第3話 誘拐事件

『レオ、今大丈夫ですか』


 数日後の夜、レオの部屋にある水晶玉が光った。その中にネムの顔が映る。

 通信水晶玉というレオが作った魔法具である。イヌカイにスマートフォンという道具のことを聞いて作ったのだ。ひとつをネムに渡し、ひとつを自室に置くことで密談できるようにしている。


「ああ、問題ない。何があった」

『イジメるのにちょうど良さそうな相手が見つかりました』

「本当か」

『名前はギゼ・イーシャ。伯爵令嬢です。現在貴族学舎の四回生です。夜遅くまで遊び歩いているという噂です』

「ターゲットにした理由はそれか?」


 違うだろうな、と主ながらもレオは尋ねる。

 ネムの口調は淡々としているが言葉の奥に強い怒りを感じた。

 関わった期間は短いがネムの性格は掴めている。他人が夜遊びしていようがネムの頭に血が上るとは思えない。


『違います』


 答えるネムの声はわずかに震えていた。

 何かよほどの理由があるか、婚約解消以外の部分で冷静さを欠くような出来事があったのか。

 これは俺が冷静にならないといけないな、と強く決心する。


『あの女、シロちゃんを蹴り飛ばしました』

「よし殺そう」


 決心は一秒足らずで消し飛んだ。衝動に身を任せてしまえと冷静に判断した。

 可愛い犬を蹴り飛ばすようなクズ、更生の余地はない。早めに死なせた方が世のためである。


『レオならそう言ってくれると思っていました』

「当り前だろう。シロは異世界の犬種でこの世界に一匹しかいない貴重な可愛いワンコだぞ。たかだか伯爵令嬢ごとき、希少性でも重要性でも比較にならん」

『まったくもってその通りです。あの女、自分とシロちゃんのコンテンツ力の差をわきまえていないにも程があります。ここらで一度シメておかないと』

「ああ、きちんと息の根を止める必要がある」

『決行はいつにしますか? 私は今からでも良いと思うのですが』

「今はまずい。あの女は寮生だろう? 学生寮のセキュリティはなかなかに厳しい。突破には時間と手間がかかる」

『レオの権限や魔法でどうにかなりませんか』

「ごり押しできなくはない……が、それをするつもりはない。イヌカイは俺たちがイジメる相手を探していたと知っている。俺とネムが何かしたと察したらイヌカイが自分のせいかと思い悩むことになりかねない」

『……あの女が行方不明になった時にも私たちは素知らぬ顔をしていないといけないと』

「イヌカイに俺たちが何かしたと結び付けられない程度が望ましい」

『では、授業が終わった後はどうでしょうか。あの女は遊び歩いているようですし、見つからなくても誰も探しはしないでしょう』

「寮に帰る直前はどうだ。伯爵家の放蕩令嬢なら寮の管理人に無理を言って門限破りを日常的に行っている可能性が高い」

『なるほど、それなら門限に戻らなくても誰も疑いませんね』

「さすがに朝帰りする確率は低いから寮のそばで待ち伏せしていればいいだろう。暗ければ俺の隠蔽魔法はより有効に機能する」

『では人間が入るくらいの袋は私が用意します。レオの魔法で気配を隠した私があの女を誘拐します』

「後始末は任せろ。袋詰めにして渡してくれれば隠すことは難しくない。ネムは何食わぬ顔で家に戻ってくれればアリバイ工作もばっちりだ」

『決行は明日、寮の門限の一時間前にしましょう』

「健闘を祈る」

『ええ、お互いに』


 水晶玉に映ったネムの顔が消える。

 レオは翌日の計画を立て直しながらちらりと自室のドアに目をやったが、その夜部屋から出ることはなかった。


「あ、あわわ、あわわわわ」


 そしてそのドアの向こう側では、ひとりのメイドが泣きそうな顔をしていた。レオ付きのメイド、ガーベラである。

 ガーベラは獣人種の血を引いており聴覚が極めて鋭い。ドア越しでもレオとネムの会話が聞こえていた。

 会話の内容は完全に犯罪計画である。しかも伯爵家という高位貴族の令嬢を拉致して殺害するという。殺害が本気でないとしても誘拐だけで充分大事である。

 きりきりと胃が痛む。


「どうせなら殿下もバレないようにしてくれればいいのに……」


 ガーベラは通信水晶玉の存在を察している。レオから直接説明を受けたわけではないが時折誰もいないはずの部屋からレオと誰かの会話が聞こえるのだ。遠く離れた相手と会話する方法を持っていると推測できた。

