10/9 Sun. 安中祭1日目――花より団子、団子より山

 1年8組の出しものである『進化するハンバーガー~謎解きにチャレンジして真のハンバーガーを食べよう!~』は、まず参加チケットを買うとこから始まる。


 チケットは1枚200円。1チーム最大3名として、3名でエントリーした場合は500円となる。クレーンゲームもそうだけど、100円しか安くなってないのに、ワンコインになった途端になんか不思議なくらいお得感があるよね。


 そのチケットにはハンバーガーのイラストが描かれてる。高木画伯の力作だ。この絵に描いた餅ならぬ、絵に描いたハンバーガーが、謎解きをクリアするたびに進化するシステムだ。


 具体的に言えば、1問正解するとハンバーガー型ミニクッキーの引換券となる。絵が具現化されるって感じだね。さらに正解するともち炭バーガーみたいなミニサイズのハンバーガーに、3問の正解で通常のハンバーガーと交換可能だ。


 本来、6問の正解で通常ハンバーガーと交換だったが、テストの解答率が低すぎたからその辺はバランス調整を施した。


 4問目以降をクリアすると進化ポイントを付与され、それを使って具材の増量を行える。3問正解するだけだとバンズにレタスとハンバーグが挟まれてるだけのシンプルなものだけど、それ以降はトマトスライス、チーズ、ハンバーグ、目玉焼きなどを追加で挟めるって仕様だ。


 なお、6問とも正解するとシークレット具材を注文できる。主にブルスケッタの材料を挟むことになるけどね。グラタンコロッケとか。


 一応は5問正解で最大進化バーガーとなる。チーズ3枚とハンバーグ2枚を基本とした超高カロリーバーガー。天野さんは試食を拒否しましたね。川辺さんはとても満足そうに口元をケチャまみれにして食ってた。大岡さんは高木さんと半分こにしてたかな。そのくらいボリュームがある。


 ちなみに初日こそガチ勝負でいかせて貰うが、2日目は課金システムを取り入れることになってる。ハンバーガー引換券を持って追加料金を払えば進化してやるっていう、善意に満ち満ちた悪行をやっちまうのさ。


 そんな話をしながら家庭科室を目指し、


「最大進化するのにいくらかかるの?」


 左隣を歩く紀紗ちゃんが尋ねてきた。


「ワンコインだよ!」


 右隣を歩く川辺さんが答える。紀紗ちゃんは小首を傾げて、


「高い? 安い?」


 微妙なとこだね。ハンバーグ1、チーズ3にトマトか目玉焼きを足せる訳だし。俺のハンバーグにどれほどの価値を見出すかによる。


「わたしは安いと思う! 今はなんでもかんでも値上がりしてきてるし!」


 ほんとにな。電気、ガス、水道代を学校が持ってくれるから成り立つって言っても過言じゃないんだ。毎年って言っていいくらい10月に値上げラッシュが起こるからなぁ。


「ぶっちゃけ課金されすぎても困るけどね」


「そうなの?」


 疑問符を飛ばしてきたのは紀紗ちゃんじゃなくて川辺さんだった。


「通常バーガーで200食分しか材料を用意してないからね。せっかく5問正解したのにハンバーグが売り切れってことになったら申し訳ないし」


「売り切れはどの模擬店でもあることだし。しょうがないんじゃないかなー」


「そうなんだけどね。他のとこは金を払う前に売り切れを通知されるけど、俺らの場合ってチケットを買ってから回答を終えるまでにかなりのタイムラグがあるからさ。ちょっと事情が変わってくるからお客さんの理解を得られるかってのがね」


「でもそれはチケットを販売するときに説明するんでしょ?」


「まあね」


 それでも怒る人は怒る。売り切れになった場合は返金した上にクッキーバーガーを渡すことになってはいるけど、最初から手に入らないと思ってたのならともかく、もうすぐ手に入るって状況から一転するのはショックが大きいからな。


