第100話 小さな決意


「奴隷市場については、それとなく話には聞いていたけれど・・・・・・まさか、そんな悲惨な状況だったなんて・・・・・・」

 旅行家のアリスは、ルミナの壮絶な生い立ちに声を詰まらせる。


 一同、ルミナに同情を寄せる。


 しばしの静寂の後、口を開いたのはソフィアだった。

「ねえ、ルミナちゃん。これからどうしたいかな?確かにわたしたちは、あなたを“購入”したから、ご主人様って立場だけれど・・・・・・別にあなたを奴隷の如く扱う気は微塵もないからね。家に帰りたかったら、レイが【瞬間移動】で送ってあげるけれど」


 ルミナは、黒く澄んだ瞳で、俺たちをゆっくりと見回し、返答する。


「いえ、皆さん。ご好意は痛み入りますが、それは無理です」

「どうして?」


 ルミナはうつむき加減に、悲しそうに言葉を紡ぐ。


「仮に戻ったとしても、アシード国の政府にバレてしまい、また売り飛ばされる可能性があります」

「そっか・・・・・・」


 色々とひどい国だな、そのアシード国ってのは。


 ソフィアは意を決したようにルミナに向き合う。

「じゃあさ、ルミナちゃん。うちに住まない?」


 ルミナは無言で、驚いたような視線を返す。それに応じるかのように、ソフィアは話し出す。

「ひとまずここアルカディア荘にいたらさ、わたしたちが最大限のお世話してあげるよ」

「でも、いいんですか・・・・・・?皆さんだって、ご迷惑じゃ・・・・・・」


 ソフィアを始め、その場にいた全員が一斉に首を振る。


「大丈夫。部屋はまだ空き室あるし、住んじゃいなよ」

「でも・・・・・・」


 ルミナはしばらく躊躇していたが、俺たちの粘り強い説得に、最後は頷いてくれた。


「分かりました。皆さん、よろしくお願いします。本日からお世話になります、ルミナ・レーヴェです」

 深々と頭を下げるルミナ。


 こうして、また一人、アルカディア荘に住人が加わった。

 

 それから、俺たちはささやかな歓迎会やらなんやらして、ルミナの部屋の掃除も行い、彼女が無事ここでの生活を始められるように手はずを整えた。


 その夜。リビングにお茶を飲みに来た俺は、偶然セレスティーヌと鉢合わせた。 

「セレスティーヌも、何か飲みに来たのか?」

「ええ。喉が渇いちゃってね。お茶頂けるかしら?」


 俺はセレスティーヌ専用のコップを戸棚から出し、薬缶からお茶を注ぎセレスティーヌに手渡す。

「ほい」

「ん、ありがと」


 セレスティーヌはソファに腰掛けて、ちびりちびりとお茶を口にする。俺も正面に座る。


「・・・・・・またパーティメンバーが増えたな」

 俺はなんとなく話を切り出す。


「ええ、そうね。いいことじゃない」

「でもなあ・・・・・・ルミナの身の上話、ちょっと衝撃的だったよ。国が国民を奴隷として売るなんてさ」


 ホント、胸糞悪いよな。


「いっそのことさ、そのルミナのアシード国とかに殴り込みにいって、そんな腐った政府滅ぼしてやろうかな、て考えたよ」

 セレスティーヌは静かに俺の言葉を受け止めてくれる


「レイ、その気持ちは痛いほど分かるけれど・・・・・・アシード国ひとつをやっつけたって、解決にはならないわよ」

「どうしてだ?」


 疑問に思う俺。セレスティーヌは、コップに残っていたお茶をくいっと飲み干すと、俺の方を見る。


「そもそもね。この世界において、奴隷産業は一国のものじゃないのよ。無数の国々の無数の会社が複雑怪奇に絡み合って、巨大な国際奴隷通商連合を形成しているのよ。アシード国を叩いても、連合にとっては、大した損失じゃない。せいぜい奴隷の供給地が一つ失われただけ、てことになる」

「だけどさ!」


 思わず勢いに任せて立ち上がる俺。


「だったら、そんなクソみたいな産業そのものぶっ潰したいよ俺は・・・・・・せっかく、魔力無限なんだし・・・・・・」


 セレスティーヌはそっと立ち上がり、俺の肩に手を置いてくれる。

「うんうん。でもね、レイ。今はじっと我慢して様子見しておきましょう。私の見立てでは、そう遠くない未来に奴隷産業は社会的に立ちゆかなくなる。ね?そのときに大暴れしたらいいじゃない」


 セレスティーヌを見る。穏やかな、慈愛に満ちた顔。


 様々な感情が俺の胸中にせめぎ合っていた。


「分かったよ。今はまだ行動を起こしはしない。でも、必ずこんなシステム潰して、ルミナが故郷に帰れるようにする」


 決意、と呼ぶには弱い気がする俺の言葉。 だが、セレスティーヌはその言葉をしっかりと受け止めてくれた。


「そうそう。そのときは、私も助太刀するわよ」


 セレスティーヌの声が温度を持っていて俺を暖めてくれるような気がした。


 俺は顔を上げて、精一杯の虚勢を張る。

「セレスティーヌ、必ず俺の隣にいてくれよ」

「ええ、もちろんよ」

 微かに表情を綻ばせるセレスティーヌ。 


 いつか、必ず。この世界を変えてやる。俺はそう堅く誓うのだった。

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