 本当に会話しているか確かめようとしないのは、そんな超ド級危険物に関わりたくないからである。

 早馬を乗り継いでの情報伝達が最速の世界でリアルタイムの情報共有など反則というレベルを超えている。存在が知れるだけで世界大戦が起こりかねない劇物だ。

 悲しいことに、おそらくレオはガーベラが通信水晶の存在に気付いていると勘づいている。その上で面倒ごとの後始末をさせるためにガーベラへ情報を流しているのだ。タチが悪い。『秘密をばらしたら大事になるぞ、後始末を怠ってもまずいことになるぞ』というレオの声が聞こえるようである。

 ガーベラは王城内を駆け、ひときわ人気のない廊下の奥にある一室を訪ねる。

 そこでペンを片手に書類と向き合っているのは、貴族であれば顔を知らない方がおかしい壮年の男性である。素人目にも分かるほど鍛えられた肉体と切れ長の目の持ち主であり、対面した者が無意識に跪きたくなる威圧感を放っている。

 男の名前はフィリペン・オーリアンダ。レオの父であり、この国の現王である。

 ガーベラは問題児である第二王子レオの面倒を任されるほど王家の信頼が篤い。名目上の執務室だけではなく本当の執務室の場所を教えられていた。


「陛下、緊急事態です」


 突然ガーベラが執務室を訪ねたことに動揺は見られない。フィリペンはそっとペンを置く。

 そしてガーベラに続きを促すこともなく言った。


「またやらかしたのかあの馬鹿は!」


 フィリペンは両手で頭を抱えて下を向いた。一国の主にふさわしい威圧感はどこか遠くへ飛んで行った。普段は冠で隠れている頭頂部はほんのり薄くなっていた。

 ガーベラはレオ専属のメイドである。王族の面倒を任される従者は役職相応の能力を持っている。たいがいの問題ならフィリペンに伝えるまでもなく片付けることができるはずなのだ。

 そんなガーベラが直接フィリペンの前に立っている。それはつまりレオが何かやらかしたということだ。それも有能なガーベラが独力で対処しきれないほどの問題が起きている。

 

「……で、今度はなんだ。早急に動けば対処できる範疇か?」


 目の前のメイドは優秀だ。人手や物資が足りないだけで、すでに解決する筋道を立てているかもしれない。


「実は――」

「ふむ……」


 ガーベラはレオとネムが伯爵令嬢を誘拐しようともくろんでいることを説明した。

 フィリペンは腕を組み、先ほどの取り乱しようからは想像もできないほど冷静な表情を見せる。一国の王だけあって切り替えが早いのだ。継承権放棄を筆頭にもっと大きな問題に何度も直面したので慣らされてしまったと言っても間違いではない。


「事情は分かったが、ガーベラ。ひとつ尋ねなければならないことがある」

「はい、なんでしょうか」


 通信水晶玉や婚約が破棄前提であることはぼかして報告した。レオはもともと目的不明の奇行が多いので『いつものことか』と流されるものだと思っていた。

 どこか説明した内容に齟齬があっただろうか。神妙な顔をしながら発言を振り返っていたが、フィリペンの質問はガーベラの想像を超えるものだった。


「それは何が問題なんだ?」

「……は?」


 王子が自国の高位貴族である伯爵令嬢を拉致、ノリと勢いでSATSUGAIしかねない現状はどう考えても問題しかないと思う。


「レオがギゼ・イーシャ伯爵令嬢を拉致しようとしていることは分かった。しかしだ、その小娘はイヌカイ君ちのシロちゃんを蹴り飛ばしたような悪たれだろう? ちょっと痛い目見た方がいいと思う」