 受付には常に男女2名ずつを置くことにしてるし、クレームを入れられたらすぐに連絡しろって言ってあるけど、はてさて、どうなることやら。


 昨今の日本人の民度はどうかと思うくらい低いからね。真っ当な人の方が圧倒的に多いのは分かっているものの、毎日のようにアホみたいなニュースが流れてくるからなぁ。


 とか考えてたら技術科棟に着いた。


「ここでスリッパを履き替えてね」


 紀紗ちゃんはこくっと頷いて俺と川辺さんの行動を観察し、模倣する。


「いい経験になる」


「あぁ、来年からはこれが日常になるからね」


「そう」


 紀紗ちゃんが心なしか嬉しそうだ。今日はレディファーストを無視して俺が先に階段を上がることにする。人の行き来が激しいから1列でいこう。


「わたしが紀紗ちゃんの師匠になってあげようかっ」


 川辺さんがまた調子こいてる。まあ、基本くらいは任せてもいいかもしれんけど。


「だいじょうぶ」


「……やっぱ碓氷くんのほうがいい?」


「そうじゃない」


 そうじゃないのか。


「もうオムライスくらいは作れる」


「え」


 川辺さん、オムライスはまだ作れないんだよな。半熟のオムレツを作るのが苦手というか、焼きすぎるか、生すぎるかって感じになるんだよね。リフィマ仕様じゃなくていいなら普通に作れる気もするけど。


「圭介に教えて貰った」


「っ! あのふわとろのやつ!」


 食ったことあるのか。あれ、美味いよな。ブロッコリーは許せんけど。


 そんなこんなで川辺さんが油野へのヘイト値を上げてまもなく家庭科室に到着。無遠慮にドアをスライドさせたらもう8つの調理台で作業が始まってた。


 料理研のメンバーは既に全員いるね。優姫、内炭さん、夏希先輩は紀紗ちゃんの姿に驚いてみせたが、


「宿理ちゃん、今日は私服で行動するの?」


 愛宕部長がおかしなことを言いだした。


「くふふ、部長って天然なの?」


 天然が天然に何か言ってるよ。川辺さん、仲間が欲しいのかな。


「え? 私、天然じゃないよ?」


「天然はみんなそう言うんですよ!」


 川辺さんが言うと説得力があるわー。てか、


「この子、紀紗ちゃんですよ」


「え? あっ、ごめん」


 リフィスの誕生日会でも、脱出ゲームの時でも、そこまで絡みがなかったからな。パッと見はとても似てるから見慣れてない人は間違えてもしょうがない。


「だいじょうぶ。気にしてない」


 紀紗ちゃんも頷いてみせた。


「ほんと?」


「うん。中学でも似てるってよく言われる」


 元気を失った宿理先輩の図。って感じではあるな。身長も体型も似たようなもんだしさ。髪型は違うけど、今はバケットハットをかぶってるからね。


 宿理先輩の髪はだいぶ伸びてきた。内炭さんと初めて会った時くらいは肩口までしかなかったのに、今は肩甲骨くらいまである。去年の暮れまでもっと長かったけど、失恋の際にバッサリいっちゃったからな。恋心を再起させるのを契機にまた願掛けかなんかで伸ばしてるっぽい。


 一方で紀紗ちゃんの方は肩に掛からない程度だ。旧式やどりんって感じ。


 それはそうとして、せっかくだから伝えとこうかな。


「実は料理研の入部希望者です」


「え! そうなの!?」


 愛宕部長が一転して笑顔になった。ぺかーって表情が輝いてる。


「来年、よろしくお願いします」


 紀紗ちゃんは帽子を取って深々とお辞儀をした。その時に揺れた髪の長さで、愛宕部長を含め、初見の連中も宿理先輩と別人だって理解できたみたいだ。


「こちらこそよろしくね」


 という訳で本日は文化祭だが、紀紗ちゃんの体験入部も兼ねることになった。ついでに言えば俺と紀紗ちゃんのデートも兼ねてるからイベントを重ねすぎだね。


 まずは軽いミーティングを行い、それが終わったらお客さんの来場に合わせてブルスケッタの準備に取り掛かる。


 なお、料理研の売り場は家庭科準備室の前の廊下で、調理部は家庭科室の前の廊下の半分ほどだ。外側の窓を背中に垂れ幕付きの長机をいくつか置いてあるから、この2つの部活を目的で家庭科室の中に入ってくる生徒はいないはず。


