10/7 Fri. 自明の理――前編

 中間テスト、お疲れさまでした。


 大して勉強してないけど、ちょっとした開放感があるね。


 それは他の生徒も同じみたいだ。昼休みの喧騒は通常よりかなり大きい。


 だって今日はもう文化祭の準備をするだけだし。明日はクラスによって準備の続きをするけど土曜でお休みだし。明後日は待ちに待った文化祭本番だし。


 しかし何よりも、


「やったあああああ! さっすが絵麗奈ちゃん! みっきーもおめっとー!」


 早くも大岡さんが最高潮。そう、今日は恋コンファイナリストの発表日だ。


 本来は男女で各8名ずつの選出なんだけど、今年は各10名ってことになってる。


 聞いた話では、上条先輩が油野姉弟の影響力を鑑みて各9名にしようとしたんだけど、9だと忌み数で縁起が悪いから10にしようってまいたけ先輩が提案して、それが本気だったのか冗談だったのかはともかく、多数決をしてみたらしい。


 そして8割強の賛成が得られちゃったからこうなったとのこと。投票システムの変更といい、次々と伝統をぶち壊していくね。


 という訳で、安城中央高校生徒会執行部主催【恋人になって欲しい人コンテスト】のファイナリストを発表しまーす。


 なお、例年は票の獲得数も公表するらしいが、今回は数字を隠すそうだ。俺や内炭さんみたいに嫌がらせでエントリーさせられた人に対する配慮と、1位と10位で票数差が10倍近くあったせいで様々な問題に繋がりかねないからとのこと。


 10位でも立派な成績なのに、そんだけ差があったら負け確だし、からかわれてもおかしくないもんな。悪くないと思うよ。


 じゃあ、まずは男子。


 1年1組 油野圭介

 1年4組 宮島みやじまこう

 1年8組 浅井良太

 2年1組 上野幸輔

 2年3組 玉城拓也

 2年5組 織田悠真

 2年5組 塚本修斗しゅうと

 3年2組 内藤ないとう颯太そうた

 3年5組 源田学人

 3年7組 鷲尾わしお大翔ひろと

 

 やっぱ基本は顔の良し悪しで選ばれてるみたいで、知らんのが3人しかいない。けど1年で分からんやつがいるとは思わんかった。宮島ってどんなやつだろ。


 まあ、とにかく女子。


 1年3組 水谷千早

 1年8組 天野絵麗奈

 1年8組 川辺美月

 2年1組 油野宿理

 2年2組 上条飛白

 2年4組 武田麻衣

 2年6組 稲垣夏希

 2年8組 愛宕愛美

 3年5組 北條花楓

 3年6組 宮島みやじま空良そら


 やっぱ北條先輩は人気みたいだね。てかここでも宮島。もしや姉弟なのかね。


 上条先輩も今年は生徒会長になって名前が売れちゃったせいか予選をクリアできてるし、水谷さんと一緒に宿理先輩との票の分散ができれば全員にワンチャンがある感じになるかもしれんね。


 それはともかく、これ、ちょっと内炭さんと相談したいな。


 という訳で早足で部室に向かった。ドアをスライドさせると神妙な面持ちの内炭さんが背筋を伸ばして待ってる。


「ねぇ」


 今日は早くてもしょうがない。


「どうした? って今日は問うまでもないな」


 テンプレを崩しながらいつもの席につく。俺は弁当箱すら出さずに言った。


「皆川副部長だけ落ちてんだけど」


「それよ」


 これは今日の部活で絶対に一波乱ある。まじで勘弁して欲しい。


「絶対に通ると思ってたのにな。あの人ってツラだけは良いし」


「言い方。でも分かるわ。副部長、ちょっと気難しい性格をしてるし」


 上条先輩や水谷さんも顔良しの性格悪しって感じだけど、あの人らは女子特有の鬱陶しい感じがないからな。


「けど本人にそれは言えない」


「なのに本人は尋ねてくるのよね。どうして? って」


 ふむ。


「内炭さんとの付き合いもそこそこ長くなってきたから分かるかもしれんが」


「あの人、部活やめてくれねーかなーってとこ?」


「内炭さん、そんな酷いことを考えてたのか」


「……え。違ったの?」


「違くないです。思ってました。けど思い当たるってことは内炭さんも少なからずそう思ってんじゃねえかなってお話」


「やめてくれた方が平穏な毎日を過ごせそうだなーってくらいよ」


「希望はしないけど期待はしてるって感じか」


「少なくとも今現在に限っては希望もしてるわね」


 責める気になれんな。そのくらい億劫だわ。


「んー、愛宕部長はともかく夏希先輩が通ってるのがなぁ」


 昨今のラノベでS級美少女とかいうよく分からん表現をたまに見掛けるが、それで言うなら水谷さん、宿理先輩、上条先輩がそのS級とやらに当てはまると思う。この3人は別格。十人中十人どころか百人中百人が可愛いと答えるレベル。


