10/6 Thu. 東奔西走――後編
では容疑者を発表します。
3年5組の源田学人前生徒会会長。
2年5組の織田悠真前生徒会副会長。
2年7組所属の文化祭実行委員または生徒会役員。
嶋田くんから書類を受け取った2年の文化祭実行委員。
その書類を受け取った生徒会役員。
細かいことを言えばその近くの生徒も当てはまるが、おおよそこの辺りに絞ればいいと思う。と言っても、
「ぶっちゃけ犯人なんかどうでもいいんだけどね」
管理棟から教室棟に戻る際に俺はそんなことを言ってみた。
「え。今から犯人を捕まえにいくんじゃないの?」
「ないない」
ここは即答。考えるまでもない。
「なんで?」
「分からんもん」
「……えー」
いやいや、そんな不満げな顔をされましてもね。
「容疑者はあくまで容疑者。証拠もないし、故意か過失かも分からん。その程度の猜疑心でケチを付けるのってさっき浅井が嶋田くんにやってたのと同じレベルのアホでしょ。川辺さんは類似浅井くんになりたいの?」
「絶対にやだ」
そうでしょう、そうでしょう。
「俺もやだ」
「でもじゃあどうするの?」
「基本的には出たとこ勝負かな。一応は事情聴取みたいなことをして、話してる内容に論理矛盾があったり、態度があからさまに怪しかったりしたらツッコミを入れてく感じでいこうか」
「おおー! 探偵みたい!」
「頼むよ、助手の美月くん」
一瞬で目が輝きだしたね。
「新しいやつだ!」
そう言われるとモールの件を思い出すな。あの時もスパイごっこみたいなことをしてたし、俺と川辺さんってそういう関係くらいがちょうどいい気もする。
兎にも角にも3年5組にGO。渡り廊下を歩ききったらすぐそこだ。
「ねー、碓氷たんてー」
「どうした、美月くん」
「っ! もっかい!」
「どうした、美月くん」
「っ! もっかい!」
何がそんなにこの子を駆り立てるのやら。あぁ、名前か?
「どうした、美月」
「っ!」
殴られたんですけど。えぇ?
「急な呼び捨てはダメ! うにゃあああってなる!」
それと殴ることの因果関係が分からない。まあ、親友が親友だからしょうがないのかな。ひとまず傷害常習犯の水谷さんが悪いってことにしよう。
「それで?」
真っ赤な川辺さんは両手を団扇にして自らの童顔に風を送って、
「最初の容疑者はどこのだれ?」
「3年5組の前生徒会長」
おおぅ。赤面がしかめっ面になったよ。
「あの碓氷くんのことを頭が悪いって言った人?」
あー、そういや立会演説の時に川辺さんが怒鳴ってた気がするな。
「その人だね」
「絶対しらばっくれるに決まってるよ」
「まだ犯人って決まった訳じゃないけどね」
むしろ犯人じゃないと思う。だって嶋田くんが申請したのは9月13日。俺と源田氏の初対面が9月19日の敬老の日。宿理先輩が言うには申請すらされてないって話だったし、だとしたら書類を握り潰されたのは13日当日かその翌日辺りって考えるのが妥当だしな。源田氏が俺に嫌がらせをする理由がまだない訳だ。
ただ、申請されましたー、受理しましたーって処理は合ったのにその記録を後で消されたってパターンもあるから一応はね。あり得ないと思うけどね。
「そうなの?」
「そうだよ。だから話を聞くだけ」
「……碓氷くんが会いにいって話をしてくれるのかなぁ」
「そこが最大の難所だね」
それこそ出たとこ勝負だ。てな訳で、いってみよう。
幸いにも教室のドアは全開だった。源田氏はおらぬかー。おったわ。
そして目が合う。あの野郎。ババ抜きで開始直後の手札にジョーカーがあったみたいな顔をしやがったよ。しかも目を逸らしやがったし。
「どうしたの?」
びっくりした。急に横から話し掛けられたわ。3年の女子だけど、5組の生徒なのかな。委員長ってあだ名がお似合いの、黒髪ロングの清楚な感じのする人だ。
普通に可愛いんじゃないかな。知り合いに美少女やそれに類する人が多いせいで感覚がややボケてるけど、たぶん3年の中だと人気のある方だと思う。もしかしなくても恋コンにエントリーされてんじゃねえかな。
そういや3年女子の知り合いって1人もいないわ。やっぱ少し大人っぽく感じちゃうね。弥生さんとかヅッキーと比べるとまだまだ子供って感じだけど。
化粧が薄いもんね。ってじろじろと見過ぎたか。にこってされちゃったわ。浅井と違って胸は見てないからセーフ。自動的に見えちゃうサイズではない。
「久しぶりだね」
は? まじかよ。え? 川辺さんか?
