Fatal love on the beach


 まだ息ができる。カラッカラの砂漠のようだったビーチに突如現れた愛。沖の方でのんびりと日光浴をしていたがゆえにあやうく溺死するかと思われたわたしは、学生時代に覚えた背泳ぎを再現したような滑稽な泳ぎ方でまだ酸素を得ていた。

 愛で溺れて死ねるなら、それもわたしらしくて悪くないはずでは? いや、まだ死にたくない。波をかいくぐり砂浜に打ち上げられながら、次は岸辺でソーダでも飲んでいようと思った。かき氷もいい。

 とりあえずはレモンとチョコミントのアイスを食べたいので、サンダルを履いた足でアイスクリーム屋に向かう。角を曲がって気づいたが、行く前に愛にまみれた服を着替えるべきかもしれなかった。

 愛の匂いに野良猫が煙たそうな顔をする。道行くカップルはますますいちゃつきだす。鋭い吠え声がして、野犬の群れがわたしを引き裂きに来たのだとわかった。

 嫌だな、死にたくないな。そう思って走って逃げる。野犬の足に追いつけるはずもなく、引き倒されて服をむしり取られる。わたしは悲鳴を上げたが、誰も助けに来ない。

 頭を抱えてうずくまって、どれくらい時間が経ったろう。気づいたら野犬たちはどこかへ走り去ってしまった。わたしはどこにも怪我のない自分の身体をぽかんと見ていた。

 愛の染み込んだパーカーはどこかへ行ってしまった。でもしかたないので、わたしはタンクトップにショートパンツという出で立ちでアイスクリーム屋の移動販売車の前に立った。

「ワッフルコーンに二段。レモンとチョコミントで」

 注文の声はそれなりに通っていたはずなのに、誰もわたしの言う通りにアイスを用意しようとしない。どころかわたしにさえ気づいていない様子だ。

『無駄だ。あんたもう生きてすらないんだ』

 カラスがわたしの足元に舞い降りて言う。黒い身体にラピスラズリのような目。少年のような声がわたしの頭の中で響いていた。

『あんたの身体はさっき愛に呑まれたよ。今頃バラバラに破裂してる』

 ああ、そうなのか。まだ死にたくなかったな。でも致し方ない、愛に殺されたなら文句も言えない。わかったよありがとう。……さて、これからどうしよう?

『僕が連れてってやらなくもないよ、然るべき場所へ』

 本当? 助かるよ。駄賃に払えるものがないし、わたし重いけど。

『せいぜい21グラムさ、気にするな』

 そう言うなりカラスはわたしをつつき回して、手のひらサイズの小さな綿菓子のような塊にした。人間のかたちでは持ち運びにくいらしい。そしてふわふわのわたしを咥えて、夕暮れの向こう、夜の闇が広がる方へと飛び立った。

 そこから先は、もう覚えていない。

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