 受付のカウンターには基本的に2年生がいてくれるらしい。料理研の2年は華やかだからお客さんもその方がいいと思うわ。基本的に不愛想な俺や内炭さんが座っててもね。買ってみようかなって気が失せるってもんだよ。


 とりあえずマカロニグラタンを作りましょうか。舞茸入りのやつを。


 料理研に割り振られた調理台は3つ。愛宕+皆川+内炭。夏希+稲垣+中島。碓氷+相山+川辺。という組み合わせ。配置で言えば愛宕班と稲垣班に碓氷班が挟まれてる感じ。


 その碓氷班に関しては紀紗ちゃんもいるけどね。って、そうか。グラタンより先に考慮するべき点があるわ。


「紀紗ちゃん、朝メシは食ってきた?」


「たべてない」


「ブルスケッタでいいなら用意するよ。米がいいなら炊くし」


「パンでいい」


「サンドイッチとかフレンチクラストとかフレンチトーストもいけるけど」


「そう言われると迷っちゃう」


 じっと食材を眺める紀紗ちゃん。存分に迷わせてあげよう。


「優姫と川辺さんは?」


「あたしは食べてきたけど、なんか作ってくれるなら食べる」


「わたしも作ってくれるなら食べる!」


「なら雑サンドでいくか」


「雑?」


 紀紗ちゃんがこっちに興味を向けてきた。


「食パンにバターを雑に塗って、雑に作った玉子焼きを乗っけて、雑にケチャかマヨをしぼって、雑に挟む」


「雑だね。それでいい」


「おいしそう!」


 川辺さんは本当に玉子さえあればいいんじゃねえかな。とにかく、


「コンロ借りるわ。焼いたベーコンも入れて欲しい人は手を挙げて」


 おい。手が5つあるぞ。愛宕部長と夏希先輩がしれっと参加してる。急に手を挙げた先輩方に1年は不思議に思いながらも、釣られて手を挙げてしまったね。


 まあいいか。多めに作って余ったら周囲にお裾分けしよう。てか調理部にも挨拶をしなきゃいかんな。1年8組の調理台を共用とはいえ提供して貰うんだから。


 ってことで雑な料理のはじまりはじまり。いつも雑だけど本日はもっと雑なのだ。


 先に川辺流フレンチクラストのためにパンの耳は切り落としとこうかね。


「やる」


 紀紗ちゃんも混ざりたいらしい。ならば遠慮なく甘えるとしよう。


「玉子焼きの中身はプレーン、チーズ、台湾ミンチの3択。ケチャとマヨは自分でしぼってくれ。ベーコンが入るからそこそこ以上に塩味が効いてると思うけど」


 真っ先に紀紗ちゃんが返事をして、そこから連続で声が上がったせいで何となく手を挙げてた連中もようやく意図を理解したっぽい。となるとキャンセルの1つくらい出そうなもんだが、


 プレーン:愛宕部長、皆川副部長、内炭さん。


 チーズ:稲垣さん、中島さん。


 台湾ミンチ:紀紗ちゃん、川辺さん、夏希先輩。


「あれ? 優姫は?」


「あたしは台湾ミンチとチーズのセットで」


 ふむ。昨日のブルスケッタが美味しかったってことなのかな。それは嬉しいけど、そんなことを言われるとさ。


「じゃあおねーさんもそれにしよっかな」


 ほら、夏希先輩も乗ってきた。そうなるとプレーン以外の連中は便乗してくる。まあ、いいけどね。


 とにかくサクッと作ってみる。耳を切り落とした食パンを置いて、バターをたっぷりと塗って、雑すぎて形が歪な玉子焼きをどーんと乗せて、その上に玉子焼きの横で焼いてたベーコンも間隔を空けて2枚並べ、食パンで挟んだら十字切りにする。


