10/6 Thu. 東奔西走――中編

 物事は効率よくこなすべし。


 と思うものの、やっぱとぼとぼと歩く金髪っ子のことが気になる。


 教室棟と管理棟の渡り廊下を進みながらちょっと尋ねてみることにした。


「元気ないね。何かあったの?」


 川辺さんは足元に向けてた視線をこっちに向けて、また足元に落とした。


「何もないよ」


 おいおい。ならもっと何もない感じを演じなさいよ。普段を満月とするなら現在は新月ってくらいの露骨な差があるのにさ。そりゃあいかんよ。


 脱出ゲーム時の溜息連打もそうだったけど、川辺さんのこういうとこは好きになれんわ。気になっちゃうじゃんな。


「……ごめん」


 そして急に謝る。情緒不安定だな。


「めんどくさいよね」


 うん。正直、めんどくさい。そんなことないよって言えるほど俺はイケメンじゃないんでね。


「聞いて欲しいなら聞くし、言いたくないなら言わなくていいよ」


 何も言わずに元気になってくれるのがベスト。


「あのね」


 言うのかよ。


「今日、8組の教室でちーちゃんとご飯を食べたの」


 木曜だからね。油野は久保田かコロッケと一緒だったのかな。


「だから嶋田くんが謝り始めたときも近くにいたんだけど」


 あー、そういう。


「わたし、許せなくて。せっかく碓氷くんが色々と提案してくれたのに、どうしてそれが無駄になるようなことをするの? って」


 本当に典型的な右脳タイプだなぁ。無駄になるかどうかはまだ不確定なのに。


「でも、ちーちゃんが止めたの。碓氷くんはそんなの望まないって」


「そうだね」


 俺を使って川辺さんを操作するのも望まないけどね。


 管理棟に着いた。次は階段を降りてく。


「ちーちゃんは碓氷くんのことをよく分かってるんだなって思って。同じくらい、わたしは碓氷くんのことを分かってないんだなって思って」


 まあ、分かってたら俺のことなんか好きにならんと思うしなぁ。


「それでちょっと落ち込んでる感じ」


 ふむ。よく分からんな。


 だって相手のことを分かるなんて基本的に無理だし。水谷さんのさっきの予想みたいなのだって論理的思考でアタリを付けただけのことだし。


 エスパーじゃないんだから、完全に分かり合うなんて不可能だろ。せいぜいが上っ面くらいだよ。人間なんて一皮むければ醜いもんだしな。個人的には分かり合う必要もないと思ってる。知らん方がいいことってやつの最たるものの1つだね。


 てか分からんから知りたくなるってのもあるんじゃないかな。少なくとも俺なら相手の情報がコンプリート状態になったら完全に興味を失う。隠し要素までクリアしたゲームみたいに関与しなくなるに違いない。


 けどまあ、たまにはいいか。ちょっと本音を零してみるのも。


「今の話を聞いて、俺が何を考えてるか、水谷さんとかリフィスとか上条先輩はおおよそ分かると思うんだけど。川辺さんは分かる?」


「……めんどくさい?」


「さっきまではそう思ってたね」


「……やっぱ思ってたんだ」


 女子なら9割。男子でも3割は思うんじゃないかな。建設的じゃないもん。


「今は思ってないけどね」


「そうなの?」


 1階と2階の踊り場。そこで足を止めた。川辺さんも止まる。ここはほぼほぼ教師しか通らない上に、本日の教師は職員室に引きこもってるから人気がまったくない。


「手っ取り早く川辺さんの機嫌を取るにはどうすりゃいいかなって思ってる」


「……ぶっちゃけるね」


「今の俺が優先すべきは理科室の件だからね」


 足を引っ張るくらいなら戻ってくれて結構。どれだけ可愛くても、エロい身体をしていても、俺のことが好きだとしても、今はそんなのどうでもいいんだよね。足手まといはいらない。だから川辺さんの気持ちなんか二の次、三の次だ。


 女神と言えどこの状況で特別扱いはしない。肩を落とし、眉尻を下げても、今のクエストには関係ない。関係ないけど、


「水谷さんならこの状況を都合よく利用すると思うね」


 川辺さんが今にも溜息を吐きかねない顔で小首を傾げる。


「こうすれば機嫌を直すって言ってわがままを通そうとするってこと」


「っ!」


 川辺さんの瞳に力が戻った。恋する乙女は安直と言うか、短絡的というか。恋するパワーってすごいね。


「ぎゅっとして!」


 手を広げた。すかさず胸に飛び込んでくる。


「ゆうっきーには内緒ってことで」


「先週の土曜にハグしたけどね」


「っ! じゃあおあいこ!」


 ついでに髪を撫でてやる。来ないとは思うけど、教師に見られたら困るなぁ。


 優姫もそうだけど、正面からくっついて胸って苦しくないんかね。いや、やめとこう。エロい気分になるのはよくない。川辺さんはそんなつもりじゃない訳だし。


 よくよく思えば、川辺さんって夏希先輩と同じだよな。選ぶ側の立場っていうか、自販機にコインを投入して、ボタンを押す側の人間。ただしコインをどれだけ投入しても碓氷のボタンは点灯しない。売り切れじゃないのに買えない訳だが。


