ひしゃげたこころ

 仕入れのために馴染みの店を訪れた。薄暗い店内にはたくさんのこころがぎらぎら輝きながらひしめき合っていた。どうぞお試しくださいねと言う店主の言葉に甘え、ひとつをギュッと絞ってみると、きらきらとした悲しみの香りが鼻をくすぐった。

 相変わらず質の良いものばかり置いているな、と思いながら奥の棚にも目を配る。すると、たくさんのこころに押しつぶされひしゃげたものがひとつ、黒い涙のような汁を零して蹲っていた。つまんで見せると、店主は「あァ、そういうのはほかしてしまうしかないんですよォ」と言った。

「やっぱりたくさんありますとねェ……どんなに品質に気をつけていても、たまにひとつふたつ出るんです。どれ、かしてください捨てますから」

 私は、私の手のひらを黒い汁でべたべたに汚しながら小さく震えているそのこころを見た。

「いや、買おう。いくらで譲ってくれる」

「何をおっしゃいますかお客さん。こんなのお金を取れるもんじゃないですよ」

「じゃあ貰っていく。なに、売り物の材料には使わんよ……少し育ててみたくなっただけさ」

 店主は不思議そうに首を傾げていたが、私はその出来損ないのこころを手に乗せたまま、材料にするための質の良いこころを選別し、なかでもぎらぎらとした三つを買った。店主はその三つ分の代金として税込み八千六百四十円を請求したが、出来損ないについては何の対価も求めなかった。

 帰り道、私はハンカチを敷いた手の上で相変わらず小刻みに震えるこころに話しかけた。

「心配するな、悪いようにはしないよ」

 息を吸って、吐く。家に帰ってこれを育てると発表したら、あいつは控えめに笑うはずだ。物好きね、などと言いつつ、こっそり様子を見に来たりするのだ……あいつが、今も生きていたら。

「……妹に似ていたんだ」

 こころは弱く光って、体中の亀裂からタールのような汁をじわりと溢れさせた。私はそれをハンカチの端で拭ってやりながら少し笑った。

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