第13話所詮できない

久しぶりに家で過ごし、長旅の疲れが少し癒された愛。

すぐにその癒しは失くなる。

スケジュールが詰まっていた。

大道はあらかじめ母の許可を取り、

相田プロ本社所有の個人寮に愛を住ませる事にしていた。

都内にある寮で一人暮らしが始まる…。

これから実家を離れる愛。

旅行バッグを肩にかけ、

玄関で母に別れを告げる…。

「お母さん。」

「またしばらく会えないね…。」

「本当に寂しくない?」

母は笑顔で手を振る…。

「全然大丈夫よ!」

「お母さんは嬉しいわ。」

「華やかな衣装着て、テレビに出てね~。」

「あとで荷物送るから。」

(…。)

「いってきます…。」

愛は家を出た…。

迎えに来ていた大道マネージャー。

車のトランクに旅行バッグを入れ、

後ろの席に座る…。

「おはようございます。」

「よろしくお願いします。」

大道はアクセルを踏み、車を走らせた…。

「おはよう。」

「まずレコーディングだ。」

「その後、歌番組の打ち合わせ。」

「あとは、公式動画の撮影な。」

「…わかりました。」

愛を乗せた車は、まず有岡スタジオへ向かう。

有岡は、セカンドシングル曲だけではなく、

他に4曲作っていた…。

有岡は、相変わらず同じ格好をしている…。

旅の終わりのお祝いに、花束をくれた有岡…。

愛に久しぶりに会えた事に、有岡は喜び、

レコーディングも激甘褒め褒めで進んでいった…。

午前中のレコーディングが終わり、

すぐに、某テレビ局に向かう…。

初めて入るテレビ局は、独特な雰囲気…。

加藤アイリ以外、興味のなかった愛は、

芸能人がいたところで、誰かわからなかったし、

どうでも良かった。

人気歌番組のプロデューサーやスタッフに挨拶をし、

打ち合わせをする。

その後スタジオに行き、軽くリハーサルをする。

リハーサルが終わったら、相田プロ本社に行き、

公式動画の撮影をする。

スタッフからのインタビュー形式で、

旅の思い出など、オフの時の裏話しなどをした。

仕事は夜遅くまで続き、

ようやく、新しく住む個人部屋の寮に着いた…。

部屋は1ルームのユニットバス付き。

さほど広くはなかった…。

明かりをつけたがカーテンも無い…。

愛は旅行バッグを置き、明かりを消した…。

(なにもないな…。)

(明日は買い物行けるかな?)

(はぁ。)

愛が、フローリングの上で寝ようとした時…。

「愛よ。」

カナ・エールが現れる…。

暗い部屋でも鋭い目は見えた愛…。

(こいつの存在…)

(すっかり忘れてた…。)

「な、なんです…か?」

恐怖のオーラは愛を震え上がらせる…。

「苦行は良かったであろう。」

「我から褒美をくれてやる。」

カナ・エールは魔道の力を使い、

ベッドや化粧台…

小さなテーブル。

生活用品や服など召還する。

「いずれ逢う。」

「苦しむが良い。」

そう言葉を残し、

カナ・エールは消えた。

愛は、明かりを付けて部屋を見渡し驚いた。

(こんなに用意してくれるなんて…)

(あの魔道師は優しいのか?)

(よくわからないな…。)

(逢って…)

(苦しむ…)

(…。)

小さなテーブルの前に座る愛…。

2枚の写真が裏返しに置いてあった。

写真を手に取り見る…。

(アイリ!)

(もう一枚は?)

(桜庭ゆうまか。)

(あの魔道師ぃ!)

(こんな物置いて行きやがって。)

(…。)

(アイリ。)

(やっぱり…可愛いな。)

(ほんとに大好きだった…。)

(好きで好きでたまらなかった…。)

(ずっと追いかけていたかった…。)

(それなのに…それなのにぃ!)

(この野郎わぁぁ…ちくしょうがぁ!)

桜庭ゆうまの写真をぐしゃぐしゃに丸め、

さらにビリビリ破って捨てる。

(ふざけやがって。)

(アイリぃ!)

(どうしてこんな野郎に走ったぁ!)

アイリの写真に問いかける…。

忙しさに隠れていた、憎悪と嫉妬の心に再び火がつく。

(アイリに逢えるなら…)

(裏切った事を…)

(後悔させてやる!)

愛は疲れていたが、

なかなか寝つけなかった…。

寝不足で迎えた次の日…。

着替えを探し、

クローゼットの中を見る愛…。

(なんだこれ?)

(ゴスロリっぽいものばかり…。)

(…。)

(魔道師の趣味か?)

ゴスロリ服と下着を取り、

シャワーを浴びる…。

ゴスロリ服を着て迎えを待つ愛…。

(すっぴんでも、)

(可愛いから良いだろ。)

そして間もなく大道が迎えに来た…。

後部座席に座る愛。

ルームミラー越しに見える大道の顔は、

いつもより少し険しい表情をしていた。

「おはようございます。」

愛はいつも通り挨拶をした…。

「おはよう…。」

「レコーディングで喉、痛めるなよ。」

「夜、生放送だからな…。」

険しい表情のまま大道は、そう言った…。

重い空気の車内。

(今日の歌番組の心配か。)

(激しくミツメテだから、大丈夫だと思うけどなぁ…。)

(リハーサルも昨日したし。)

(なにピリついてるんだ?)

