第2話 朝いちばんのお客さま
赤いレンガの図書館に、火曜の朝一番で訪れるお客さま…それが川島さんだ。川島さんは、魚河岸のマグロやさんのご主人で、毎朝魚を競り落とし、大きなマグロ包丁でばっさばっさと解体し、市場で朝ご飯を食べ、帰宅する前に図書館へやってくる。
川島さんが持ってくる本はいつも、外国の街が描かれた画集や写真集。角刈りで四角い、がっしりとした川島さんが持つと、大きな画集も軽々して見えるから不思議。
クロアチアの街角を走る野良猫、コペンハーゲンの花、赤道直下の暑い島の子供たち、中国の崖に張り付くみたいにしてできた村落……
「俺ァ、市場の中で、毎日マグロの顔ばっかり見てるからナ」司書の田中さんは、以前そんなことを教えてもらったらしい。
そんな川島さんが、火曜日にやってこなかった。誰よりもショックを受けてしまったのが、実は図書館のこびとだった。どうやら、川島さんの目に留まるように火曜日にあわせておすすめの画集を飾り棚に出して置いたり、引き出しやすいようにちょっとだけ間を拡げたり、そういうことをしていたみたい。
火曜に川島さんがやってこなかったので、混乱してしまった図書館のこびとは、そこから毎日…飾り棚に”川島さんが喜びそうな画集や写真集”を並べていく。まるで大判画集と写真集のフェアがおこなわれているようだった。
司書さんは、二日くらいは困って増えすぎた写真集を棚に戻したりしていたようだけど、そこはそれ(小さな図書館だし、そんな変更があったっていいか)って”知らない世界に飛び込んで”とポップをつけておすすめにしてしまったんだ。
ちいさなお客さまが「ぼくこれ借りる」とルノワールの画集を借りていったり、勇猛なマサイの戦士の写真集を「おしゃれねぇ」と借りていく老婦人、世界のお茶会をまとめたビジュアル本を借りるサラリーマン…意外な人が意外なものに興味を惹かれたり、新しいとびらを開いたり…フェアは大成功!
だけど…三週間たっても川島さんは訪れない。さすがの図書館のこびともあきらめるかどうか…と司書さんも心配そうに見守っていたんだって。四週間たち、図書館のこびとが写真集や画集を並べる数も少し減って…一か月、二か月……ようやく!川島さんはやってきた!!
二か月と二週間が過ぎた、火曜日の朝、いつものように朝いちばんにやってきた川島さんは頭をかきながら「いやァ~参るよな!足ィすべらしちまって骨折してよ!!」と威勢よく画集コーナーへ向かっていった。
「これが恋しかったんだよなァ…なんか、習慣みたいになっちまってよ…昔から本なんか読む人間じゃなかったんだがよ…雨宿りにたまたま図書館へ入った日に、これが目に飛び込んできてよォ…」と、大判のピカソの画集を手にカウンターへやってきた川島さんは、ケガの影響なんかまるでないみたいな、たくましい腕で画集を軽々もって帰ったんだ。
その日から、画集や写真集が”たくさん”並べられることはなくなった。次に借りるだれかがふと手に取れるように、目に留まるように、ちょっとだけ角が引き出された写真集は、火曜日の朝にまにあうように、いつも通り、静かに、ひっそりと…司書さんは「お疲れ様」とこれもいつも通り、ミルクを給湯室に置いて図書館を閉めたんだって。
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