秘密と魚

「絶対に知られてはいけないよ。でないと心の臓がパチン、だ」

 あの日わたしが出会ったカラスはそう言った。


 もっと心を開けばいいのにと言われるたびに胸がちくりとする。良心がではない、物理的に胸が痛むのだ。きっとあれを知りたがっているのだろう、関わりすぎてはいけない。いずれこいつはわたしを殺す。だからわたしはそっとフェードアウトする。

 知られてはいけない。絶対に知られてはいけないのだ。わたしの心臓には爆弾がある。あれを誰かに知られたら、わたしの命はそこで尽きる。あの日のカラスはそう言った、わたしは彼を信じている。


 カラスに会えなくなって数年が過ぎて、今わたしの隣には池がある。大きな魚が一匹泳いでいる。わたしは魚に語りかけた。語りかけるのが日課になっていた。

「わたしも水で暮らせたらいいのに」

 魚はわたしを見て、ふふりと笑うようにあぶくを吐いた。そして答えた。

「こっちもこっちで色々あるさ」

「そういうものかな」

 魚は鳥が嫌いだった。カラスの話をすれば苦い顔で「はったりだよ」と言った。

「あいつらは人をおどかして遊ぶのが好きな生き物さ。真に受けるこたない」

「そういうものかな」

「何を知られちゃまずいんだい、言ってごらんよ」

 わたしは池の淵に立って、心臓に手を当てた。いつもどおり動いている。

「……太陽の翼が恋する相手」

「それは誰なんだい」

 魚は穏やかな声で問いかけた。これを知られたらわたしの命はないとカラスは言った。大丈夫、心臓はまだ動いている。若干鼓動が速く大きく思える。緊張しているのだ。でも、ずっとわたしを放ったらかしにしているカラスの言うことが、どれだけ信用に値するのだろう。

「言ってごらん。……あんたは自由になれる」

 ぷかり、あぶくを浮かして魚が言った。わたしはからからに乾いた口で小さく、でも魚に聞こえるように秘密を打ち明けた。

「……琥珀の、蠍」

 次の瞬間、わたしは池へと落ちた。心臓が痛い。水を飲みながら、最後に魚をちらりと見た。魚は笑っていた。

「悪いね。あんたのことがどうしても欲しかったんだよ」


 カラスは一部始終を木の上で見ていた。ラピスラズリのような瞳は、巨大な魚が人ひとりの身体をやすやすと飲み込んでいくのを捉えていた。

 いつから、自分の姿が見えなくなったのだろうとカラスは考えていた。なぜ語りかけても気づかないのか。自分はずっとそばにいたというのに。秘密を打ち明けようとした瞬間にも、いけない、と何度も叫んでいたのに。

 池の中の魚と目が合う。魚は笑っていた。カラスは無言で羽ばたいて、森の奥へと去っていった。

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