 その感覚で言えば皆川副部長は95%近くが可愛いって答えると思うんだよな。川辺さんもそんな感じ。愛宕部長は90%前後かな。


 それに対して夏希先輩は8割くらいになる気がする。最大の理由はいま挙げた女子達と比べて笑う頻度が少なすぎるから。やっぱ笑顔って女子を最も魅力的に感じさせるメイクの1つだと思うんだよね。


「立会演説のせいかしら?」


 あー、そうか。なくはないかもな。


「夏希先輩は他の候補者への配慮を見せてたけど、副部長はただただ私怨をぶちまけてたもんなぁ。男尊女卑の是正がテーマの主軸だったから男目線だと『こいつと付き合ったらめんどくさそう』って感じると思うし」


「そうよね。そこは私でも分かるわ」


「逆に同性票はそこそこ入っておかしくないんだよな。一部のフェミに限るとは思うけどさ。ちなみに内炭さんって同性票を誰かに入れたのか?」


「入れたけど。内緒にしてくれる?」


「話すメリットが皆無だろ。その投票先の人くらいしか快く思わんしな」


「……宿理先輩に」


「そいつは無難っていうか、王道っていうか。まあ、保守的ですね」


「そういう碓氷くんは?」


「俺はオール白票」


「えー、それはちょっと薄情じゃない?」


「内炭さんは言葉を知らんのだね。これは公平って言うんだよ」


「もう。またそうやって良い感じの言葉にすり替えるんだから」


 それにしても、どうすっか。とりあえずメシにすっか。


「腹が減っては戦ができぬってことで」


 弁当箱とほうじ茶を取り出した。


「戦とか。恐いことを言わないでよ」


 内炭さんもグレーの弁当箱とほうじ茶を用意。


「諸説あるけど、この言葉って戦争における兵糧攻めの効力を語るもので、カロリー不足で動けないとか真価を発揮できないとかってのは拡大解釈らしいんだよな」


「そうなの? 物騒な言葉だったのね」


 森を発見。淀みなく譲渡を済まして、


「本当のとこは知らんけどね」


 鮭の切り身を頬張る。あれ、塩が効いてない。ちょっとショックだわ。白米をかっ込んでもやや味気ないっす。


 今日の内炭さんは冷凍食品をかなり少なくしてるみたいで、グレーの蓋の裏に玉子焼きと唐揚げを1個おき、


「味見をお願いしてもいいかしら?」


 やったぜ。おかずが増えた。棚ぼたってやつだね。


「いただきます」


 玉子焼き。これはいつぞやに食べた油野家のやつなのかな。だいぶ似てる。


 続いて唐揚げ。これ、むね肉じゃないのか。めっちゃしっとりしてる。


「どう?」


「んー、どっちも美味いんだけどさ。玉子焼きは油野家に寄せるより内炭家の味の方がいいんじゃないか?」


「その心は?」


「食べ慣れてる味だと美味いってよりいつもの味だって思われちゃうぞ」


「あー。えー? んー。まずいって思われるよりよくない?」


「保守的だね。料理で攻略するなら50点を目指してもダメだろ。100点どころか120点を狙うくらいの気持ちじゃないと」


「それはそうかもしれないけど。やっぱ恐いわね」


「足踏みは兎の特権です。亀は黙って歩き続けなさい」


「……その言葉、耳も心も痛いわね」


「んで、唐揚げの方だけどね。美味いっちゃ美味いんだけど」


「ちょっとタイム!」


 なんだよ。深呼吸し始めたよ。


「内炭家の味を否定される気がしたから心の準備を少々ね」


「味の否定をする気はない。美味いし」


「そうなの?」


「もも肉の方がよくねって思っただけ」


「味以前の問題じゃないの」


「賄いで出した鶏からスペシャルって憶えてる? 誕生日の流行について話してた日の罰ゲーム的なやつ」


 内炭さんだけ問題に答えられても唐揚げが約束されてたやつな。


「あー、あの5種類の味を用意してたやつね。美味しくてまったく罰になってなかった気がするけど」


「そいつは光栄だね。カレー。鶏がら。醤油。塩レモン。チーズの5種のうち、塩とチーズがむね肉で、他がもも肉だったが、油野はもも肉ばっか食ってたぞ」


「なるほど。参考になるわね!」


「ただカレーが好きって説もあるけどね」


「……もも肉の唐揚げをカレー味で用意すればいいのかしら」


「俺と比較されちゃうかもしれんけど」


「唐揚げをやめましょう」


 逃げ腰すぎない?


