第四十二話 飛剣舞う
――時系列は少し前に遡る。
レイアは中肉中背の男と何合か打ち合っており、手が痺れて危うく剣を落としてしまいそうだった。だがそれを堪らえて剣を改めて握り直した。互いにやや疲労が見え隠れしており、息を切らしている。
「ふんっ!」
相手の剣先が大きくなり、突然レイアの視界を覆ってきた。
上半身を大きく反らして攻撃を避けると、濃い茶色の毛先が一部切れ、宙を舞った。
その姿勢のまま身体を回転させたレイアは、剣先を思いっきり前方へと突き出した。
相手もレイアに向かって剣先を突き出してくる。
剣が交叉し、切っ先がレイアの肩のあたりを引き裂いた。
血が一筋飛び、顔を若干しかめる。
それと同時に彼女の剣は相手の右鎖骨下辺りを貫いていた。念のために顎を下から拳で勢いよく突きあげておく。
「がっ……!!」
中肉中背の男は胸から血を吹き出し、床へと倒れ込んだ。剣が転がり落ち、周囲に硬質な音が響き渡った。
「急所は外した。あんたは殺さないから、安心しな。だがしばらくは大人しくしていろ」
少し息を切らしながらそう言い放ったレイアは身を翻し、戦闘中の仲間の元へと走った。彼女の行く先ではアーサーが相手のひょろりとした男と床に転がり、取っ組み合いをしていた。ぼきりと鈍い音が響いた途端、凄惨な悲鳴が上がった。
「悪いな。つい焦ってあんたの利き腕を折っちまった。心配せんでも生命まではとらねぇよ」
痛みでのたうち回っている男を尻目に、むくりと身体を先に起こしたのはアーサーだった。転がってる自分の短槍を拾いに行く彼に向かってレイアは軽くため息をつきつつ、声をかけた。
「お前が相手の腕折っちゃうなんて、珍しいな」
「あの男の槍を折ったら、突然掴みかかって来たんだ。押さえ込んでたらつい手加減出来なくなってな」
「そうだったのか。己の得物が折れた時点でお前の勝ちなのにな。それは仕方がない」
レイアが視線を別の方向に向けると、アリオンが横幅のある大柄な男と剣で応戦していた。見た感じ、五分五分の状態だった。
「あんたが噂の王子か。そうしていると見た目人間とそう変わらないんだな。その綺麗な顔に傷を付けるのは、男の俺様でも何だか忍びない」
「悪いが、そなたとゆっくりと話している時間はない」
「そうか。そいつはつれないな」
「こちらは四人だが、そちらは五人。誰かがいち早く手を空けねばならないからな」
重量でいくとアリオンが相手している男の方が、横幅に広く大柄な分、明らかに優位だ。時々押してそうで、押されているようにも見える。
「時間がない……それじゃあ、お望み通りさっさと終わらせてやる」
そう言い終わるや否や、相手の剣先が金茶色の瞳を狙って迫ってきた。切っ先はどんどん近付いて来るが、アリオンは何故か微動だにしない。その時だった。
「はあっ!!」
裂帛の気合が耳朶を打った。アリオンの剣が、相手の剣を叩き折ったのだ。
「何……!?」
相手の剣を折った勢いそのまま身体を回転させ、太い首の延髄辺りにポンメルを叩き込んだ。傍から見ると、ワルツを踊っているかのような華麗な動きだった。
「ぐあ……!!」
大柄の男は地響きを立てて床にどうと倒れ込んだ。白目をむいている。レイア達は五人中三人を抑え込むことに成功した。
残る一人によってセレナが狙われていたのは、丁度その時だった。
⚔ ⚔ ⚔
どうやら五人目の男がスリーブアローで放った数矢の矢がセレナを襲ったようだ。それに気付いたアーサーが彼女を押しのけたため彼女は無事だったが、一矢だけは避けられなかった。彼の腕に突き刺さっている小さな矢を引き抜くと、赤い血がぷっくりと盛り上がり、褐色の肌の上を伝い流れ出してくる。
「アーサー!! 待って、今手当するから……」
セレナは顔色を変え、目に涙を浮かべている。動揺が隠せていないようで、身体が小刻みに震えているのが傍目で見ても良く分かる。ポケットに隠し持っていた持ち歩きようの傷薬を出そうとする手を、彼女より大きな手が止めた。
「……セレナ、俺のことはいい。自分の持ち場に戻……」
「アーサー? 一体どうしたの!?」
突然口を閉じたアーサーの目の色に異変を感じたセレナは、彼の瞳の状態を確認した。瞳孔が開いていて、呼吸が浅くなっている。これは明らかにおかしい。考えられることはただ一つ。
(これはまさか……毒矢!?)
