10/6 Thu. 東奔西走――前編

 段取り8分、仕事2分。


 言うまでもなく、段取りってのはそれを行うための順序や仕方のことで、物事をスムーズに進めるには事前の準備が本番の何倍も大事ってことだ。


 例えば料理。何を作るにしたって段取りは必要である。


 使用する材料は何か。その材料の購入費はいくらになるか。どこで買えるか。


 調理に必要な器具や設備はあるか。無いなら代替できるものはあるか。


 作る手順も大事だ。特にリフィマみたいな店の調理場に立つなら、複数の献立を順不同で作ることにもなるし、下拵えの有無でお客さんの待ち時間、回転率も大きく変わる。何よりそれは売上高に直結するから軽視できない要素と言える。


 けどまあ、これって意外とできない人が多いんだよな。


 厳密に言えば、段取りの精度の高低に問題があるって話だ。川辺さんなら何もかもがその場しのぎになると思うし、優姫はベーコンの在庫を確認せずにベーコンエッグの提案をしてきた前科持ちだから別枠として、ヅッキーもちょっとな。材料や設備、レシピに関してはいいけど、作る手順というか並列の作業を行うのが苦手っぽいんだよね。マルチタスクって右脳タイプの固有スキルだと思うんだけど。


 ここが難しいって言えば難しいのかね。


 段取りは論理的思考を元に組むのが理想的だから左脳タイプの得意技。


 俯瞰や大局的な視点での物事の把握、並列での情報処理は右脳タイプの得意技。


 片方に寄りすぎてると上手く機能しないことが多々ある訳だ。


 この話をするとたぶん「じゃあなんで左脳全振りのお前はリフィマの厨房を回せるんだよ」って感じのことを言われると思うが、まあそれは単純に他の人が俺のことをよく分かってないせいだ。ついでにリフィスや水谷さん、上条先輩のこともね。


 大前提として、俺らみたいな左脳タイプはマルチタスクをしてない。割と信じて貰えないけど、本当にしていない。なんちゃってマルチタスクをしてるだけだ。


 シングルタスクをちょくちょく切り替えてるってお話。同時にやってるように見えて同時じゃない訳だ。その切り替えに要する時間がやたらと短いだけ。


 上条先輩なんかもっと気持ち悪い。だってあの人は2つの段取りを必要としたら、それを理解・分解・再構築って錬金術師みたいなことをするらしいから。


 ラーメンとチャーハンを作るって場合、川辺さんの場合はまずチャーハンを作り、ラーメンに手を付ける。ラーメンとチャーハンが完全に別個となる訳だね。


 それに対して俺はラーメンセットって解釈にする。出来上がりのタイミングを揃えるために、両方の下拵えを順々に個別でやって、仕上げだけを並列で行う。


 なのに上条先輩はラーハンって感じになる。誤字じゃない。ラーハンなんだ。


 ラーメンとチャーハン。2つのレシピを理解し、手順を分解し、新たな1つのレシピに再構築する。そうなると理論上ではシングルタスクの扱いとなり、俺の方法と違って『あっちもやらなきゃ、こっちもやらなきゃ』って状態にならんそうだ。


 本当かよって疑問はあるけど、まあ、本当にやれるみたいだからね。


 今回もまた前提が長くなったが、何を言いたいかと言うとだ。


 段取りは超大事。左脳的な論理的思考も超大事。マルチタスクは適正のある右脳タイプでもそうそうできる訳じゃない。左脳タイプなら尚更に困難と言える。ただし一部の悪魔的な化け物は例外。


 実はね。今日のランチタイムに内炭さんが文化祭の準備に対してグチグチ言ってたんだ。やれ手際が悪いだの、やれ管理が行き届いてないだの。このままじゃ間に合わないんじゃないかって心配までしてた。その末に、


「8組はいいわよね。碓氷くんがいるんだから」


 みたいなことを言ったからさっきの内容を語った訳だけど、


「どうすんだよ!」


 部室から8組に戻ってきたら浅井が怒鳴ってた。珍しいこともあるもんだ。俺の奴隷になってからこんなのなかったのにな。


 男子のカーストトップによる怒りは神のそれに等しい。クラス内は戦々恐々。下層は疎か中層や上層の連中も委縮しちゃってる。


 てかハイカースト勢もだな。大畑くんと吉田くん、天野さんと大岡さんも困ってる感じだ。そして川辺さんはと言うと、なんかへこんでるね。

 

 浅井が怒鳴ってる相手は学級長の嶋田くんだ。教壇のとこで詰め寄られてるせいもあって、涙目ってか、もう泣いてるね。


 おいおい。嶋田くんが何をやったかは知らんけど、こんなの見過ごしていい状況じゃないって分からんのか。本当にスクールカーストって害悪だよな。


 天性のモブ力が作用したせいか、俺が教室に戻ってきたことに気付いてるやつは少なかったが、ガラガラっとわざと大きい音を立てて椅子を引いたら何人かがこっちを向いた。大岡さんがパッと明るい表情を見せたけど、それ、ピンチのシーンに主人公がやってきた時のヒロインみたいな感じがするからやめてよね。


