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自宅アパートに戻って少し横になったつもりが、目が覚めると翌日になっていた。やはりかなり疲れが出ていたようだが、ゆっくり寝たおかげなのか、前日のような悪寒は全く無くなっていた。
その日から実質的な夏休みになっていたが、軽い朝食を食べてから、遥人はペデを大学に向かって歩いていた。講義ではなく、毎年11月に開催する学園祭に向けた実行委員の仕事をするためだ。
学園祭実行委員会は、3年生が務める委員長と副委員長をリーダーとして、2年生が資金管理、イベント企画の調整、広報、設備調達、模擬店準備などの部署の「部長」を務めている。これら委員会の幹部は、毎週土曜日のミーティングで進捗確認を行っている。夏休みの後半である9月からは一気に忙しくなるためたくさんの委員が集まることになるが、夏休みの前半はまだ忙しくはないので、一般の委員の参加は任意となっていた。
実行委員会室は第一学部棟の少し奥のサークル棟という3階建ての建物の2階にある。音楽系や演劇系など、室内での活動場所が必要なサークルがそれぞれ部屋を持っていて、普段から学生の出入りが多い場所だ。学生達の声や楽器の音などが聞こえる中で階段を上がっていく。
「おはようございます」
入る時間帯に関わらず、その日初めてそこに入る場合はそう挨拶するのが実行委員のルールだ。
「おっ。今日は早いな。お疲れー」
副委員長を務める3年生の大森が長机に置いたモバイルパソコンから顔を上げて応えた。彼はかなり人懐こい人物で交友関係も広い。他にも「部長」である同級生やその他の実行委員が何人かいて「お疲れさま」と挨拶してきた。そこには既に15名ほどの人間がいる。
遥人は、そこにある長机の一角の空いている椅子に座り、モバイルパソコンを立ち上げた。今年、遥人は「模擬店部長」を務めていて、学生側に関係の深い模擬店の配置案や準備フローを作っている。作業はネットが繋がっていればどこでもできるのだが、委員会室にいれば他の部署の委員と相談できるほか、ザワザワとした中で皆と雑談しながらやる方が仕事も進むし、実際楽しいので、基本的には委員会室で行っている。モバイルパソコンで資料を作りながら、学生側からの照会対応や資材の調達先への連絡などもあり、やる事は意外に多い。ただ、同じ部の1年生や2年生ともうまく分担できているし、雰囲気も良いので、委員会の仕事はかなり楽しんでいた。
模擬店部の委員たちと打ち合わせが終わり、自分のパソコンに向かい始めた時だった。
「遥人っ」
後ろからポンと肩を叩かれた。振り返るとそこに友恵が立っていた。彼女は隣の空いていた椅子に座る。
「順調?」
「ああ、まあまあ。そっちは?」
「うん。まだそんなに忙しくないかな。ウチは9月から本格稼働だけど、SNSだけじゃなくて、PRできるメディアを探してるところ」
友恵は委員会の広報部長をしている。彼女は持ち前の積極性で、1年生の時から周辺の様々な店に飛び込み営業をかけ、学園祭の案内と、パンフレットへの店の広告掲載料としての寄付金集めで、かなりの成果を上げていた。広報の仕事は、SNSでの発信はもとより、パンフレットやチラシを人通りの多いショッピングセンターなどで配ったり、様々な場所でとにかく学園祭をPRすることだ。だから、ある程度、学園祭の準備が進まないと内容のPRができないため、7月のこの時期はまだやることは少ない。
「あのね。相談なんだけど」
彼女が小声で言った。それに「何?」と答える。
「もう少し先でもいいんだけど……どこか遠くに旅行にでも行かない?」
「旅行?」
「うん。だって、付き合ってからあんまり遠くに行ってないなって思って。8月まではどこも多そうだけど、9月くらいなら少し人も減るんじゃないかなって。委員会の仕事はあるけど、2、3日なら何とかなるでしょ」
ハッとして彼女の顔を見つめた。確かに彼女の言う通り、2人で遠くに行ったことはない。
「私、9月初めはワンゲルの合宿で北アルプスの方に行くけど、その後は空いてるから……遥人はどう?」
「ええと……バイトならまだ調整できると思うけど」
「良かった。じゃあ、私の方でちょっと考えてみてもいい?」
「あ、うん……」
それだけ答えると、彼女は満足そうに笑顔を向けて、自分の席に戻っていった。
(旅行か——)
パソコンの画面を見つめながら胸がドキドキとするのを感じる。その時、ふと顔を上げると、大森がこちらを向いてニヤッと笑ったのに気づいた。
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