てのひらゆめうつつ
涙墨りぜ
機械の鳥
機械の鳥は籠の中で黙りこくっていた。歌をうたうときはいつも独りきりでと決めているので、だれもその歌声を聞いたことがなかった。
わたしは機械の鳥に話しかける。わたしが話しかけると、いつも彼はこうべを上げて気さくに答えてくれたが、歌を聴かせてくれることはなかった。
「こんにちは機械の鳥さん」
「やあ。今日もお互い、籠の中の鳥だね」
「自由に興味はないもの」
わたしたちはいつまでもドアの開かない屋敷の中で、和やかに言葉を交わしていた。
ある日外を見れば、瑠璃色の瞳をしたカラスがバルコニーの縁にとまっている。わたしは手を振った。
「こんにちはカラスさん」
「こんにちは。機械の鳥と随分仲がいいようだね」
機械の鳥は黙っていた。わたし以外の者とは話をしたくないのかもしれない。ずいぶん人見知りなのだと思っていたら、カラスは険しい声色で言った。
「あまり、懇意にしないほうがいいよ」
「なぜ? 彼はとてもすてきな友人よ」
わたしは首を傾げてカラスに尋ねた。カラスはじろりと機械の鳥を見て、言った。
「彼に心がないとは言わないさ。だけど、君はここから離れること……自由について、少し考えてみたほうがいい」
そのとき、機械の鳥の喉からきゅりきゅりとおかしな音がした。それをみとめるなり、カラスは慌てたように飛び去ってしまった。
「機械の鳥さん、ひどいカラスだったわね。わたし何にも気にしちゃいないわ」
「ああ、自由だなんだと押し付けてくる輩はだいたい無責任だからね」
ある日、この屋敷で唯一の娯楽と言える四角い箱、テレビとか呼ばれるものを見ていると、ある歌手がレコードを発売するという情報が目に留まった。とても美しい歌声だったので、わたしはそのレコードが欲しくなってしまった。
「機械の鳥さん、わたし外に出たいわ」
「出られやしないさ」
「レコードを買いたいの」
「それならオートマタの使用人に言えばいいさ。なんだって買ってきてくれる」
わたしはなんだかとてもつまらない気持ちになった。どうしてわたしは外に出ることが許されていないのだろう。たまには自分の足で買い物に行きたい。
「違うの、ちゃんと歩いてお店に行って、空を見たり、街のにおいを感じたりしながら帰ってきたいのよ」
機械の鳥はしばらく黙ったのち、「君は自由が欲しいのかい?」と聞いた。
「僕は、君は自由になんか興味がないと思っていたんだが」
「別にここから離れるなんて考えてないわ。でも少しくらい……」
次の瞬間、機械の鳥は目を赤く光らせて叫んだ。
「だめだ。僕がこの屋敷で機能している以上、絶対に君をここから出さないぞ」
わたしはびっくりして息を呑んだ。機械の鳥の怒りはまだ収まる様子がなく、彼はこうまくしたてた。
「このうちの窓もドアも、全部僕がロックしている。僕が壊れない限り、君は自由になんかならないんだ。ずっと、永遠に!」
機械の鳥はそこまで言って、急に甘い声でこう語りかけてきた。
「だから、ねえ。馬鹿なことを言わないで、僕と一緒にいようよ」
わたしは機械の鳥をじっと見つめたあと、静かにこう返した。
「あなたがわたしを閉じ込めていたのね。……なら、わたしはあなたを壊してここから出るまでだわ」
機械の鳥はひどく面食らった様子だった。さっきの怒声が嘘のように細く情けなく、わたしに哀願する声が響いた。
「そんなのやめてくれよ。僕らは友人だろう? こんな、飛ぶこともできない機械の鳥をいじめないでおくれよ」
「いいえ、もうあなたとは絶交よ」
わたしは斧がどこにしまってあったかと考えを巡らせながら、機械の鳥に告げた。彼はまたしばらく黙り、そしてこう言った。
「わかった、だけど最後のお願いだ。……僕の歌を聴いてほしい。それで考えが変わらないなら、僕は君に壊されたっていいよ」
「いいわ」
機械の鳥の喉から、きゅりきゅりという聞き覚えのある音がした。彼が口を開いた瞬間、とんでもない大音量がわたしの耳を襲い……そこから何も聞こえなくなった。
そしてわたしは変わらず、この屋敷で暮らしている。オートマタの使用人は何でも買ってきてくれるし、テレビは相変わらず画面に情報を映している。……もっとも、鼓膜が破れて耳が聞こえなくなったわたしには、テレビに映る人物が何を言っているのかはわからないのだけれど。
結局機械の鳥の思惑通り、わたしは自由への願望を捨てざるを得なかった。彼の歌で聴覚を奪われてなお、自分ひとりの力で暮らしていく自信はなかったのだ。
「機械の鳥さんおはよう」
自分の声が聞こえないから、うまく話せているかはわからない。機械の鳥はくちばしをぱくぱくさせて何か言っている様子だが、わたしには聞き取れない。
わたしはもう今の生活で満足だ、そう思って暮らしている。機械の鳥は幸せそうに見えなくもないし、オートマタの使用人は筆談に応じてくれる。
ただ、時折バルコニーの縁にとまるカラスが哀れむような目で見てくることだけが、とても気に入らない。
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