ピリつく理由は、わからなかったが聞けるような雰囲気でもない…。

無言のまま車を走らせる大道…。

その日の愛のスケジュールは、

朝から夕方まで、有岡スタジオでレコーディングの続きをして、曲を完成させた。

相田プロ本社に行き、公式動画の撮影。

そして、

大道が心配をしていた生放送の歌番組に出演する。

歌番組本番…。

楽屋に入った愛。

黒とピンクのロリータワンピース衣装が用意されていた…。

メイクさんにメイクアップしてもらい、衣装に着替える。

そして、愛はギリギリまで楽屋で待機をする。

早めにスタジオに入るのは許さなかった大道…。

放送開始5分前…。

大道にがっちりガードされながら愛はスタジオに入る。

アーティスト4組がセット裏に待機をしていた。

愛はスタッフに指示された通りセット裏に行く…。

リハーサルでは、他の出演者と会う事はなかった。

共演者を見た瞬間…。

愛は衝撃を受けた…。

(なっ!?)

(桜庭ゆうま…。)

(なんでこいつが。)

マルチタレントの桜庭ゆうまは、ドラマの主演を務め、主題歌を歌っていた。

今話題のアーティストが出演する歌番組…。

人気急上昇のアイドル愛と、今話題のドラマ主題歌を歌うゆうまの共演は避けられないものであった…。

愛は目を閉じ考える。

(なんでこの野郎と一緒なんだ。)

(復讐するチャンスなのか?)

(だけど、なにをどうしたら良い?)

(…はぁ。)

(ダメだ、なにもできない…。)

所詮、元オタク男の愛…。

暴力を振るうなんて考えられない。

罵倒することもできない。

いざゆうま本人を目の前にしたら、結局なにもできない事を痛感した。

そして、

歌番組本番が始まる。

スタジオの中心に司会者男女が立つ。

後ろに階段があり、セット裏から出演者がでてくる。

階段のとなりに長い椅子があり、少し離れた専用セットで出演者は歌う。

テレビカメラに向かい、

司会の女性…由美アナウンサーが紹介していく。

「今夜も素敵なアーティストのみなさんに来ていただきました。」

♪~。

ビジュアル系4人の男達がセット裏からでてきて階段の前に立つ。

「路上演奏で大人気…今、目が離せない注目新人バンド。」

「チンドンヤーズ。」

「珍道路上伝説を披露してくれまぁーす。」

4人は階段を下り、司会の芸人男…色メガネマンの隣に立つ。

♪~。

(…出ないと。)

愛はセット裏からでて階段の前に立つ。

「あの深夜番組で話題になった、平間 愛さん…。」

「デビュー曲、激しくミツメテを歌ってくれまぁーす。」

愛は階段を降り、由美アナウンサーの隣に立つ。

(…悔しい。)

(だめだ、今は考えるな!集中しないと。)

♪ー。

作り物スパゲティを頭にかぶる男…DJペペロンが階段の前に立つ。

「都内のイタリアンカフェからデビュー…今夜はスパゲティにしない?by…DJペペロン。」

「テーマソング、ニンニクペペロンテレビ初披露でぇーす。」

階段を降りるDJペペロン…愛の隣に立つ。

(急いでかぶっただろ?)

(なにこの人…笑わせるな!)

♪ー。

桜庭ゆうまが階段の前に立つ。

「この後放送のドラマ…若者全部の主題歌を歌ってくれる、桜庭ゆうまさん。」

「主題歌は、明日は来ない!でぇーす。」

階段を降りたゆうまは、チンドンヤーズの隣に立つ。

♪~。

「そして今夜は、海外からのお客様もお見えです。」

「全世界7000万枚の大ヒット曲…lily Flowerを披露してくれます…bodypainsのお二人です。」

ステファニーとシャナンが階段を降りる。

DJペペロンの隣に立つ…。

色メガネマンが出演者達を見渡しながら話し始める。

「みなさんよろしくお願いしまぁ~す。」

「チンドンヤーズカッコいいね、スタンバイお願いしまーす。」

専用セットに向かうチンドンヤーズ。

「おっ!ゆうま君…頑張ってるね。」

頭を少しだけ下げるゆうま。

「愛ちゃ~ん…可愛いね!」

愛はカメラを意識しながら笑顔で話す。

「あ、ありがとうございます、よろしくお願いします。」

ステファニーとシャナンに頭を下げる色メガネマン。

「海外からありがとうございます。」

ステファニーがぼやきだす。

「Boring and tired…ha ha ha」

「bothersome…」

シャナンは黙ってうなずいた。

「今夜の一曲目…チンドンヤーズ。」

「珍道路上伝説です…どうぞ。」

カメラが切り替わりチンドンヤーズを映す。

他の出演者達は長椅子に座り待機をする。

とりを務めるbodypainsは楽屋へ戻った…。

愛はチンドンヤーズを見ながら長椅子に座り、次に来る自分の出番を待つ。

(…隣に来るなよ。)

(くそ!気が散る。)

桜庭ゆうまは愛のとなりに座った。

他の出演者はチンドンヤーズを見ている。

その隙を狙い、ゆうまは愛の手の平に、なにかを当ててきた。

愛は驚き身体がビクつく。

本番中なので声は押しころした。

(な、なんだよ?)