 フィリペンは犬好きだった。実は公務の疲れを癒すためにイヌカイの家にお忍び訪問していたりする。イヌカイの胃壁はストレスで薄くなっていてだいぶ危ない。

 ガーベラの鍛えられた表情筋は見事神妙な表情を守り抜いた。額に青筋が浮いたのは前髪に隠れて見えないのでセーフとする。


「ちょっと、では済まない可能性があると思うのですが」

「不慮の事故というものがある。社会ではよくあることなんだ。レオならば足がつかないようにするだろう」


 不慮の事故とは急激かつ偶発的な事故を言う。事前にばっちり予測・対処が可能ならば不慮ではないし、そもそも故意で発生するなら事故ではない。事件である。


「……とはいえ、人死には出ない方が良いかと。抑制が効いている間は放置しますので、勢いが余りそうな時には止めに入りたいと思います」

「分かった。対レオ用鎮圧装備の使用を許可する」

「ありがとうございます」


 内心『ぐちゃぐちゃ言わねえでさっさと寄越せよ』と思っていたが表には欠片も出さないガーベラはプロだった。

 そもそも対レオ用鎮圧装備ってなんだ。自国の王子を取り押さえる専用装備が必要な状況がおかしい。他国でも高位貴族の横暴は珍しくもないらしいが、ベクトルが変な方向に突き抜けている。

 棚から取り出した折り畳み式の警棒やレオの位置を探知する方位磁針のような道具を身に着け、ガーベラは王の執務から飛び出した。


「……転職したい」


 そんなつぶやきは夜の闇に溶けて誰にも聞かれることなく消えて行った。


―――


 その夜、ギゼ・イーシャ伯爵令嬢は学生寮の敷地を下品にならない程度の急ぎ足で歩いていた。

 寮の門限時間が早すぎるのが悪い。庶民は貴族が遊んでばかりだと思っているが、その実とても忙しい。勉強すべきことがあまりにも多い。

 平時であっても自領はもちろん他領、近隣国の情報収集は必須だ。徴税や集めた税の有効活用には多数の分野の知識が必要になる。

 もちろん専門家を雇えば勉強量を減らすことはできる。しかし全く無知では専門家が言ったことが正しいか判断できない。過去にはド素人に騙され法外な顧問料を払い続けていた無能貴族がいた。ある程度の勉強は必須である。

 ギゼはそんな勉強のために今日も門限直前まで外にいた。知人の貴族が開催する勉強会に出ていたのだ。

 貴族は男性優位の社会である。女に高度な知識は必要ないと考えている男性は多いし、勉強しても無駄だと考える女性も多い。

 ギゼに言わせれば人手に余裕がある連中の甘えである。領地持ちの高位貴族は常に人手不足なのだ。

 勉強会の参加者は男性がメインである。そのためギゼは遊び人などと言われている。

 それを知ってもギゼは勉強会へ行くことをやめない。勉強会で優れた知見を持つ人と学び、伝手を作る方が優先である。女性社会での情報収集は妹に任せる。


「今日は間に合いそうかしら」


 寮母に勉強会で送れるかもしれない、と伝えてはいるが門限を守るにこしたことはない。

 門限ぎりぎりに帰ることが多いせいで時間感覚は鋭くなっていた。今日は寮母の手を煩わせる必要がなさそうだ。

 ほっ、と息をつきながら玄関へ向かう。


「――!?」


 息をついた瞬間だった。

 何者かの手がギゼの口をふさいだ。そのまますさまじい力で近くの植え込みへ体を引っ張られる。

 辺境の領地で鍛えられたギゼはそこらの兵士より強いのだが、そんなギゼですら抵抗できないほどの力だった。

 せめて声をあげれば寮の警備兵を呼べる。兵士の一人二人でこの襲撃者を撃退できる気はしないが、兵士に気を取られた隙に増援を呼べればなんとかなるはずだ。


「……っ、…………っ!?」


 声が出ない。喉が裂けそうなほど叫んでいるつもりなのに、ひゅーひゅーとか細い息が漏れるだけである。


「さすが。声を封殺する魔法も効果てきめんですね」


 女の声がした。襲撃者はよほど鍛え込んだ男だと思っていたが違うらしい。

 意外ではあったがギゼがすべきことは変わらない。襲撃者から逃れることだ。

 しかし努力もむなしく、襲撃者は軽々とギゼを大きな皮袋に放り込んだ。その直後に腹と頭に強い衝撃を感じた。

 薄れゆく意識の中、これほど手練れの襲撃者を用意したのは何者か考えたが、答えが出るより早く意識を失った。


―――


「さて、これからどうしましょうか」


 ギゼが目を覚ますとすぐに声が聞こえた。襲撃者の女のものだ。まだ袋に入れられたままのギゼには周囲の状況は分からない。謎の襲撃者にさらわれて真っ暗闇の中に閉じ込められているのは不安しかない。落ち着け、と自分に言い聞かせても呼吸が荒くなるのを止められない。


