設営し、そこに70名ほどの実行委員が集まっていた。学園祭の打ち上げは、その場所に飲み物を持ち寄って思い切り騒ぐのが毎年の恒例になっている。皆それぞれが、無事に終わったことを互いに祝福しあう。これまで衝突したことがあったとしても、その日になれば全ては良い思い出に変わっていくのだ。
皆が集まっている中心から少し離れ、暗がりにある大きな杉の木の下に、遥人と友恵は立っていた。池の近くで大きな焚火をして、その周りで音楽をかけて盛り上がっている多くの実行委員の姿を、その場所から遠目に眺めている。
「まさか遥人が付き合ってるとは思わなかった。しかも、あんな可愛い子と」
「まさか、って。言い過ぎだろ」
反論すると、ハハハと軽い笑い声が聞こえた。彼女の方をチラッと見るが、直視はできない。彼女の気持ちを考えるからこそ、正直に答えておきたかった。
菜月とは、学部が異なっていることもあり、大学内ではほとんど会うことはなかった。ただ、アパート自体も近かったので、大学外では頻繁にお互いの家を行き来したり、買い物や食事にも行ったりしていた。菜月と一緒にいるときに友恵と出くわした記憶はなかったが、情報通の彼女のことであり、誰かから噂を耳にしたのだろう。
「竹内さんって、農学部だけじゃなくて、第2学部棟の中でも有名な美人だったのよ。告白した男の話もたくさん聞いてるし。学園祭の『ゆかコン』でもぶっちぎりで優勝したから、遥人と付き合ってるって知られたら、大変なことになるわよ」
そう言われてドキッとするが、事実なのだから仕方ない。
「菜月とは、同じ村の出身で、幼馴染なんだ。付き合ってるっていうか……ずっと一緒にいる兄妹みたいな」
「何よそれ。……でも、昔からお互いに好きなんでしょう?」
こちらをチラッと見る友恵の視線を感じながら、黙って頷く。
「——何か、羨ましいな。そういうの」
彼女は、明るい声でそう言って、杉の木の下から一歩前に出た。
「幼馴染で、同じ大学にいるなんて……勝てる訳ないよね」
「——ごめん」
「ううん……謝ることはないよ。私もこれで吹っ切れたから。……本当のことを教えてくれてありがとう。私、そういう遥人の正直なところが好きなんだ」
そう言われて、彼女の方を振り向く。
「さっ、私も幸せになるぞっ!」
こちらを向いた友恵は、ニッと笑った。彼女は笑っている顔が一番可愛い。それに頷くと、友恵はたくさんの実行委員が騒いでいる焚火の周りに颯爽と走って行った。
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