(なに渡して来た?)

愛の手にさりげなくなにかを渡すゆうま…。

愛に少しだけ頭をちかづけ小声で言う。

「早く隠して。」

突然の出来事に愛は焦り、胸元にそれを隠した。

(なんだってんだよ。)

(こいつ本当に腹立つ。)

ゆうまを見ないようにチンドンヤーズをひたすら眺める愛。

専用セットで暴れて演奏するチンドンヤーズ…。

♪「シャッタァー商店がぃぃー。」♪「傘をふりまわせぇー!」♪「チンドンチンドンヤァー!」

ガン!

アンプスピーカーにギターを叩きつけて演奏は終わった。

Cmが入りチンドンヤーズが長椅子のところに来る。

愛は真ん中に座る司会者の隣に移動した。

(なにふられるんだろう…。)

Cmが明け、色メガネマンが愛に話しかける。

「次は愛ちゃんでーす。」

「いや見てたよ、あの番組…cmいく時がたまらないんだ、にゃんにゃん座りのバスローブ姿。」

「あれもうちょっとおろしてほし…」

遮る由美アナウンサー…。

「それでは愛さん、スタンバイお願いします。」

(…。)

「よ、よろしくお願いします…。」

愛は専用セットに向かう。

「平間 愛で、」

「激しくミツメテです。」

「どうぞ。」

カメラを見つめ、色っぽく流し目…。

はにかむ可愛い笑顔で、指てっぽうバーン!

テレビの前でニヤつく男達のハートを撃ち抜く…。

さらに男を魅了する振り付けを舞い、歌う愛…。

最後はカメラに向かってウインクをして決めた。

(散々歌ってきたからな…。)

(余裕だ。)

愛の次に歌うのは、憎き桜庭ゆうま…。

長椅子に座る愛は下を向き、ひたすら時が流れるのを待つ。

(お前の声も、歌も聞きたくないわ!)

(あぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!)

「この後、夜の撮影…」

(あぁーーーーーーーーーーーーーー!)

♪「俺たちぃにぃ~。」♪「あすはぁ…」

(あぁーーーーーーーーーーーーーーーー!)

(ふぅ…。)

(終わったか。)

ゆうまの次に歌うのは、DJペペロン…。

♪「鷹の目」♪「にんにく」♪「オリーブオイル」

♪「めーん!」

愛は、カメラに抜かれないよう顔を背ける…。

(ぷ…。)

(材料並べてるだけ…。)

Cmに入り、スタッフが慌ててセットを組み換える。

ディレクターが、色メガネマンに耳打ちをしてチンドンヤーズに何か言う。

チンドンヤーズはセットに向かった。

Cmが明け、曇る色メガネマン…。

「えー最後に歌う予定だったbodypainsのお二人…。」

「…帰っちゃいました。」

「急きょチンドンヤーズがもう一曲歌ってくれます。」

「どうぞ。」

暴れながら曲を奏でるチンドンヤーズ…。

♪「銭、銭、銭、ぜに、投げせんしてくれぇー!」

♪「太鼓いっぱいにぃー!」

ガン!

バキッ!

キーン!

ギターとベースを壊して曲は終わった…。

唖然とする色メガネマン…。

「…ありがとう。」

「他のアーティストのみなさんもありがとうございました。」

「さようなら…。」

「はい、オッケー!」

「お疲れさまでーす。」

合図と同時に愛のもとへ駆け寄る大道…。

他の出演者に声をかけさせないようガードをする。

そして、

桜庭ゆうまを睨みつけていた…。

大道の視線を感じたゆうまは、不敵な笑みを浮かべ去って行く…。

楽屋に戻った愛は、衣装の胸元から取り出す…。

渡されたのは折り畳まった紙。

愛は、紙を開き中を見た…。

(あいつの連絡先…。)

(ふざけやがって…大道さんに渡すか。)

「大道さん、これ。」

「桜庭ゆうまに渡されました。」

愛は、紙を大道に渡す。

大道の顔色がみるみる変わる…。

(あの野郎…こうやってアイリに近づいたのか!)

(今度は愛を狙いやがって。)

「お前、これを俺に渡すって事は、いらないって事だよな?」

うなずく愛…。

「いらないですよ…そんなの。」

大道は紙をスーツのポケットに入れた。

この日の歌番組は、ハプニングだらけで世間の話題になった…。

そこに居た愛も注目され、人気はさらに上がる。

そして愛は、

相田プロの人気トップアイドルになった…。

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