えー、川辺さんもこっちを見てるよ。まあ、そうか。この人、俺の目を見ながら言ったもんね。現実逃避はよくないね。
「あっ、分かんないか」
くすくす笑ってらっしゃる。
「東中の先輩ですか?」
「違いまーす」
言い方は可愛らしいけど、ぶっちゃけイラっとするね。この手のクイズは時間の無駄でしかない。合理的じゃないんだよ。さっさと名乗ってくれや。
「あっ」
ふと川辺さんが呟いた。
「お客さんじゃないかな?」
あぁ、そうか。清楚先輩はうんうん頷いて、
「はーい。リフィスマーチの常連でーす」
なるほどな。まあ、月に2回しか行かないから常連って言われてもピンと来ないけどね。見たことがあるような気がしなくもないけど、毎日のように顔を見てるクラスメイトですらあやふやなのに、お客さんの顔なんか憶えてる訳がないんだよなぁ。
そもそも俺は接客じゃないしさ。むしろ川辺さんはよく憶えてたというか。あっ。
「写真の人ですか?」
「おっ! すごい! 分かっちゃったんだー!」
いや、全然。ただの消去法だよ。俺がリフィマでしゃべったことのあるお客さんって認識してる範囲だと実は3人しかいないんだ。
高木さん。ブラック企業にお勤めの織姫。そして、ホールにいる宿理先輩までフレンチクラストを届けにいった時に話し掛けてきた女子大生。
実際は女子高生だったみたいだけど。てかほぼほぼ別人じゃん。髪も黒くなかったし。もっと化粧が濃かったし。なんか派手だったんだよ。女子ってすごいね。
「写真の人って?」
川辺さんからのお問い合わせ。これ、なんて答えるのが正解なんだろ。
「実は碓氷くんに写真を撮らせて欲しいってお願いしたことがあって」
おっと。川辺さんが警戒モードに入りましたよ。無駄でしかないけどね。
「コックコートフェチなんだよ」
「あー、そうなんだ!」
テキトーに言ったら川辺さんが信じてくれたわ。ちょっと罪悪感ある。
「否定はしません!」
しないのかよ。やっぱこの人も腐ってんのかな。
「ところでそっちの子は彼女?」
その質問で川辺さんの機嫌が一気に改善された。
「そう見えますか!?」
見えません。釣り合ってません。
「見えなかったら確認しないよー?」
ふむ。何気に手強い人かもしれないな。川辺さんを操作し始めやがったよ。
「むっふー! 碓氷くん! この先輩! 信用できるよ!」
その発言の信用度が低いんだよなぁ。
「あっ、名乗ってなかったね。3年5組の
礼儀で言えば目下が先に名乗るべきなのにな。
「1年8組の碓氷才良です」
「1年8組の川辺美月でーす」
川辺さんに合わせて軽く頭を下げてみる。律儀なことに北條先輩もそうした。
「美月ちゃんもリフィスマーチで働いてるよね?」
早くも名前呼び。コミュ力すごいな。
「はい! 碓氷くんと厨房やってます!」
そこでふと気付いた。教室から視線を感じる。男子のものがいっぱい。女子のも少しだけ。源田氏もその中の1人だった。
入口の近くでしゃべってるのは邪魔かもしれんな。源田氏も相手になってくれそうにないし。北條先輩に連れてきて貰うって手もあるけど。
「そーいえば。ヒハクさまってこの学校の生徒なの?」
ふむ。中身が女子ってのは公然の事実だけど、これは言っていいのかな。1年2組の連中は知ってるし、どうせ文化祭でバレることになるんだけどさ。
「そうですよ!」
川辺さんはコンプライアンスってのを本当に考えないね。その証拠にスマホを出してスイスイ操作して、
「ほら!」
「っ! きゃああああああああああああああ!」
唐突な大絶叫。ここ最近で1番びっくりしたかもしれない。普通に身体が浮いちゃったわ。まじでびびった。
