第5話 セレスティーヌの事情 その2


 今日の朝、セレスティーヌはいつになく早く目覚めた。今から振り返ってみれば、虫の予感が知らせたのかもしれない。久しぶりに早起きしたのだから、院内でも散歩しておきましょうか。そう軽く考えたセレスティーヌは、部屋を出た。


 庭園を散歩している際、微かな違和感をセレスティーヌは感じた。人の気配が全くしなかったのだ。いくら早朝といってもここは魔法学院。様々な年齢層の学生が在籍している。学業や遊びに夢中になり、朝帰りの学生もいつもはちらほら見かける。ところが、今朝は人っ子一人見当たらない。


 だが、そのときはそこまで気にすることはなかった。ま、こんな日もあるだろう。そう軽く考えていた。


 そうして散歩を終え、寮の自分の部屋に戻ろうと階段を上っているとき、凄まじい怒声が聞こえてきた。

「ちきしょう!もうすでにもぬけのからだぜ」

「くそ、いったいどこに隠れやがった」

「まだ遠くにはいっていないはずだ!探せ!」

 その凄まじい声音に、セレスティーヌは総毛立った。恐る恐る寮の廊下を覗くと、厳つい漆黒の甲冑に身を包んだ男たち(先ほど俺が屠った連中)が、自分の部屋のドアの付近にいた。ドアは破られて、室内が丸見えだった。


「あ、いたぞ!捕まえろ!」

 男たちの声がした。セレスティーヌはとっさに【小さな洪水】を発動していた。大量の水が発生して、寮の廊下を洗い流す。


 セレスティーヌが反射的にこのような攻撃魔法を発動出来たのは、日頃から嫌がらせの攻撃魔法を受け続け、そのつど対処魔法を発動していたからでゆえである。まったくひどい話だ。


 セレスティーヌとて、洪水魔法で敵を倒せたとは考えていなかった。しばしの時間稼ぎに過ぎない。セレスティーヌはすぐさま寮を出た。


 そのとき、ドォーンという爆発音が上方から響いた。見てみると、寮のセレスティーヌの部屋が盛大に爆ぜて、華麗な炎を噴き上げていた。


 その炎と煙の中から、黒づくめの鎧男たちがわらわらと出てきた。彼らの鎧の背部は変形していて、翼のような形状になっていた。

「ち、飛んででも私を捕まえたい、てことか」


 セレスティーヌは慌てた。ふと手近に箒が転がっているのが目にとまった。恐らく、朝の清掃を務めた用務員さんが片付け忘れていったものだろう。

「・・・・・・これしかないわね」


 セレスティーヌは箒を手にとると、それにまたがる。セレスティーヌを乗せた箒はふわりと浮かび上がる。


「あ、いたぞ!逃がすな!」

 箒に乗って空を飛び、逃亡しようとするセレスティーヌ。それを追う漆黒の刺客たち。


 かくして、朝の逃亡戦が勃発することと相成った。


「・・・・・・そんなとき、あなたが助けてくれたというわけ」

 中々壮絶な話に、俺はしばし返す言葉を見つけられなかった。


「色々とすごいな・・・・・・というか、その話の流れからすると、黒づくめの刺客たちを送ったのは、そのルディって奴でいいのか?」

「ええ。そう見て間違いないでしょうね」

「ひどいな・・・・・・いくら自分より成績がよくて妬ましいからって、普通そこまでするか?」

「うーん、どうでしょうねえ。それは彼自身の問題でもあるけれど。いずれにせよ、このままでは終わらないでしょうね。また次の追っ手がやってくるのは間違いない」

「はっ!だったら今この瞬間にでも、次なる刺客が現れるかもしれないのか!」

 そう思うとマジで恐い。俺は【千里眼】を起動して、辺りを見回す。


「うん、どうやら今のところ大丈夫そうだ」

 セレスティーヌは苦笑混じりにそんな俺の様子を見て、

「ひとまずしばらくは大丈夫よ、きっと。連中、私が上級魔法までしか使えないと知っていて、ああいう装備品で来ていた。つまり私の捕縛は余裕だと踏んでいたでしょうね。でも、想定外の因子が関わってきた。つまり、あなたね」

 セレスティーヌは俺の方を指さす。


「これでも私、優秀なんだからね。自分で言うのも何だけれど。だから、そんな私に対抗出来るよう、重装備で襲ってきた。でもまさか、あなたみたいに超上級魔法を難なく使いこなせる人が、普通に街中にいるなんて思いもよらなかったでしょう。だから、次の一手を打つのには、当分時間がかかるはずよ」

「なるほどね」


 しかし、こりゃ結構根深そうだな。俺の魔力無限だけで対処出来るかどうか。


 唐突に、ぐ~と俺の腹が鳴る。

「あ・・・・・・すまん、今日になってから何も食べてないんだ」


 セレスティーヌは笑いながら言う。

「いいわよ、別に。助けて貰ったお礼に、私がおごるね・・・・・・あ!」


 ポケットに手を入れ、財布を出そうとしたセレスティーヌは申し訳なさそうな顔になる。

「ごめん、寮でいきなり襲われてここまで来たから、財布なんか持ってきていないよ・・・・・・」

「えー、それじゃ俺、食べ物にありつけないの?」

「うーん、寮の私の部屋は破壊されているけれど・・・・・・探せば財布くらいは無事かも」

「じゃ、寮に財布を取りに行こうぜ。」

「ちょっと待ってちょっと待って。今、あそこは私にとってすごく危険なところなのよ。ルディやそれに息のかかった学生たちがうようよいるのよ。そんなところに私なんかがのうのうと現れたら・・・・・・」

 不安と恐怖で震えるセレスティーヌを俺は励ます。


「大丈夫です、セレスティーヌさん。俺は超上級魔法だって習得済みなんです。何があっても守ってみせますよ」

「う、うん・・・・・・」

 未だ俺を信用しきれていないのか、セレスティーヌは曖昧に頷く。


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