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 実行委員の活動は、学園祭の準備期間に入る5月頃から始まり、企画の内容は7月までに決める。細かい準備は、夏休み半ばの9月初め頃から一気に進めて11月の当日を迎えるようなスケジュールだ。大体、何をするのかを決めるのが重要で、後はそれに従って進めるだけなので、当日まで常時忙しい訳でもない。今年は既に、メンバーの1人が紫峰大学出身で、最近人気の出てきたバンドのライブをメイン企画とすることが決まっていた。その他には例年どおり、学生が出店する模擬店や、部活・サークルによる展示・発表などが予定されている。


 実行委員会はただ学園祭を準備するだけではない。総数百名を優に超える委員たちは、基本的にイベント事が好きな学生が多い。しかも、学園祭が終われば翌春までの約半年間の休眠期間は委員の仕事としては何もない。だから、その休眠期間や委員の仕事の合間には、「夜中に東京にラーメンを食べに行く」とか、「海まで花火をやりにいく」といった各種イベントが随時企画される。大体は直前の思いつき、そしてもちろん出欠も自由なこともあって、実行委員としての活動よりもそういうイベントだけ参加する「幽霊委員」も多いのだ。しかし、そういう機会を通じて、委員同士は仲良くなり、中には付き合い始める委員もかなりいる。


 その日の「夏コン」も夏休み初めの恒例企画だった。単に夏休み初めのコンパという意味だが、夏休みを楽しく過ごすための景気づけにもなっていて、例年多くの委員が集まるイベントだ。その日は30名程の男女が集まっていて、いわゆる「幽霊委員」である名前の知らない学生も何人も来ているようだ。


「よう、遥人」


 大森が隣に座ってきた。


「あっ、昨日はありがとうございました」


「いいんだよ。それより、分かってるよなあ」


 大森がニヤッとして別の方を向いた。そこには友恵が別の女子の先輩たちと楽しそうに話しているのが見える。大森は再びこちらを向いた。


「な、何ですか……」


「さあ、聞こうじゃないか。お前ら、いつの間に付き合ってたんだよ。この俺も全然知らなかったぞ」


「い、いや……」


 大森が顔を寄せる。その後ろから別の男が近づいてきた。


「はーるとう!」


 大森よりがっしりとした体の男だった。いい感じに酔っているらしく、バシンと遥人の肩を叩く。農学部3年生の田村先輩だ。


「うちのマスコットの友恵を連れて行ったのは、やっぱりお前だったか! それにしても、我が農学部の奴らも情けない」


「おい、田村。お前も農学部じゃねえか」


「俺のことはいいんだよ。遥人なら何の文句もない。……それにしても、娘を取られたような気持ちだあ!」


 田村がその大きな手で顔を隠して泣く真似をするので、周りに他の委員達も近寄って来た。


「田村さん! いいじゃないですか。私と飲みましょうよ」


「俺だってまだ募集中ですよ。ああ! 誰か俺と付き合ってくれ」


 学生達が田村の周りを囲んでいくと、田村も満面の笑みで彼らに答えた。


「やっぱり持つべきものは実行委員の仲間よ! じゃあ、乾杯するぞ」


 田村がジョッキを掲げると、いつの間にか10人近い委員が同じように手を掲げて乾杯した。田村は友恵と同じく、3年生の中のムードメーカーだ。周りの皆も楽しそうに飲んでいるのを見て、さすがだと思う。


「それにしても、一体、どっちから告白したんだ?」


 田村が改めて尋ねてくる。


「告白?」


「ああ。やっぱり、友恵か?」


 そう尋ねられて、思い返してみる。


(あれ……?)


 なぜか頭が痛い。そのことを思い出そうとしただけなのだが、急に頭が痛くなってきた。少し飲み過ぎたのだろうか。


「どうしたの?」


 友恵が田村の隣に座った。


「おっ! 来てくれたなあ」


「もう。田村さん。飲みすぎですよ」


 友恵はそう言いながら近くにあったグラスに氷を入れ、焼酎を水で割り、田村に渡す。


「友恵! やっぱり、お前が告白したのか」


 田村が尋ねると、友恵はチラッと遥人の方を見てから答えた。


「そんなの、どうでもいいじゃないですか」


「良くない! 知りたいんだ、俺は」


「じゃあ、私……ってことで」


 ねえ、と言って彼女は遥人の方を向く。それにドキッとしながらも、遥人は少しだけ頷いた。


「そうか。そうだな。まあ、いいんだ! さあ、乾杯」


 田村が楽しそうに言うと、再び周りの委員たちが「田村さん、乾杯!」と言ってジョッキを上に掲げた。



 飲み会が終わると、友恵は「一緒に帰ろうよ」と言って遥人の隣に来た。今日の居酒屋から友恵の住むアパートに帰るには、遥人も方向は同じだ。


「じゃ、帰ります!」


 大声で友恵は言うと、皆の視線が集まる。歓声を背にして、遥人は友恵と並んで歩き出した。


「やっぱり、委員会のメンバーっていいよね。全然気を使わないで済むし」


「うん。そうだね」


 遥人が答えると、友恵はそっと手を繋いできた。アルコールの入った頭ではあるが、その手の感覚をはっきりと感じる。暗がりの道を2人で黙って歩いていくと、どこかのアパートから学生達の歓声が聞こえてきた。夏休みに入り、皆それぞれ楽しんでいるのだろう。


「そう言えば、お盆って帰省するの?」


「いや。母さんがこっちに来るんだ」


「あっ、そうなんだ。いつ?」


「明後日。一泊で帰るらしいけど」


「どこかに連れてくの?」


「それが……まだ何も決めてなくて」


 そう答えると、友恵はため息をついた。


「せっかくだから、水戸の偕楽園くらいには連れて行ったらどう? あっ、それと、明後日なら私バイトだから、ウチのファミレスに連れてきてくれたら、何かサービスするけど」


「あっ、ありがとう」


 友恵に素直にお礼を言うと、彼女は笑顔で返した。いつの間にか、彼女のアパートの前まで来ていた。


「じゃ、またね」


 彼女はそう言って遥人に近寄り、そっと抱きついた。その手が背中に回るのを感じる。


「——今日、泊まる?」


 彼女が胸元で呟いた。ドキッとして、遥人は思わず彼女の背中にその手を回す。


 すると、友恵がハッとしたように顔を上げた。


「あっ——」


 彼女が急に体を離した。


「ど、どうかした?」


「ううん……ごめん。ちょっと、頭痛いわ。飲み過ぎたのかな」


「大丈夫?」


「うん。じゃあ、帰るわ」


 彼女はそう言って、「またね」と手を振ってアパートに戻っていく。彼女は振り返らないまま、その部屋のドアを開けて姿を消した。

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