 まあ、いいか。座った直後にちょっと手招きしてみる。ワンコみたいに大岡さんがやってきた。


 試しに掌を上にして手を差し出してみたらお手をしてくれる。ノリがいいね。さすギャル。ってこれ、吉田くん的にNGか? 手、触っちゃったけど。


 まあいいか。事情の把握が先決だな。


「どうなってんのこれ」


「理科室が使えないんだって」


「は?」


 ハンバーガーをやるって決まった後に俺は言った。水場が大事。できれば火を使いたい。無理ならホットプレートを使いたいから、販売はともかく調理をする場所はコンセントの多い教室がいい。


 だからベストは調理台のある家庭科室。ベターは各机に水場があって、コンセントもある理科実験室。最悪、図工室、技術室、美術室みたいな、水場はあっても衛生的とは言えない環境を提案した。


 けど家庭科室は料理研でも申請してるし、調理部もそうだし、競合しそうだから理科実験室、略して理科室にするって聞いてたのに。まったく。


 内炭さんめ。要らんフラグを立ててくれたな。8組はいいよねとか言うから。


 けどまあ、せいぜいあの子の言葉を事実にしてやるか。期待には応えないとね。


 リュックから紙袋を取り出したら教壇まで歩いてく。浅井は俺と目が合っても悪びれた様子もなく、嶋田くんはむしろ俺の登場に身体を震わせた。えぇ、俺、恐い人って認識なの?


「碓氷! 聞いてくれよ! こいつが!」


「お手を拝借」


「は?」


「お手を拝借」


 意図的に声を低くしたせいか、浅井がちょっと落ち着いた。そして恐る恐る手を出してくる。そこに紙袋の中身を置いてやった。


 3粒のカラフルな金平糖が入った袋だ。安っぽいリボンで口を綴じられたそれは内炭さんからのいただきもの。給仕喫茶に置く50円ガチャの景品らしい。3粒50円という超ぼったくりの価格だが、ピンクの金平糖が入ってると指名した給仕さんにラブを注入して貰えるそうだ。内炭さんを公衆の面前で真っ赤にさせるチャンスだね。


「甘いものを食べて落ち着きなさい」


 嶋田くんの方にも差し出す。


「顔を洗っておいで。そっから説明を聞くから」


 ついでに浅井に一言。


「お前が怒鳴ることで何か1つでもいい方向に働くの?」


「……いや、それはねーけど」


「つまりお前の行動は正当性に欠けるよな?」


「……ああ、そうだな。嶋田、悪かった」


 この辺はちょっと成長した感があるね。けど嶋田くんはハンカチを目に当てて、


「違う。僕が悪くて」


「どっちがってのはどうでもいい」


 冷たいと思われるかもしれんけど、事実でしかない。


「犯罪に手を染めたってんなら話は別だけどね。状況は分からんけど、どうせ何かの手違いとかそんなんだろ。こっからみんなで取り返せばいいんじゃねえの?」


「だな」


「うん」


「じゃあ5分休憩ってことで。その間に大まかな情報を貰うわ」


 そんな感じで勝手に話をまとめた結果、クラスの空気は少しだけ軽くなった。


 一旦、俺は席に戻り、その途中で丹羽くんと目が合ったから、


「いる? 5組の試供品なんだけど」


「……碓氷くんってすごいね」


 YESかNOで答えて欲しいんですけど。あっ、手を出してくれた。


「ありがとう」


「どういたしまして」


 ぺこって礼をされたからこっちもぺこっと返して戻る。


「旦那! お疲れでやんした!」


 大岡さんが揉み手しながら迎えてくれた。ちょっと疑問があるんだけど。


「あのくらいなら大岡さんでも止められるんじゃないの?」


「え。無理でしょ」


 真顔だよ。


「理由は?」


「浅井に逆らうなんて生意気って思われちゃう」


「川辺さんと天野さんが味方をしてくれるから大丈夫では?」


「人里を離れて生きてきた碓氷老子にはピンと来ないかもだけどさー」


 老子とか。意外と悪くないな? ほっほっほって感じ?


