10/9 Sun. 安中祭1日目――嵐の前のなんちゃら

 日曜に登校するのってなんか不思議だ。


 車の通行量はいつもと比べて壊滅的って表現が合うくらいに少ない。会社員の皆さん、いつもお仕事ご苦労さまです。本日はゆっくり寝てください。


 ぶっちゃけ俺も寝たいです。昨晩は美少女どものサンドバッグにされたせいで寝つきが悪かったし、そもそも日曜のこの時間はいつも寝てるからな。


 たぶん身体がびっくりしちゃってんだよ。おい貴様! こんな時間に起きてて大丈夫なのか! って訴えてきてんだよ。まったくもって大丈夫じゃないよ。


 帰りてぇ。まだ学校に着いてないけど帰りてぇ。


 あくびを噛み殺しながらいつもより多い荷物を持って歩き続ける。大半のものは昨日のうちにクラスの担当が運び入れてるけど、俺が個人で使うものもいくつかあるからな。しかし重てえ。オカンに車を出して貰えばよかったかなぁ。


 そんなこんなで学校に到着。一夜にして派手な装いとなった校門を通り過ぎる。


 平日と比べて随分と人が多いな。しかもどいつもこいつもテンションがアホほど高いときてる。陽キャの晴れの舞台の1つだからな。せいぜいはっちゃけたまえ。


 まずは荷物を置きたいから部室にいく。今日の教室は謎解きゾーンだから私物の持ち込みを禁止されてるんだよね。その禁止のルールを作ったのは俺だけどな。策士策に溺れちゃったよ。


 てか昇降口から渡り廊下まで何かしら装飾されてんな。華やかって言えば聞こえはいいけど、ここまで来ると目障りだわ。目が痛くなるっちゅーねん。


 それに対して素晴らしきかな、我らが技術科棟よ。いつも通りの風景だ。調理したものを運ぶ時に邪魔になったらいかんからね。助かりますわ。


 そして部室に着いた。念のためにノックを3回。


「はーい」


 夏希先輩の声だ。俺と同じで荷物を置きに来たのかな。


「どうぞー」


 許可を得たからドアをスライドして、一瞬、閉じるか迷った。ギリギリでまだ着替えてる最中だったやんけ。チラッと見えたぞ。白いのが。


 よし、見なかったことにしよう。荷物を置いたらすぐに撤退だ。


「カックン、感想なしってひどくない?」


 相変わらず大きいですね。ってことじゃないらしい。


「なぜにチアガール?」


 ポンポンまで用意されてる。普段からただでさえ短いスカートがさらに短くなってるけど、大丈夫かこれ。


「クラスの出しものだね。応援屋」


 なんだそれ。


「ほら。世の中にはさ。疲れたおじさんがいっぱいいるじゃん」


「もういいです」


 地獄への道は善意で舗装されているって諺が欧州にあるけど、言葉通りの意味でそれだね。


 女子高生の応援という、付加価値はあるのに原価ゼロというチートを用い、社会のストレスで身も心も渇いちゃってる中年男性に一時の潤いを与える。女子高生はお金が欲しい。中年男性は潤いが欲しい。ブラック寄りのグレーな気もするが、合意の元だし、ウィンウィンだし、性的な要素もないからまあいいだろう。


 しかしだ。その癒しを経験した彼らは忘れることができるのだろうか。


 渇いた心に清涼感が染み渡っていくような、その感覚を。


 心の洗濯と言っても過言ではない、魂さえ洗われそうな、そのひと時を。


 断言できる。無理だね。モテない男がキャバ嬢にハマるが如く、配管工が叩き上げるブロックのようにチャリンチャリンとコインを落としまくるに違いない。


「カックン、世の中はね。狩るか、狩られるか、なんだよ」


「それっぽいことを言ってますけど、女子高生がおじさんを狩るって一方通行しか成立してませんよね。おじさんが女子高生を狩ったら捕まりますし」


「もう。カックンは分かってないね」


 夏希先輩はやれやれと言った感じで肩を竦めて、


「細かいこたぁいいんだよ」


「開き直ってんじゃねえぞ」


 水谷さんのとこといい、こいつら女子高生は男を財布かATMとしか思ってないんじゃないかな。


「そんな口の利き方をしないの。ほら、お詫びに見せてあげる」


 スカートの前の部分を掴んでパタパタやりやがったわ。アンダースコートを穿いてますけどね。


「どう? 嬉しい?」


「そんなことより疑問があるんですけど」


「……そんなこと」


 夏希先輩の目が鋭くなった気がするけどシカトしよう。


「それ、優姫が水着で同じようなことをしてきたことがあるんですけどね。女子は気にしないみたいですけど、スカートの中って時点で男の興味は引けると思うんです。それこそ水着でも、アンスコでも、ぱんつでも。等しくね」


「カックン、論理の話はやめようか。おねーさん、白けちゃうよ」


 パタパタが止まってしまったわ。


「けどお詫びと言ってそうしたってことは夏希先輩もそれを理解した上での行動ってことですよね。要するに、そのアンスコにはお詫びと称して差し支えのないくらいの価値があるって自分で認めてるようなもので。ぱんつじゃないから見せてもいいとか言いながら、実は普通に恥ずかしいんじゃないんですかね」


「あのね。そーゆーのはいいの。ただ夏希先輩のぱんつ見えたーってはしゃげばいいの。おねーさんはそーゆー反応を見たくてからかってるの」


 からかってるって認めちゃったよ。じゃあこっちもいくか。


「ところで感想ですが、普通に可愛いと思いますよ」


「え」


 赤くなったりはしないけど、驚きはしたね。俺が言いそうにないセリフだもんな。


 とりあえず夏希先輩は放置しよう。荷物を置き、ワイシャツを脱いでしまう。


「それ。クラT?」


「そうです」


 背中に『犬』。表に『1年8組 謎解き進化バーガー』って書かれた白Tだ。


「カックン、飛白の犬みたいなとこあるもんね」


「なんで俺がそんな狂った設定を負わなきゃならんのだ」


 溜息を吐きながら周囲を見回してみる。内炭さんや優姫、川辺さんのっぽい荷物もあるな。出入りの関係上、ここの鍵は開けっ放しにしとくと思うけど、泥棒に入られなければいいなぁ。


「施錠するよん。家庭科室からしか入れないようにする予定」


 ウチの学校ってエスパー多くね?