「最近の賄いって暗黙の了解で俺が作る感じになってるから、内炭さんが作ったものを油野に食わして、美味いって言ったら実はーっていくパターンとかどうよ」


「えぇ、バレないかしら」


「水谷さんの妨害さえなければいけるんじゃねえかな」


「それはそれでハードルが高いわね」


「水谷さんが休憩に入ってる時に工作するしかないな」


 内炭さんの油野攻略についてはこの辺で落ち着かせるとして、


「それよか副部長の対策を練らないとな」


「そうね。まあ、皆川先輩の矛先は男子である碓氷くんに向かうとは思うけど」


「それで済めばいいけどな。川辺さんに当たり始めたらどうしようかなって」


「あぁ。美月ちゃんも通ってるもんね。ウチの部ってなにげにすごくない?」


「俺らも一応は他薦されたしなー」


「……何票だったのかしら」


「気になるなら教えてあげるけど」


「え」


「上条先輩に確認したんだよ。知人以外の票が入ってなかったらいじめの可能性がある訳だしさ。仮にそうだとしたら命令券を使ってでも特定してやろうかなってね。本当は教えちゃダメってなんだけどねって口を滑らせる気満々で語って来たけど」


「くわしく」


「さすがに投票者の名前は教えてくれなかったけど。内炭さん、20票近くあったみたいだよ」


「ほぇ!」


「3票を除いて同性票だったんだってさ」


 内炭さんが息を呑んだ。つまり、


「そのうちの1票は宣言通りで油野くんなのよね?」


「みたいだな。ちなみにもう1人は久保田」


「クボ1!」


「油野が誘ったのか、率先していじめ対策をしたのかは知らんけどね」


「……ワンチャンで私と付き合いと思ってたり?」


「それはノーチャンですねえ」


 調子に乗んじゃねえぞ。本命じゃねえわ。義理に決まってんだろ。


「もう1人は上条先輩も名前を知らん男子だったみたい。1年ってのは聞いた」


 おっと。なんかにやにやし始めましたよ。


「私、モテちゃったのかしら」


「はい、今日はここまで」


「ちょっと! 夢くらい見させてよ!」


「見ない方がいいと思うな」


 万が一ってこともあるからね。


『好きって言われたらー、好きになっちゃうよねー』


『好意の返報性って言ってね。一応は心理学にあるんだ。好意を持ってくれた相手に対して好意を持った態度で応えるという習慣だね』


 木乃伊とりが木乃伊になるって訳じゃないけどさ。油野を諦めるきっかけになりかねないからな。


 押しても反応のないボタンより、確実にジュースが落ちてくるボタンを押す方が建設的だし、合理的だ。論理で決めるような話じゃないが、この子は愛されることに慣れてないからね。流されちゃいそうなんだよなぁ。


「そういうのは油野を諦めてからだな」


「言い分は分かるけど、自分を好きになってくれる人がいるって思うと、自分に自信を持てると言いますか」


「その男子の恋心を踏み台にした自信に乗っかりたいと?」


「……どうしてそういう言い方をするのよ」


「言い方は関係ないな。いくら言葉を取り繕っても本質的にはそうってことだし」


「むぅ」


 ふむ。そうか。本質か。言葉を取り繕って上手いこと勘違いさせればいいのか。


 弁当を食いながら急いで脚本を作り上げよう。内炭さんどころか優姫の協力も必要になると思うし。ストーリー次第だと愛宕部長もだしな。


 ただ、夏希先輩は元から皆川副部長に良い感情を抱いてないとこがあるし、下手に煽ったりしなけりゃいいけど。


 そこだけが不安だな。先に釘を刺してもいいけど、あの人って糠みたいなとこあるしなぁ。余計なことは言わん方がいい気もする。


 とりあえずは論理と根拠を集めないとな。


 よし、頭をフル回転させるために豚肉とキャベツの味噌炒めを食おうか。


 どうか、我にブタさんの加護があらんことを。


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