第425話 公園


「【ブースト】」


 加速魔法を発動させると、俺とセレスティーヌの身体は、さながら魚雷の如き速さで、海中を駆け抜ける。


 眼下に広がるマーレス王国の街並みが、めまぐるしく移り変わる。


「ちょ、ちょっと待って!待ってよ、レイ!」


 慌てたようなセレスティーヌの声に、俺は【ブースト】を一旦ストップさせ、振り返る。


「どうかしたか?セレスティーヌ」

「どうもこうも・・・・・・ちょっと速すぎよ、レイ。そんな急がなくてもいいじゃない」

「でもさ、出来るだけマーレス王国内をたくさん見学したいって言っていたじゃん」

「確かに、そう言ったけれど・・・・・・だからといって、速すぎるのもイヤよ。というか、今のスピードにレイは、ちゃんとついていけたわけ?」

「うーん・・・・・・それはだな・・・・・・」


 言われてみれば、何も覚えていない。これでは、何も見ていないに等しい。


「レイはどんな魔法でも使い放題だから、認識能力とか上げられるのかもだけれど・・・・・・でもさ、もうちょっとゆっくり動いて、時間を優雅に使おうよ」


 セレスティーヌの言葉に、俺は深く頷く。スピード、スピードというのは、俺もあまり好きではない。


「よし分かった。それじゃ、もう【ブースト】は使用しないで・・・・・・とりあえず、あの辺り見てみないか?」


 街の一角にある、開けた場所を指さす俺。セレスティーヌは「いいわよ」と返してくる。


 それじゃ、出発、と。俺たちは、その開けた場所へと向かう。



「これって、公園かしら?」

「たぶんな」


 海中都市というだけあり、俺たちが普段見知ったような陸の公園とはだいぶ違うが、セレスティーヌの見立ては間違いなかろう。


 その広場は、中央に人魚の女神様のような石像が鎮座している。その周りには、遊具と思しき、金属製の棒で構成されたオブジェ等が、あちらこちらにふわふわと浮かんでいる。そして、それらに群がって遊んでいるこどもたちの姿が見られる。


 また、ここは海の中ということもあり、魚の群れもあちらこちらで泳いでいて、それもまた、こどもたちの遊び相手となっている。


 あるいは、巨大なマンタのような生き物を連れ歩いている人もいる。ペットの散歩だろうか。


「・・・・・・のどかなものね」


 ぽつりとそう漏らすセレスティーヌに、俺も相づちを打つ。


「ああ。海の中、ていうだけでリーティア王国と少しも変わらないな」


 しばしの静寂の後、セレスティーヌが小さな声で、俺に訊いてくる。


「レイのいた前世も、公園はこんな感じだったの?」


 唐突に投げかけられたその問いに、俺は少しだけ考え込み、そして答える。


「・・・・・・ああ。といっても、海の中じゃなくって地上だったけれど。おおむね、同じ感じだったよ。こどもたちが遊んだりして」

「そうなんだ・・・・・・」


 またしても、俺とセレスティーヌの間に、言葉が途切れる。だが、不思議と気まずくないのは、俺たちの間にこれまで醸成されてきた信頼のおかげだろうか。むしろ、心地の良い沈黙だった。


「・・・・・・ひょっとしたら一週間後、イグマディアの侵略で、この平和な景色もなくなっちゃうかもしれないんだよね」

「・・・・・・そうはさせないさ。俺の、いや、俺たちの力で、防いでみせるさ」


 多少の強がりを自覚しつつも、俺は確信をもってそう返す。


「・・・・・・ふふふ、レイったら・・・・・・もちろん、私もなにひとつ不安になんて思ってはいないけれどね。レイの、いいえ、私たちグレートパーティみんなの力で、イグマディアなんかやっつけちゃおうね」

「そうだな」


 俺たちは、確かめ合うように、そう言うのだった。

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