 他意はないけど、台湾ミンチーズx2、プレーンの順に作り、


「おいしい」


「おいしい!」


 なんかデジャヴった。ミツキサのこの反応って前にもあった気がする。


 基本的に女子が食べる訳だから野菜を入れた方がよかったかもな。いくらなんでもジャンク過ぎる気がする。


 俺はプレーンにケチャップをしぼって食べた。余らせたつもりじゃなかったけど、残った3切れをじっと見てる女子が同じ卓にいたから、


「紀紗ちゃん、もう1個いっとく?」


「いっとく。すごくおいしい」


「わたしも!」


 川辺さんってまじで食いしん坊なのに太らないよな。栄養が胸に集中する体質って本当にあるのかね。どっかの大学で研究とかしてないのかな。


 そんでもって最後の1切れは意外にも愛宕部長が取りに来た。


「最近、碓氷くんの料理の研究をしてるの」


 食い意地を張る口実にしては弱いな。だって俺の料理って基本的に雑だし。研究する価値なんかないだろ。


 とにかく追加で台湾ミンチーズx2を製造して、


「川辺さん、調理部に挨拶しよう」


「はーい」


 話は通してあるって源田氏は言ってたけど、直接的なやり取りをするのは今回が初めてだ。ちょっと緊張するね。


「おはようございます。1年8組の碓氷です」


「おはよーございまーす。1年8組の川辺でーす」


 うん。まあ、予定通りなんだけどさ。8人中8人が川辺さんの胸を見るってどうなの。こっちとしては主導権を握りやすくて助かるが。


「源田先輩から話は聞いていると思いますが」


「あ、あぁ」


 織田氏、ヘイト管理がなってないぞ。憎たらしい俺よか川辺さんの膨らみの方に目がいっちゃってるじゃん。


「これ、碓氷くんからのお裾分けでーす。おいしいのでどうぞー」


 川辺さんが皿の載ったトレーを差し出した。これ、狙ってやってんじゃないよな。調理部の目がそっちに向かったが、角度的にその背景は川辺さんの胸になる。


 男子どもが美しい山々を観察する大義名分を手に入れてしまったよ。お陰で手を伸ばそうとしない。いつまでも見ていたい気持ちは分からんでもないけどね。


「基本的には僕と川辺さんの2人で使わせて貰いますが、その際はどの調理台を使えばよろしいでしょうか」


「ここでいいぞ」


 調理部員Aが目を泳がせながら答えてくれた。泳いでも泳いでも行きつく先は山なんだよなぁ。陸を目指すか溺れることをおすすめするよ。


「ありがとうございます」


 では失礼って言えないんですけど。誰も雑サンドを取らないんですけど。


「食べないんですか? おいしいのに」


 川辺さんがしゅんとしたら一斉に手が伸びてきた。これはこれで絵面がやばいな。


「あっ、まじで美味いわ」


「うまっ、なんだこれ」


「サンドイッチなのにトルティーヤってかブリト―を食ってる感がある」


「分かる。具材の味が強すぎるんだよな」


 一変して花より団子状態。織田氏もメガネのブリッジをくいっと上げて、


「源田先輩も碓氷の料理は美味かったと言っていたよ」


 こうして料理研と調理部の確執は解消されましたとさ。めでたしめでたし。ってなってくれるのが理想的だった。


「碓氷、少し時間を貰ってもいいか?」


 そうは問屋が卸さない。立場上、断ることもできんしなぁ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る