 俺なら故障って判断して違うボタンを押すか、自販機から立ち去るんだけどね。そうしないと指なり足なり、心なりが疲れちゃうと思うんだよな。


 諦めればいいのに。きっとその方が幸せになれるのになぁ。


 まあ、無理だって分かってるけど。過去の俺もそうだったしな。


 何年も、何年も。ずっと好きだったもんなぁ。


 だからこそ思うこともある。アレをこの子に経験させていいものかって。


 そもそも自販機の俺って確実に『つめた~い』だよな。他の『あったか~い』に目を向けてもいい頃合いだとは思うけども。


 恋ってどうしたら終わるのかな。とか乙女チックなことを思ってしまったわ。


「川辺さんは温かいね」


「んー、碓氷くんも温かいよ」


 上っ面はね。


「機嫌はまだ悪いですかね」


「ご機嫌だよー。けどまだこうしてたい」


「それは俺の方が不機嫌になる」


「そしたらわたしがまた落ち込む。そしてまたこうすることになるね」


 ほう。


「ならもうちょっとだけね」


「え。めんどくさいって言われるかと思った」


「それは思いもしなかった。論理的だなって好感度が少し上がった」


「……碓氷くんってほんとにおかしな性格だよね」


「こんなやつに惚れる子の気が知れんね」


「きっとその子もちょっとおかしいんだよ」


 優姫さん、言われてますよ。


「そうかもね。ちょっと変なことを聞いてもいい?」


「えっちなこと?」


 水谷さんの影を感じる返しだな、これ。そろそろそんな気分になりつつあるけど。


「暖簾に腕押しって状態なのに、つらくないのかなって思って」


「んー、つらいときはつらいよ」


 正直だね。


「けど楽しいっていうか、嬉しいっていうか、どきどきすることのほうが多いかな」


「そっか」


「うん」


「申し訳ないって思うのは自意識過剰かね」


「碓氷くんらしいなって思うよ。できれば、そんな感じに思わないで欲しいけど」


「難しいとこだね」


 もう数分だけ抱き合って、自然と離れた。川辺さん、真っ赤だわ。


「碓氷くん、真っ赤だよ」


 は? まじかよ。頬に手を当ててみたら、仄かに熱を感じるね。


「やっぱ脈はあるよね」


「そりゃあね。川辺さん、可愛いし」


 おっと。さらに赤くなりましたよ。限界にチャレンジしたくなるね。


「けど可愛いってのが理由で恋に落ちるってのはそうそうないと思うんだよね」


「一目惚れとかあるじゃん」


「あんなの呪いか勘違いの2択でしょ。やどりんに憧れる男子は多くても恋するのはごく少数だと思うし、かすりんに至っては皆無に近いと思われるし」


「かすりん、いい人だと思うんだけどなー」


 諸説ありますってレベルだね。


「まあ、いい加減にそのかすりんのとこにいこか」


「おっけー!」


 という訳で生徒会室に到着。事前に連絡をしておいたせいか、


「随分とお早い到着で」


 上条先輩に皮肉を言われた。他に居るのは玉城先輩と宿理先輩。まいたけ先輩と名称不明が5人ほど。


 会長・副会長用の円卓にある椅子は3つ。そのすべてが埋まってるが、玉城先輩が隣の円卓から椅子を2個引っ張ってきてくれた。できる男だね。


「そんで何か分かりました?」


 椅子に腰を落とすのと同時に聞いてみた。


「受理されてないね」


 上条先輩は淡々と言って、


「というか申請すらされとらんよ」


 宿理先輩が問題発言をした。それはさすがにあり得ないだろ。


「嶋田くんだっけ。2年の実行委員に提出したって話だけど名前は分からないの?」


 玉城先輩が間抜けなことを言ってきた。分かってたら2年って中途半端な情報を渡してないんだよなぁ。


「少年、言いたいことがあるなら言ってもいいよ」


 上条先輩は本当にいやらしいね。言える訳がないじゃん。


「どういう意味?」


 玉城先輩が上条先輩と俺を交互に見遣る。


「私と少年が心を通い合わせているという意味さ」


 またそういう訳の分からんことを言う。川辺さんはもうこのノリに慣れてるみたいで、もしくはさっきのハグの効果が残ってるみたいで、苦笑いを浮かべた。宿理先輩も似たような表情で、玉城先輩だけがちょっと怒った感じで、


「そういう茶化しは要らないよ」


「茶化す? ただの事実だよ」


 上条先輩が不敵な笑みを浮かべてスマホをスイスイ。俺のスマホが鳴る。


 飛白たん:分かってたら最初から名前を言ってるわボケが!