北條先輩は頬っぺたをゆるっゆるにしながら川辺さんの手を両手で掴み、スマホの画面を舐めるように見てる。これには川辺さんもドン引きだ。
何の画像だろ。って思ったらコスプレした俺とヒハクの写真じゃねえか。
赤髪ピアスの俺のあごをくいっと掴んだヒハクが妖しげな目をしてるっていうクソみたいなやつだ。牧野の一件の後に1組で行った撮影会の1枚だな。水谷さんの裏切りによって川辺さんと高橋さんがわざわざ8組から参加しにきた時のね。
「こ、こここ、これ、これ! う、碓氷くんだよね!」
清楚先輩が変態先輩になっちまった。今にもよだれを垂らしかねない表情だよ。どうして世界はこんなに残酷なんだ。
「尊い。マサさまのご本人登場かと思った。ほんとに尊い。むしろご本人?」
二次元の存在がご登場してたまるか。知能指数が低下しすぎだろ。
「ヒハクさまもかっこいい。かっこよ死するぅ」
どうぞって言いたくなるのを必死に我慢。とにかく場所をずらすか。
「何をしている?」
なんと、源田氏が釣れてしまった。
「あっ、煩かった? ごめんねー?」
一瞬にして平常モードになる北條先輩。女子の変わり身の早さときたら。
他方、手を解放された川辺さんはスマホを胸元に寄せて、源田氏を睨み付けるような目つきで見遣った。こっちはこっちで変化が激しいね。
「いや、謝ることはないが」
こいつ、年下が相手だとイケイケなのに同い年には強く出ないのかよ。
とにかくこのチャンスは逃せない。先手必勝でいこう。
「お久しぶりです、源田先輩」
「ああ」
ああってなんだよ。ああって。
「北條に用があってきたのか?」
源田氏はチラッと変態清楚の顔色を窺った。彼女の目は川辺さんのスマホに釘付けだ。女子ってずるいね。堂々とあの胸を見れるのは素直に羨ましい。
「いえ、北條先輩のことは今さっき知りました。面識はあったみたいですけど」
「どういうことだ?」
「先輩には関係ないと思いまーす」
川辺さんの口撃。源田氏は10のダメージを受けた。
「そうだよー? これは私と美月ちゃんとマ、碓氷くんの話なんだからー」
マサさまって言おうとしたな? ぶっちゃけ俺本体には興味ないな?
しかし今の言葉で俺以上にダメージを負ったやつがいる。言わずもがな、
「そうか? 何か相談事があるのならオレも力になれると思うが」
100ダメくらい入ってそう。露骨にへこんでるな。
「相談事なら碓氷くんが適任だと思いまーす」
川辺さんの追撃。源田氏は瀕死だ。
「そうね。碓氷くん、LINEを教えて貰ってもいい?」
まじかよ。相談されても写真はやらんぞ。
「相談するなら相手は1人より2人の方が効率的だと思うが」
食い下がる源田氏。これ、もしかしなくてもアレかね。ラブなやつかね。
善意を見せてポイントを稼ぎつつ、邪魔者となる男を撃退しようっていうプランなのかな。詰めが甘すぎて話にならんと思うけど。
それならそれで利用させて貰おうかな。
「実は源田先輩に相談事があって来たんですよ」
おい。ここで嫌そうな顔をするなよ。ポイント下がるぞ。
「そうなの? 立会演説のときに一触即発って感じだったから仲が悪いと思ってたのに。源田くんって頼りにされてるんだねー」
これ。故意かな。計算して言ってんのかな。ありがたいけど、ちょっとこわいね。
「仲が悪いということはない。ちょっとした行き違いがあっただけだ」
裏で選挙のやり直しを要求しときながらよく言う。
「そうですね。こうして相談事を聞いて貰う仲です」
さあ。認めろ。相談事を聞くって認めろ。言質を取らせろ。ほら、はよ、はよ!