「俺は小柄な小娘を狙ったのだが、まさか槍使いの方に命中するとは思わなかったな」
「どうしてこんな真似をするのよ! 卑怯じゃないの!」
アーサーを傷付けただけでも腹ただしいのに、自分が彼の弱点扱いされたことに対して、腸が煮えくり返る思いがした。セレナは頭を剃りあげた男をきっと睨みつけたが、相手は無表情のまま言い放った。
「先ほど言ったが、我々は王からお前達を始末せよと命じられている。目的遂行のためには何でもやる。ただこの槍使いに関しては、我々の方に来ぬなら意地でも寝返らせるように一手を打つか、殺せと命じられていた」
「……!」
「見たところ、その槍使いの弱点がお前だと思ったから、真っ先に狙った。まさかお前を庇って彼が自ら餌食になるとは思わなかったがな。まあ、こちらとしては一気に片付くなら手間は省けて良い」
「あなたねぇ……!!」
食って掛かりそうになるセレナの肩を背後から掴む者がいた。びくっと震えた彼女が後ろを振り返ると、レイアとアリオンの二人の顔があった。二人共、己の相手を倒してきたばかりのようで、軽く息が上がっている。
「セレナ。アーサーは僕に任せて、君の持ち場に戻ってくれ」
「その毒矢男は私が相手する。セレナ、アリオンを信じて!!」
「……うん……分かった……!」
二人の顔を見たセレナは頷き、名残惜しげにアーサーに視線を送った後、小柄な男と再び対峙した。
「貴様……アーサーの敵は私がとる。覚悟しな!」
「お前が相手か。良いだろう」
頭を剃りあげた男は、矢筒を懐に直した。
⚔ ⚔ ⚔
――ずっと一人で抱え込もうとしないで。あなたの悪いところよ。このままだと、あなた自身が擦り切れてしまうわ……――
(分かっているんだ。セレナ。頭じゃ分かっているのだが、俺はついやってしまうんだ……)
――あなた一人で問題を背負うんではなくて、私は一緒に背負いたいの――
(セレナ。君が想ってくれているほど、俺は大した人間じゃない。君に相応しい人間は他にいるはずだ……)
アーサーがふと気が付いて目を開けると、パライバ・ブルーの瞳が見えた。どことなく、身体がだるい気がする。
「……? ……アリオン……?」
「もう少し動かないでくれないかアーサー。固定が出来ない」
「……分かった……」
「……よし。これでどうかな。もう動いても大丈夫だ」
ゆっくりと身を起こしたアーサーは、真っ先に左腕に目をやると、真っ白な包帯が巻かれ、几帳面に結んであるのが目に止まった。アリオンは何やら片付けていたが、それはセレナがいつも持ち歩いている応急処置のセットだった。その中身は彼女お手製の薬草瓶やら軟膏やら包帯といった類のようだ。
「君は毒にやられていた。矢じりに毒を仕込んであったようだ。セレナの道具だけでは足りない分は僕が“力”で補っておいたから、もう大丈夫だろう」
アーサーは毒矢で中毒を起こしかけていたのだ。セレナの持つ傷薬は応急処置には対応出来るが、残念ながら解毒効果はない。アリオンが“力”による浄化作用で可能な限り解毒を行い、矢傷治療はセレナの傷薬の力に委ねることにした。迅速な対処のおかげか、思っている程“力”を消費せずに済んだようだ。
「……アリオン。悪いな。手を煩わせてしまって」
「気分はどうだ?」
「少しふらつくが、大丈夫だ」
「そうか。本当は安静にした方が良いのだが、難しいな。それと、セレナが心配していたから後で安心させてあげてくれ」
「……そうだな。毒矢にやられるのは久し振りだ。相手を意地でも守らねばと思うと、つい身体が勝手に動いてしまうものだと、改めて思う。心配させてしまった詫びをいれないと」
あの時、セレナが狙われていたのにいち早く気付いたアーサーが、己の相手の腕を折った後、急いで駆け付けた。余裕がなさすぎて身代わりのようになったが、もし数秒でもずれていたら確実にセレナの細い首は、毒矢の餌食になっていただろう。今考えただけでも背筋が凍りそうになる。
(アーサーも、気持ちを素直に伝えれば良いのに)
やれやれと思いつつ、アリオンはレイアが立ち向かった方向に視線を向けた。
⚔ ⚔ ⚔
小柄な男とセレナの対決はまだまだ続いていた。何合か打ち合った後、互いに後方へと跳びすさった。あちこち切り傷や裂傷があるが、不思議と痛みを感じなかった。
「あんたを庇った奴、ひょっとしてあんたの恋人か?」
「そ……そんなんじゃないわ! ただの幼馴染みよ」
「そうかい。ただの幼馴染みがあそこまでしてあんたを助けるとは思えんがな」
「うるさいわねぇ! 戦いに集中したらどうなの!?」
神経を逆撫でされて余計に苛立つ彼女に対し、相手の男は懐から何かを取り出し、彼女に向かって投げ放った。
それは小さな両刃がついており、ギラリと鈍い光を放っていた。
八本の刃がセレナを目掛けて飛びかかってゆく。
「やあっ!」
それに対し、セレナもポケットから素早く何かを取り出し、相手に向かってスナップをきかせて投げ放った。それは複数本の小さな剣だった。
激しい金属音が鳴り響き、セレナを襲ってきた小さな兇器達は、彼女が放った小さな剣により次々とはじき落とされていった。彼女を仕留め損なった刃で髪留めが切れ、赤褐色の髪が解けて広がった。
「何!?」
セレナが投げ放った複数本の小さな剣は、今度は小柄な男を襲った。
彼女は剣を二段階に分けて投げていたため、小柄な男が放った刃を弾き落とした衝撃で床に落ちても、二投目の剣が残っていた。
思わぬ反撃で、彼は逃げそこねて床に倒れ込んだ。
カカカカカカッ! と軽快な音を立てて、小さな剣達は小柄な男を衣服ごと床に縫い付けた。
彼は何とかして剣を外そうともがくが、両手両足としっかり固定されており、思うように動けない。
そんな彼を見下ろしつつ、セレナはポケットから薬瓶を取り出した。黒ずんでいて、中身が見えないのが余計に恐怖感を煽られる。
「そんなに怖がらなくても大丈夫よ。殺しはしないわ。ただ、あなたにはちょっとの間眠ってもらうわね」
セレナは蓋を開け、床に貼り付けとなった男の上から瓶の中身を振りかけた。真っ白な粉がさらさらと舞い、否が応でも吸引せざるを得ない環境に置かれた彼は、数分すると動かなくなった。瓶の中身は彼女特製、護身用の睡眠薬である。いつの間にか豪快ないびきが聞こえてきた。
(これで一段落ね)
薬瓶の蓋を閉めた彼女はそれをポケットにしまい、眠りこけた兵を乗り越えてアーサーの元へと急いだ。
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