「こういうのってクラスの枠を超えて話が広がっちゃうんだよ」


 あー、そうかもね。


「それに相手と理由にもよるっていうか」


「嶋田くんの立場が天野さんだったら?」


「この命、果てるまで!」


 顔が真剣すぎて笑えない。まあ、嶋田くんが泣こうが殴られようが大岡さんの心は痛まないってことかね。可哀想だなって思うくらいで。


 それも嶋田くんがやらかしたミスの程度によるか。


 目下の問題は今日やる予定だったハンバーガーの試作ができないってことだけど。


 とにかく嶋田くんの帰還を待つことにする。


 そしてハイカースト6名+俺に嶋田くんと高木さんの9人が廊下に出て話すことになった。他の生徒は大道具の準備をして貰うって流れになったからね。


 未だにへこんでる川辺さんがちょっと気になるけど、


「ではどうぞ」


 俺の促しに嶋田くんは頷いて、


「その。理科室使用の申請書を出してたんですけど」


「敬語はいいよ。嶋田くんがお使いになるのなら僕もそうしますけど」


「え」


 嶋田くんと高木さんがびっくりしてる。吉田くんは苦笑。他は無反応だな。


「じゃあ、普通で」


「おっけ」


「その申請書が受理されてなかったみたいで」


 ふむ。


「申請したのはいつ?」


「9月の13日かな。碓氷くんが調理場所の指定をした次の日に」


 ってことは源田政権の時代になる訳だが、その前に論理的思考の素を貰おう。


「申請先って生徒会だっけ?」


「文化祭実行委員会だよ」


 この辺がよく分からんのだよな。文化祭実行委員会は1年と2年の各クラスから2人ずつ選出して構成されてるってのは知ってる。けど決裁とかその辺は生徒会の管轄になるんだよな。


「でも抽選とかそういうのをやるのは生徒会みたい」


 これには高木さんが答えてくれた。


「実行委員は生徒会庶務のサポーターみたいなポジションってことか?」


「そんな感じなのかな?」


 文化祭の前に生徒会メンバーが一新されるから、引き継ぎの手間を減らすためにワンクッションを置いてんのかな。


「受理されましたって報告は来ないもんなの?」


 料理研は来てたと思うんだけどな。申請期限がいつかは知らんけど、9月30日に愛宕部長が「調理台3つゲットできたよー!」ってはしゃいでたもんなぁ。


 嶋田くんはそこに悔いがあるようで、視線を足元に落としてしまった。


「来てないというか。少なくとも僕は知らなかったというか。受理されたら連絡が来るってことも知らなくて。ダメだったら連絡が来るはずって思い込んじゃってて」


 ふむ。考えが甘いとしか言いようがないな。連絡がないってことは不確定要素になってるってことだ。それだと論理に組み込めない。きっちり確認するべきだったね。


 って、あれ? 矛盾点があるな。


「連絡が来てないのになんで受理されてないって分かったんだ?」


「それが。今日はハンバーガーの試作をやるって言ってたから。申請は通ってるはずだけど、他の人が使ってたらどうしようって思って下見に行って」


「使ってる人がいた訳か」


「うん。2年7組だった。そこで使用許可証を見せて貰って……」


 大慌てになったってことか。なるほどね。これはいよいよをもって、


「浅井が怒鳴ったことにまじで正当性がねえな」


「そうだぞぉ! 反省しろよぉ?」


 大岡さん、調子に乗れる時は限界まで乗ってくスタンスだね。


「反省してるっつーの。ちょっと熱くなっちまったんだよ」


「まあ、そんだけクラスのために本気になってたって解釈することもできるが」


「それな!」


 軽すぎ。浅井くんはもうちょっと反省した方がいいね。


「でも嶋田が確認してればこんなことにならなかったのも事実じゃない?」


 天野さんの意見は正論。悪意で言ってる訳じゃないってのは分かる。


「それを言うなら調理場を指定しときながら、無事に確保できたかの確認を怠った俺にも落ち度があるな。そこをきっかけにもっと早く判明したかもしれんし」


「え。や、碓氷さんが悪いってことはないと思うんですけど……」


 キョドりすぎ。大岡さんはそんな天野さんの様子にときめきすぎ。


「持論だけど、この手のやつは反省こそすべきだけど後悔はしなくていいと思ってんだよ。おおよそどうにでもなるからさ。災い転じて福となすってほど上手くはいかんと思うけどね。まあ、人間だれしもミスをする訳だから気にしなくていいだろ」


「碓氷は良いこと言うなあ」


 吉田くんがヨイショしてきたけど、別に良くも悪くもないと思いまっせ。ただの事実であり、正論であるだけ。


「けどよかった。碓氷がいなかったらどうなってたことか」


 大畑くんも大袈裟だね。


「本当に。助かったよ」


 嶋田くんもぺこっと軽いお辞儀をしてきた。てか、


「それもこれも浅井の短気が原因なんだけどな。短気は損気ってまじだからもうちょっと心に余裕を持っとけ」


「そうだぞぉ! 反省しろよぉ?」


 どうしよう。この家臣、リストラしたいんだけど。


 お陰で吉田くんが声を出して笑って、それをきっかけにみんなの表情が明るくなったけどね。川辺さんを除いて。


「とりあえず事実確認をするために生徒会室まで行ってくるわ」


「あっ、じゃあ僕も」


 嶋田くんが声を上げたが、俺のやり口をあまり見せたくないからなぁ。


「嶋田くんは今の説明とかをクラスでしといて欲しい。みんなも嶋田くんをフォローしてやってくれ」


 最後に、


「川辺さん、ちょっと一緒に来てくれる?」


「……うん」


 ほんと。どうしちゃったのかね、この子。


 内炭さんからは何も聞いてないし、昼休みまで元気だったんだけどなぁ。


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