第58話 父上との対面

 ああ、まずいな。鼓動が早くなってきたな。 俺のその緊張を察したのか、隣のミオが不意に手をぎゅっと握ってきた。


 その突然の行動に、俺の頭は混乱する。


「大丈夫よ。安心して」


 安心するどころか余計に心臓がバクバクしてきたんですけど・・・・・・。


 そんな俺の心中などお構いなく、ミオは幼子をあやすように俺に語りかけてくる。


「うちの父だって、そんな恐いひとじゃないんだしさ。まあ、外見はそうかもしれないけれど。あ、やっぱ中身もかな?」

 なんだよ、それ。結局恐いってことじゃんか。


「ああ、もう。二人ともじれったいわね。とっとと部屋に入りなさいよ」

【透明化】で姿を消しているセレスティーヌが、俺たちにだけ聞こえる声で言ってくる。ちなみに、姿も俺たちにだけ見えるようになっている。


 つないだ手を離し、ミオは分厚い木製の扉をノックする。こんこん、という音が静かに響く。


「入りたまえ」


 野太い声が中からそう短く告げる。


 ミオは重厚な扉を押して、開く。ぎぎぎぎぎ、という軋みの音と共に、部屋の内部が眼前に広がる。


「失礼します、お父様」

「し、失礼します」

 ミオと俺は部屋の中へと進む。【透明化】したセレスティーヌとソフィアもその後についてくる。


 室内を見回してみる。高級そうなアンティークが、そこかしこに並べられていた。壁に掛けられている絵画とか、一枚で何百万リルドもしそうだな・・・・・・。


 それら高級な調度品の中でもひときわ高価と思われるのが、部屋の奥の中央部に座しているがっしりとした椅子と机。そこには、豊かなあごひげを蓄えた、一人のいかつい中年男性がでんと座っていた。


 その中年男性の眼光鋭い視線が、射貫くように俺に注がれる。


「ご無沙汰しておりました、父上」

 ミオは深々と頭を下げる。俺も慌てて同じようにする。


「ふむ・・・・・・ミオ、それで話というのは?」


 威厳のある、大地を揺るがすような声が問う。


「はい。単刀直入に申し上げます。今回のお見合いの件、お断りしたい旨、お伝えしたく参りました」


 ミオのお父上は、眉をピクリとも動かさない。


「ふむ・・・・・・その理由は?」

「はい、父上。わたくしは現在、こちらのレイさんとお付き合いさせてもらっています。従って、お見合いを受けることはできません」

「レイと申します」

 俺は謝るように、再び頭を下げる。


「なるほど・・・・・・それは分かった。レイ、といったな。申し遅れたが、私はミオの父、バリアン・グランスタッドだ」

 ミオの父は、軽く頭を下げる。


 それからバリアン・グランスタッド氏は、威厳に満ちた視線で、俺たちを見回す。


「ミオ、そなたに恋人とやらができたのは分かった。だが、だからといって本日の見合い話をそう簡単になかったことはできぬ」

「えー、なんでですか!?」

 ミオが憤懣やるかたないと反論するが、グランスタッド氏は怯まない。


「ミオ。先方とて、わざわざ本日お越しいただいたのだぞ。それを唐突に断っては、私のメンツも丸つぶれというものだろう」

「う・・・・・・確かに、その通りです。事前にきちんとご報告できなかった、私に非があります」

 落ち込んで肩を落とすミオを、俺は精一杯援護する。


「ミオのお父様。この俺からも、謝罪いたします。すみませんでした」

 今日何度目か分からないが、また頭を下げる俺。


 だが、バリアン・グランスタッド氏は落ち着いた口調で話を進める。


「まあまあ、そう謝るでない。だが、ミオにレイ殿よ。今回のお見合い相手には、そなたたちの口からきちんと事情を説明して謝罪することだ。先方はすでにこの屋敷内に来ておる。だから、自ら出向いてきなさい。それができなければ絶縁じゃぞ、ミオ。いいな?」

「はい、お父様」

「了解しました」

 平身低頭の俺とミオ。


「うむ。では、下がってよろしい」


 そうして俺たちは、ミオの父上の部屋から退出した。


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