「そっすか。じゃあ教室に行くんで。また後で」


「はいよー」


 という訳で8組に向かった。見慣れた机や椅子が室内に3つしかないってのが新鮮だね。前後の黒板にチョークで意味深な絵が描かれ、部屋を区切るように置かれたいくつかの衝立や床などにもそれっぽい情報があるものの、まあいいや。これに興味を持つのは謎解きをするお客さんだけでいい。


 まだ少し早いせいで人数が足りてないように思える。とりま時間にルーズな浅井の姿はないね。


「おおおーっす」


 ギャルが挨拶なのか自己紹介なのか分からんことを言いながらやってきた。


「おはよーさん」


「いよいよだね!」


「そっすね」


「素っ気ないなぁ。ていうかなんでこっちを見ないんじゃい」


 女子のTシャツ1枚って身体のラインが分かりすぎるんだよなぁ。天野さんは制服と変わらんみたいだけど、川辺さんはすごそう。


「ちょっと眠くてぼーっとしてるだけ。昨日、地元に戻ってから生徒会のアホ2人に捕まってね。普通に眠い」


「んー? アホ2人ってやどりんとかすりんのこと?」


 よく分かってんじゃん。誰かアホなのかってことを。


「そう」


「おー! いいなぁ! 美少女2人を相手に夜更かしだなんて!」


「……言ったね?」


 一瞬で態度を変えた俺に大岡さんが頬を引き攣らせた。もう遅いぞ。


「いいなぁって言うってことは紛れもなく羨ましいってことだよね。じゃあ今度からそっちに押し付けちゃうわ。まじで助かる」


「……私は絵麗奈ちゃん一筋だから!」


 逃げやがった。上条先輩の口付けを有難く頂戴すりゃいいのに。


「あっ、碓氷くん、おはよー」


 川辺さんの声に釣られて振り向いた。でかい。その感想しか出てこなかった。男子の大半がチラチラ窺っちゃってるし。


「おはよーさん。今日はよろしく」


「こっちこそ!」


 今日の俺らは午前中を家庭科室で過ごす。15時から恋コンの決勝が体育館で行われるから、川辺さんは一時的にいなくなっちゃうけどね。


 現在はおよそ8時半。お客さんの入場時間は10時に設定されてる。各クラスもこうしてミーティングをやってるせいか、妙に静かに感じるな。


 嵐の前の静けさってことにならなきゃいいけどね。


「あっ、いた」


 その登場人物のせいで、クラス内が一瞬にしてざわついた。


「おはよう。おかみさん」


 今日も今日とてダークブルーのバケットハットをかぶった紀紗ちゃんが現れた。なんでやねん。お客さんの来場は10時ってアナウンスされてんだろ。


「これ」


 紀紗ちゃんはてくてくとマイペースで歩いてきて、右腕の手首に巻いた時計を見せてきた。10:11って表示されてるね。


「時計が狂ってるってレベルじゃないんだけど」


「宿理がこうすれば早く入れるって教えてくれた」


 あいつ、まじで生徒会副会長を辞任するべきじゃねえかな。一休さんでも気取ってんのか。まったくよぉ。


 けどまあ。論理的に言えば、来ちゃったならもうそれはしょうがない。そんなのダメだよって言ったとこで、来ちゃった事実は消えないしな。わざわざ帰すのは合理的じゃないし。


「えー、ちょっといいですか」


 ざわざわさせっぱなしも悪いから、らしくもなく声をあげてみた。


「こちら、生徒会副会長である油野宿理さんの妹。油野紀紗さんです」


 俺の紹介に合わせて紀紗ちゃんがぺこっと頭を下げた。なぜか拍手が起こる。


「えっと。まだミーティングとかあるんだけど」


「大人しくしてる」


 外で待ってるって言ってくれないのな。あくまでここに残る気なんだな。


 こんな感じで先手を打たれたらダメ出しをしにくいな。相手は中学生だし、大人しくしてるって言葉だけなら殊勝なものも出たし。そこを俺が頭ごなしになんか言ったら批判の的になっちゃうわ。面と向かっては言わないと思うけど、ただでさえ少なくないと思われる俺への陰口が爆発的に増えそうだわ。


 そもそも、


「紀紗ちゃん、いえーい」


「いえーい」


 ウチのカーストトップが嬉しそうにハイタッチしちゃってるし。相手が真顔で応じてるからシュールにも程があるけどね。


「あれ? 油野妹じゃん」


 やっとこ浅井がやってきた。紀紗ちゃんを見て驚いたのも束の間、すぐに川辺さんのダイナミックな膨らみに視点が固定される。だから嫌われるんだっての。


「おはよ。浅井」


「……は? オレ、中学生に呼び捨てにされんの?」


「気にすんなよ、浅井ー」


 川辺さんもここぞとばかりにいじる。これはちょっと浅井が嬉しそうだ。


 なんだか前途多難って感じが早くもしてるけど、文化祭のスケジュールがつつがなく進行してくれるといいなぁ。


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