「……そうだ」
おっやー? そんなに北條先輩の前でいい顔をしたいのかなー? なんかおちょくりたくなってきたんですけどー。プークスクス。
「じゃあ少し離れた場所で聞いていただきましょうかね」
渡り廊下まで移動した。北條先輩も一緒に来たのはLINEのID目的なのかね。
「実はですね」
要点を踏まえて淡々と説明してみた。その結果、
「それは庶務の仕事の範囲だな。すまんがオレだと力になれん」
ですよね。
「でもこのままだと8組ってハンバーガーを作れないんだよね。私、碓氷くんの料理を楽しみにしてたのになー」
北條先輩は本当に残念そうだ。明後日はリフィマで宿理先輩のバースデーイベントがあるから、参加するなら何かおまけを付けてあげようかな。
「どういうことだ?」
「先輩には関係ないと思いまーす」
川辺さん、まじで源田先輩へのヘイト値が高いね。
「俺と川辺さんのバイト先に北條先輩がよく来るみたいなんですよ」
「そうなのか。飲食か?」
「パティスリーですね。洋食も出してますけど」
「碓氷くんのハンバーグめっちゃ美味しいんだよ!」
「わかる! わたしなんか碓氷くんの賄い目的でバイトをやってるくらいだから!」
川辺さんはもうちょっと生き方について考えようか。
「賄い。いいなぁ。私も食べてみたいなぁ。フレンチクラストみたいにメニューになかったものが出てるの?」
常連だけあって詳しいね。フレンチクラストのメニュー化を希望した1人だったりするのかな。
「むっふー! エビ天丼の玉子とじ! ロコモコ丼! ミート丼! カツオのたたき丼! オムチャーハン! 鶏からスペシャル! 豚角煮とんかつ!」
どうやら食べる前に写真を撮ってたみたいで、川辺さんが品名を唱えるのと同時にその画像を見せ付けていった。
「いいなぁ! いいなぁ! いいなああああ!」
女子2人が盛り上がってる間に俺は源田氏の隣に移動した。小さく呟く。
「調理部の調理台って3つですよね」
「……譲れと?」
「常時じゃなくてもいいです。共用って程度で構いません。ハンバーガー作りはそんな頻繁にやらないので」
源田氏は腕組みをして、北條先輩を見つめた。
「オレに得はあるのか?」
下手な交渉だな。
「頼れる先輩を演出しましょう」
「調理部の連中を説得するのもそう簡単じゃないんだが」
そこはごねるんじゃなくて引くんだよ。こんな感じで。
「じゃあ愛宕部長に頼みます。ありがとうございました」
「待て」
「なんでしょう」
「……選挙戦の裏事情の口止め料も付けてくれるなら織田を説得しやすい」
なるほど。俺にとってはクソどうでもいいカードだけど、源田氏からすると暴露されたら困る内容だもんな。好きな人がそっぽを向きそうなくらいには。
「上条先輩の口も封じておきますよ」
「あいつなら封じんでも自ら語ることはないと思うが」
俺もそう思う。けど一応ね。
「では、生徒会のミスではなかったけど、前生徒会長が1年8組を不憫に思って調理部の調理台を1つ貸してくれることになった。ということで」
「随分と持ち上げてくれるな」
「都合のいい言い訳が欲しかったので。後は俺の脚本次第で8組が安定します」
俺としては理科室と家庭科室を行ったり来たりしなくて済むようになるし、その方が負担は減るし、作業効率も上がるし、何より火を使える。ある意味で最高の形に収まったよって俺が喜ぶ姿勢を見せればみんなも嶋田くんを責めにくくなるだろ。
特に調理部からの提供ってとこが良い。俺が手を回したってイメージを持てないからな。愛宕部長の立会演説のお陰で俺と調理部の間で大きな確執があるっぽいことになってるし。
「では契約成立だな」
「よろしくお願いします」
「お前と手を組むのはいささか気が引けるが」
「そうですか? これでも俺、割と引く手あまたって感じなんですけど」
「性格の悪さを差っ引けば優秀な人材だとは理解している。上条もな」
「言ってくれますね」
目にものを見せてくれるわ。
「ところで土曜日はお暇ですか?」
「……時間は作れるが。他にも相談があるのか?」
「いえ、ランチでもご馳走しようかと。エビ天丼とか」
「そこまで気を回さんでもいい。オレはオレで悪かったと反省している」
だが断る。
「北條先輩」
急な呼びかけに北條先輩より源田氏の方が大きな驚きを見せた。
「なーに?」
「明後日、選挙戦のお詫びで源田先輩にランチをご馳走するって話になったんですけどね」
「え! いいなー!」
焦る源田氏。男の子だろ、覚悟を決めろ。
「さっきの賄いに興味があるみたいなんでそれを出すつもりなんですけど、北條先輩も一緒にどうかなって思いまして」
「いいの!?」
超焦ってる源田氏に俺は目を向け、
「勝手に提案しちゃいましたけど、ダメでしたかね?」
「いや、ダメではないな。北條さえよければ」
「やった! えー! 源田くん、どれにするの? 美月ちゃん! LINEでさっきの写真を送って貰ってもいい?」
また女子がわいわいとやり始めた。源田氏は溜息を吐き、
「敵わんな」
何を言うか。
「上条飛白は俺の上をいきますよ」
「……参ったよ」
その言葉は土曜日まで取っておきな。
お出かけ仕様の北條先輩にも、俺の料理の味にも、きっと参ると思うからね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます