第81話 秘密の場所


 ギルドから出た俺たちは、歩道をゆく。


 ギルドの界隈は人の往来が多く、様々な種族・職業の者たちが自分たちの目的地へと向かっている。


「レイ、こっちこっち」

 先を歩きながら、セレスティーヌは俺を先導する。俺は彼女に従い、ついていく。


 ギルドがあり、普段俺たちが活動している都市・王都スレミア。今更だけれど、都会だなと感じる。立ち並ぶ建物自体はそこまで大きくはないが、街全体から溢れる活気や賑やかさは、まさしく首都のそれだ。


 十五分ほど歩いた。セレスティーヌは俺の袖を引っ張る。


「レイ、さあここだよ。中に入って」

 俺は言われるままに、セレスティーヌの指し示す建物に入る。


 そこそこの大きさの部屋。その中央部に、簡素なドアが一枚あった。


 俺とセレスティーヌは、そのドアを開ける。小さな何もない空間が広がっていた。


「最上階へお願いします」

 セレスティーヌが唐突にそう言う。不意に、ガタンという音がした。


 ギリギリという音が聞こえてくる。微かな浮遊感を感じた。


 キョロキョロと辺りを見回す俺を、セレスティーヌは覗き込むように見てくる。


「あれ?レイ、エレベーターは初めてだった?」

「エレベーター?いや、そんなことはないが。前世では、しょっちゅう乗っていたし」

「そうなの?ならよかった」


 つーか、この世界にもエレベーターってあるんだな。


「そうよ。魔力を動力源にしているんだけれどね。レイの前にいた世界では、何を動力源にしていたの?」

「確か、電気だったと思うけれどな」

 エレベーターの詳しい原理なんて、勉強したことなかったな。


「へえ。それも面白いわね。成る程、電気か・・・・・・」

 セレスティーヌは感心したように頷く。


 それにしても、魔法で動いているという点を除けば、この世界でもなんら変わらないな、エレベーター。


 高度に発展した科学技術は魔法と変わらない、なんて言葉があったがその逆だな。魔法によって、科学技術と代わり映えしない光景が生み出されている。


 ものの数分で浮遊感は止まった。ガガガ、という音と共に、扉が開く。


 空が広がっていた。


 太陽が徐々に地平線から顔を覗かせている。陽光は、朝の大空を爽やかに染め上げていた。


 すがすがしさに満ちた空の下には、美しい街並みが広がっていた。鮮やかな色どりの建物群は、お菓子の箱を整然と秩序立てて並べたようだった。


 街並みと大空の色彩が、この上ないバランスで調和していた。


「どうかしら?」

 得意げなセレスティーヌの声。


「うん・・・・・・綺麗だな」

 目の前の光景に見入ってしまい、言葉少なくなる俺。


「でしょ?ここ、私のお気に入りなの。」

 セレスティーヌは俺の隣に並ぶ。


「嫌なことがあったりしてもさ。ここに来たら、何だか気持ちが軽くなるの。ああ、世界はまだこんなに美しいんだな、て感じて、生きようって気持ちになるの。」

「いいのか、そんな大切な場所を俺に教えて?」

 セレスティーヌはゆっくりと首を横に振る。


「ううん。大切な場所だからこそ、レイに知ってもらいたかったんだよ」

 じっと、美しい瞳で俺の方を見つめてくるセレスティーヌ。


 鼓動が自然と早くなる。 


「私、ずっとずっと感謝しているんだよ。誘拐されて、命を助けて貰ったこと。眠っていたから記憶こそないけれど、それでもレイは命の恩人」


 でさ、とセレスティーヌは話を続ける。


「本当は、もっとちゃんとお礼をしたいんだけれど・・・・・・ごめんね。今、私に出来る精一杯のお礼は、この光景だけ」


 でも、いつかきちんとお返しはするからね。強い意思を感じさせる口調で、セレスティーヌはそう宣言する。


 気にするな、という言葉が喉元まで出かかった。だが、それは違うと俺の心が待ったをかけてくる。そんな言葉で、彼女の信念を否定してはいけない。


 だから、俺はこう短く告げる。


「セレスティーヌ・・・・・・了解した。いつか、必ず返せよ」


 そう言うことこそが、彼女に対する誠意というものだ。


 セレスティーヌはにっこりと微笑んでくれる。


「うん、約束するね」

「ああ、約束だ」


 どちらからともなく、小指を差し出していた。俺たちは、年甲斐もなく指切りをする。


「それじゃ、そろそろ行こうか。」

「ああ、そうだな」


 さあ、帰ろう。俺たちのアルカディア荘へ。

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