(4)
気がつくと、暗闇の中に
(どこだ……ここは?)
辺りには何の光も見えない。何の音も聞こえない。周りを見回しても、そこにあるのはただの暗闇だ。
その時、どこかから声が聞こえてきた。
(遥人——)
その声を聞いて、ハッとして立ち上がった。
「菜月!」
一瞬だけ聞こえた声の方向を探すが、そこには何も見当たらない。目を閉じて、耳を澄ましていく。
(遥人……私を……私の記憶を……)
「菜月! どこにいるんだ!」
見回しながら叫ぶが、何も見えない。すると、足元がぐらッと動いたような気がした。下を見てみると、暗闇の中で地面がグラグラと揺れているような気がする。
(何だ……これは)
激しい揺れに立っていることができない。すると、大きく地面が傾き、後ろ向きに落ちていくような感じがした。
「菜月! 菜月っ——」
どこまでも落ちていくような中で、必死に彼女の名を叫ぶ。
そこでハッとして目が開いた。天井と古い照明の姿が目に入る。体を起こそうとしたが、なぜか動かない。腕が後ろに回っていて、どうやら縛られているようだ。そして、視界の端に男が3人ほど立っている。
(助けて……)
そう言おうとしたが、口にも何かを巻かれているようで話すことができない。うう、と呻き声を出すと、その男の一人がこちらを向いてニヤッとした。
「もう少しおとなしくしていろよ。そうすれば、前みたいに全て忘れる」
男はそう言った。その時、その男の鼻の隣に目立つホクロがあるのに気づいた。それにハッとする。それは、前に自宅アパートで引っ越しをしていた男だ。夏休み前の7月下旬にしては珍しく引っ越しをしていた男だったので、よく覚えていた。
(どういうことだ?)
そう思いながら男たちを見つめていると、店の入口に人影が見えた。そして、「宅配便です」と声が聞こえる。
「そこに置いてくれ」
別の男がやや苛立った声で答えると、外から「分かりました。冷蔵品なのですぐに受け取ってください」という声が聞こえた。そして、人影が去っていく。
「チッ。何だよ、こんな時に」
男が言いながら、入口の引き戸を開けた。
すると、その男がドスンと音を立てて倒れ込んだ。次の瞬間、その男の向こう側から、あっという間に数人のグレーの作業着姿の男たちが乗り込んでくる。
「何だっ! お前ら!」
遥人の近くにいた男が叫んだが、作業着の男たちは無言でその男の腕を掴み、黒い塊をその体に押し付ける。すると、男はウッと呻いて床に倒れ込む。遥人を監視していた男たちはあっという間に全員床に倒れてしまっていた。
すると、作業着の男が遥人の隣に立った。
「助けに来た。もう少しおとなしくしてくれ」
それだけ言うと、遥人の目にアイマスクのようなものを付ける。視界が真っ暗になったが、体を誰かに抱き上げられて何かに乗せられたような気がした。そして、そのまま運ばれると、やがてガチャンと扉を閉めるような音が聞こえる。硬い床のような場所に寝かされたようだと思ったが、エンジンがかかる音が聞こえたので、どうやらトラックの荷台のようだ。それ以降は車が揺れる感覚とエンジン音しか聞こえなくなってしまった。視界もふさがれているためか、急激に眠気が襲ってくる。
******
「真月神社の神事?」
突然、菜月から言われて聞き返す。大学から少し離れた場所にあるショッピングセンターの中にあるファーストフード店だった。昼を過ぎて混雑のピークは過ぎているようで、そのテーブル席の両隣には誰も座っていない。
「うん。真月神社でね、昔から極秘で毎月やっている大事な神事なんだけど、私も成人したからやるように決まったの」
「そんなの全然知らなかった」
「村でも本当にごく一部の人しか知らないみたい。でも、昔から遥人のお母さんもやってたらしいよ。その手伝いを遥人のお父さんもしていたって聞いたけど」
「えっ、そうなの?」
確かに、母は度々夜に外出しているが、行先をいちいち聞くことも無かった。普段から父が家を留守にすることが多いため、その代わりに地域の集まりに引っ張られているのだろうと思っていた。それよりも、忙しい父までがその手伝いをしていることの方が意外だった。
「それでね。その神事自体は女の人がするらしいんだけど、男の人の手伝いがどうしても必要らしいの。遥人のお父さんも、それで手伝っていたみたい」
「そうなんだ。それで……僕が手伝うってこと?」
「そう。その手伝ってくれる男の人を選ぶには、2つ条件があるの。1つは、成人になっていること、もう1つは、既に結婚しているか、結婚を約束していること」
「——!」
思わず飲んでいたコーラを吹き出しそうになって、ゲホゲホと咳をした。その様子を見て、菜月は笑ってこちらを見ている。
「だから、遥人。この前、遥人も20歳になったでしょう?」
「そう……だね」
そっちじゃないだろう、と思いながら、普段から天然なところがある菜月のことを想って可笑しくなる。
「ええと……何か準備が必要なのかな?」
そう言うと菜月は首を振った。
「大丈夫。特に何もいらないって。私は巫女のような衣装を着るみたいだけど、男の人は服装も特に何でもいいらしいよ。仕事をしている人はスーツらしいけど、遥人は学生だから私服でいいんじゃない」
ふうん、と頷いて再びコーラを飲む。菜月が巫女のような恰好をしたところを想像する。細身で身長も高いから似合うだろうな、と思った。
「その神事は大事なものだから必ず毎月するらしいよ。だから、その時は村に帰らないといけないけど、交通費はもちろん、1回で10万単位の手当も出るって」
「じゅ、10万!」
遥人は思わず声が大きくなる。実家の方でそんなに割の良い仕事があるなら、しかも菜月と一緒にその仕事をできるのなら、大歓迎だ。
「遥人も夜勤のバイトをするより、健康的じゃない? 講義に起きられずに欠席することもなくなるでしょ。その代わりしっかり勉強してね」
「頑張ります。どっちも」
遥人が頭を下げると、菜月はフフフと笑った。
******
どのくらい時間が経ったのだろう。気が付くと、固い床の上に横になっていた。起き上がって辺りを見回すと、どうやらトラックのコンテナの中のような空間で、目の前に見える扉が少し開けられていて、そこから明かりが漏れている。すぐ脇には持ってきた黒いリュックだけが残されているが、その他には誰の姿もない。遥人は立ち上がり、正面の扉をそっと開けた。
そこは、地下駐車場のようだった。その時、ポケットに入っていたスマホが音を立てて着信を知らせた。画面には、知らない「090」で始まる番号が表示されている。
「……はい」
地下空間で自分の声が響くような気がする。
『久しぶりじゃないか』
電話から男の低い声が聞こえた。遥人は頭を押さえながら尋ねる。
「誰——?」
『フフ……お前、寝起きはいい方だったはずだがな。夜勤のバイトで生活リズムがおかしくなってるんじゃないのか?』
声には全く記憶がない。誰だろうと思いながら、急にハッとした。
「父さん、か……?」
『……どうかな? その記憶はないんだろう?』
相手は嘲笑うように言った。
『どうだ? 俺や水月との……いや、真月村での記憶が欲しいか?』
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