「あー、合ってますね」


 上条先輩が笑い、玉城先輩がムッとした。宿理先輩はと言うと、


「ちょっと。LINEするならあたしも混ぜてよ」


「いや、普通にしゃべればいいでしょ」


 俺はわざとらしく溜息を吐いて、


「てか理科室って2年7組が全部の卓を占拠してるんですか?」


 嶋田くんに許可証とやらについて尋ねてみたらそんなようなことを言ってた。


「うい。2年7組以外で理科室に申請してるとこがなかったし」


「それって1か所だけ譲って貰うことって難しいですか?」


「厳しいね」


「無理だね」


「ダメかなぁ」


 満場一致で否決。そりゃそうだよね。もう決まったことだもんな。2年7組も独占を前提で段取りを組んでると思うし。


「どうしよう?」


 川辺さんが不安げだ。んー、どうしたらいいもんか。


「僕もどうしたらいいかってずっと考えてるんだけどね」


 玉城先輩は本当に良い人だな。上条先輩とは正反対だわ。


「どうもこうもないと思うけどね」


 ほら、身もふたもないことを言ってきた。


「飛白はすぐそういうことを言うね。後輩のことをもっと考えてあげなよ」


「何を言うかと思えば。拓也は本当に間抜けだね」


 おいおい。好きな人を怒らせてどうする。


「宿理、説明してあげなさい」


 しかもむちゃぶりだよ。


「んー? どうせサラのことだから、もう解決策を持ってそうだし、どうもこうもないってことっしょ?」


 まじかよ。宿理先輩のくせに鋭いじゃん。


 一方で川辺さんと玉城さんはちょっとムッとしてる。


「少年もね。どうしたらいいのかなって思ってはいるよ。でもきみらとは違う意味の『どうしよう』なんだ。ただ、都合のいい理由を探しているに過ぎない」


 2人が俺を見てくるが、その通りだから頷くしかない。


「調理場は料理研から分けて貰う方向でいこうかと」


 愛宕部長に事情を説明すればあの人の性格なら簡単に頷く。もともと調理台を2つしか得られない可能性も考慮してた訳だし、リフィマの件で俺に借りもあるしな。


 内炭さんと優姫も賛同してくれると思うからそれで過半数を取れる。そしたら後は夏希先輩くらいしか面と向かって反対しないだろ。皆川副部長は良い顔をしたがるとこがあるし、何よりこの件は玉城先輩を通してるから反対の姿勢を見せる気にならんはず。彼氏に器の大きさを見せたがるに決まってるからな。


 稲垣さんはお姉ちゃんに従うかもだが、中島さんも空気に身を任せるタイプだし、十中八九でいける。差し当たって問題となるのは、


「少年が欲しているのは嶋田くんの救済方法に他ならない」


 正解だ。


「ここまでわざわざ来たのもその小細工をするためだね」


 それも正解だけど、もっと言い方を考えて欲しいね。


「理科室の一画を得られるのなら、実は受理されていたとクラスメイトを言いくるめることもできるし、生徒会の不手際なら会長の私を8組まで連れていけば嶋田くんへのヘイトは解消できる。とにかくクラスが納得する理由を探してるんだよね?」


「そっすね」


 面倒だから認める。ついでに捕捉すると、


「ただ料理研から調理台を借り受けるだけだと、致命的なミスをした嶋田くんの尻拭いを俺がやったって印象になる。それじゃあ嶋田くんの立つ瀬がない。だから嶋田くんの名誉挽回を図るか、最低でも陰口を叩かれないような要素が欲しいんだよな」


 上条先輩は満足げに頷いて、


「ほら、心を通い合わせているだろう?」


「かすりん、さっすがー」


 宿理先輩はパチパチと拍手し、川辺さんと玉城先輩は眉間にしわを寄せた。


「まあ、少年のためなら頭の1つや2つくらい下げても構わないけど、それは次の一手が上手くいかなかったらにしようか」


 ここまで来ると良い気がしないな。どこまで読まれているのやら。


「容疑者が全部ハズレだったらまた来るといい。そのときは私が出張るとしよう」


 これ、たぶん全部だな。


 それにしても、玉城先輩の反応って嫉妬っぽいんだけど。


 実はこの人、まだ心のどこかでこの悪魔のことが好きだったりするのかな?


 

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