「とりあえず蹴るか?」


 男の声が加わる。聞き覚えのある声だ。

 とんとんと背中に硬いものが当たる感触。靴のつまさきでつつかれているらしい。

 袋詰めにされていては抵抗どころか受け身もとれない。靴のつまさきが刃物のように感じられる。

 袋はやけに頑丈でしっかりと口を結ばれている。魔法を使おうとしても発動しない。このまま放置されたら酸欠で死にかねない。


「ま、まちなさい。目的があるんでしょう。話をしましょう」


 なんとか出るようになっていた声を絞り出す。これほどの実力を持った襲撃者ならギゼを殺すくらい簡単だったはず。わざわざ誘拐して今も生かしている以上、何か目的があるはずだ。


「待ちなさいと来たか」

「ずいぶん無礼ですね」

「……まさか、レオパード殿下? 女性は……ネム公爵令嬢?」


 その声を聞いてようやく思い当たった。どちらも社交に積極的ではないため気付くのが遅れたが間違いない。


「いったい何のために。イーシャ伯爵家は王家にも公爵家にも反発しておりません! このようなことをされる心当たりが……!」

「お前シロちゃん蹴っただろ」

「しろちゃん……?」

「イヌカイが連れている白い犬です」

「いぬ……っ!?」


 昨日、確かに犬を蹴った。

 ギゼは犬が苦手だ。幼い頃、領地の森で野犬の群れに襲われたのだ。護衛たちのおかげで事なきを得たが、よだれを垂らしながらこちらを捕食しようと迫る獣は恐ろしかった。以来、小型犬だろうが子犬だろうが目にした途端パニックに陥ってしまう。


「あ、あれはいきなり飛び掛かってきたから……!」


 イヌカイという少年が犬を連れて登校していることは知っていたが、学年が違うためこれまで接触がなかった。貴族学舎の敷地は広いので警戒すらしていなかった。

 学舎の敷地を歩いていると舌を出して息を荒くした白い犬がやってきた。今なら襲い掛かって来たのではなくじゃれついてきたのだと分かるが、その瞬間はそれどころではなかった。あまりの恐怖で思考が硬直しとっさに蹴り飛ばして逃げてしまった。


「ほう、つまりお前は声をかけてきた王族を足蹴にし、その場に放置して逃げ去ってもよいと考えているわけだな」

「そんなことはありません! どうしてそんな結論になるのですか!?」


 ギゼの声はもはや悲鳴だった。レオたちが何を考えて何のために自分を拉致したのかまるで分からない。目的が分からないということは何をされるのかも分からないということだ。理解不能なことが何より恐ろしい。


「シロちゃんは王族にも高位貴族にもファンが多いんですよ。それを足蹴にするということはもはや、王家の紋章を踏みにじったのと同じことです」


 ネムは太陽が東から登るくらい当たり前のことを言う口調だった。レオからも否定が入らない。

 つまり、この二人は本当に犬を蹴った報復としてギゼを拉致したということになる。

 ギゼの体は震えて止まらない。

 これが普通の誘拐犯ならまだよかった。金なり権利なり要求があってギゼを誘拐したのなら交渉の余地があった。人質は無事であって初めて意味を持つのだからそうそうひどいことはされないと信じることができた。

 この二人は違う。金も権利も必要なく、ただシロを蹴ったことに対する報復だけが目的なのである。交渉の余地が存在しない。


「とりあえず口ごたえができなくなるまで蹴りましょうか」

「待て待て、ネムの脚力で蹴ったら一撃で死んでしまう。ここはこの金属の棒でだな……」

「最後は袋ごと地中深くに埋めてしまえば……」


 胃の奥から酸っぱいものがこみ上げてくる。血の気が引いていることを実感する。

 これから自分は死ぬのだろうか。聞こえてくる会話は恐ろしすぎて耳をふさぎたいが身動きが取れず実行できない。

 恐怖が貴族としての矜持を上回り粉々に砕いていく。イヌカイと犬に這いつくばって許しを請うから助けて、と心から思っているのに呼吸が定まらず声に出せない。

 ざり、と靴が地面を踏みにじる音がした。ギゼは荒くなっているはずの自分の呼吸すら聞こえなくなった。どぐどぐと心臓が震える音が脳に直接響く。


「――そこまでです殿下!」


 闇を裂くような強い声が響いた。

 金属製のトゲ付きこん棒を構えたネムとスコップを片手に持ったレオがそちらを向くと、息を切らせたガーベラが立っていた。全身汗まみれでよほど慌てて走ってきたことが分かる。


「……潮時だな」


 レオはスコップを手放し両手を挙げた。

 ネムはそんなレオに怪訝な視線を向ける。


「潮時も何も、まだ何もしていませんよ。ガーベラは……相当手ごわそうですが、私とレオなら対処できるはずです」


 見合いの席でひと目見た時からガーベラが強者であることは分かっていた。

 しかしネムとて貴族令嬢にあるまじき強さまで鍛え上げた身であるし、レオの支援があれば負けることはないだろうと直感が訴えている。


「強さの問題じゃない。もともとガーベラが止めに来た時点でやめるつもりだった」

「理由は?」

「俺が過去にさんざんやらかしたせいで、目付のガーベラは何をどうしたらどれくらい面倒ごとになるかとても詳しい。そのガーベラが息を切らして止めに来たということはここがデッドラインということだ」

「ああ……」


 自分も問題児側であるネムはガーベラの苦労を察した。

 ガーベラはレオを見張っているだけではなく、問題が発生すれば対処まで行っている。

 レオの問題行動は社交性に難があるネムの耳にも入ってくるほどだ。そのほとんどに対処しているとすれば、超えてはいけない一線をネムたちよりはるかに詳しく知っていることになる。


「でもちょっと物足りませんね。まだ一回も蹴っていないのですが。せめて一回くらい」

「ネム様、そのあたりにしておいてあげてください。シロちゃんを蹴ったことに対する罰はもう十分過ぎるくらいでしょう」


 ガーベラは必死さのにじむ声音でネムに詰め寄った。

 危なかった。到着があと一秒遅れていたらどうなっていたか分からない。そのトゲ付きの金属棒はどこで用意したのか問い詰めたくてたまらない。


「シロちゃんは蹴られましたが怪我らしい怪我もありません。イヌカイ様のお墨付きです。むしろさっき陛下が贈った見舞いのおやつに夢中で元気いっぱいとのことです。今回は初犯ですしこれくらいで見逃してください。というかすでにやりすぎにもほどがあります」

「ですが……」

「……ギゼ嬢のために秘密にしようと思っていましたが仕方ありません。これをご覧ください」


 ガーベラは耳をペタリと下げながら、ギゼ・イーシャ伯爵令嬢が詰められている袋を指差した。自分はその傍らに片膝をつき、縛り口をナイフで切った。


「う……っ」


 そのうめき声は誰が上げたものだったか。

 ギゼは恐怖のあまり失神していた。その様子は描写に堪えない状態だった。袋の中から酸っぱいにおいとアンモニア臭が漂ってきた。

 人間よりはるかに優れた嗅覚を持つガーベラはギゼの状態を正確に認識していた。できればそっと回収して彼女の尊厳を守りたかったがネムを穏便に止めるためにはやむをえないと判断した。


「これを見てもまだ物足りませんか?」

「……ごめんなさい、やりすぎました、反省しています」

「……悪ふざけが過ぎたな」

「以後、行動に移す前に熟慮なさってください。特に殿下、これは悪ふざけでは済みません。反省してください。さもなくばアーネ様にチクります」

「ごめんなさい」


 アーネとはレオの思い人である。ふてぶてしい態度から一転、イヌカイから学んだ土下座をしかねない様子になった。


「では、ギゼ嬢は私が回収します。お二人はこのままご自宅へお戻りください。今回の処分はまた後日お伝えします」

「「はーい」」


 ギゼを拉致った時の威勢はどこへやら、レオとネムは力なく返事をして帰路についた。

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